※この記事は2020年03月06日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナ対策で子育て支援施設も休館に 親たちが抱える困難

友人は3歳の長男と1歳の双子の男の子を育てているお母さんだ。夫は仕事が忙しく、平日は基本的にはワンオペ育児。長男は幼稚園に通っているが、小さい双子とは昼夜問わず一緒にいる。

外出しても、予期せぬ動きを見せる子どもたちからは片時も目を離せない。二人分の授乳や寝かしつけで、生んでからこの方、ぐっすりと眠れた夜は数えるほどしかない。多胎児は一時保育の予約も取りづらく、十分な休息を取ることも難しい。

やっと取れたと思った予約が後日、受入不可になったと電話で伝えられ、その場で号泣したこともある。そんな彼女と子どもたちにとって、近所の子育て支援センターは毎日をなんとかやり過ごしていく上で必要不可欠な場所だった。

何しろ屋外の公園に行けば、双子がそれぞれ思い思いの方向に走り出してしまい、一人を気にかけている間に一人が道路に飛び出してしまうかもしれない。

その点子育て支援センターでは、屋内の限られたスペースの中で、安心して双子を遊ばせることができる。十分に体を動かせば疲れた双子はお昼寝をしてくれる。そうするとほんのひととき、自分の時間を作ることもできる。家にいる限り子供としか顔を合わせないから、同じようにセンターにやってきている他の親御さんと、一瞬でも大人の会話を交わせるというのも嬉しい。

ところが先日、新型コロナウィルス対策のために政府から出された全国一斉休校要請に伴い、そんな子育て支援センターの当面の休館が決まってしまった。双子たちは4月から保育園への入園が決まっているものの、残り1ヶ月、果たしてどう過ごせばいいのかと、友人は頭を抱える。

空室目立つホテル、イベントの中止…拡大し続ける負担

コロナウィルスを取り巻く事態が深刻化するのに伴って、各方面でいろいろな影響が出始めている。先月下旬、ネット上のホテル予約サイトでは、一人一泊600円台のゲストハウスが少なからず空室のままとなっていた。イベントの休止も相次いでいる。国内で年間200回の読書会を開催している「猫町倶楽部」は2月末から3月16日までに予定されていた13箇所での読書会をすべて延期とし、すでに入金のあった約200名分の申し込みについて払い戻しを進めている。この際の手数料や会場のキャンセル料等は、基本的にはすべて主催者の負担だ。

コロナウィルスは健康被害をもたらすばかりでなく、間接的に企業や個人に、決して少なくない経済損失をもたらす。3月2日、厚生労働省は、子供の休校に伴い仕事を休まざるを得なかった親の賃金について、全額を企業に助成すると発表した。

これについては、果たしてこれで十分かという点はもとより、そもそも子供の感染リスクは低く、専門家のあいだでも見方が分かれている中で、本当に一斉休校要請が妥当だったのかというところからきちんと考えたいと思う。

一方で、新型コロナウィルスのもたらす非常事態に際し、社会問題としてメディアが報じる大きなリスク以外にも、先に述べたような多胎児を育てる友人の例など、一人ひとりの心身をゆっくりと蝕む、小さな、個別の、さまざまな事態が水面下で起きていることもまた、決して無視できない。

介護士である友人の勤め先の病院では、感染リスクの高い高齢の入院患者が多いことから、先月末より面会を一切受け入れない方針にしたという。

「不思議なもので、高齢の夫が入院しても、妻が毎日面会にくるということはそうそうないのです。でも、入院している高齢の妻に、毎日必ず会いに来る旦那さんというのは結構いる。妻への面会が日課になっていたお爺さんたちが今頃元気にしているか、みんな心配してます」

弱い立場の人ほど奪われやすい「居場所」

高齢者や障害者の過ごしやすい環境のことを「バリアフリー」と言うが、コロナウィルス対策が各所で講じられ、人の自由な行き来が極力制限されている今の社会というのは、やむを得ないこととは言え、一時的にあらゆる場所が門戸を閉ざしたバリアだらけの社会と言える。

そんな中でも、普段から気の休まる居場所を複数持っているような人なら、多少不自由を感じながらも、なんとか限られた時間をしのぐことができるだろう。ところが現実として世の中には、さまざまな事情からそれが難しい人が決して少なくない。

平常時においても「バリアフリー」が決して達成されていると言い難い世の中で、日常からたった一つでも居場所が失われることが心身の致命傷となりかねない、そんな切実な毎日を生きている人が、たしかに存在するのだ。

彼らの直面する困難は日経平均を左右するような経済損失でも、命に直接関わる健康被害でもないため、これから先も大きく注目されることはないだろう。けれども事態が長期化すればするほど、バリアだらけの社会の中で、必然的に家の中に追いやられた逃げ場のない生きづらさは、一人ひとりに重くのしかかる。そしてともすればそれは、家庭の中でも特に立場の弱い者に集中してしまうこともある。

いつも通りの日常が送れなくなったことで、簡単には見えない場所に、今にも潰れそうになっている人たちがいる。そのことを私達は特に今、気にかけておかなければならない。