【新型コロナウイルス】ベトナムはなぜ封じ込めに成功し、日本はドタバタしてしまうのか - 木村正人
※この記事は2020年03月04日にBLOGOSで公開されたものです
SARSに続き初動で新型コロナの感染を封じ込めたベトナム
[ロンドン発]2002~03年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)を真っ先に封じ込めたベトナムが今回の新型コロナウイルスの流行でも素早い初動を見せ、今のところ感染をシャットアウトしています。
ベトナムは社会主義国家なので当局の発表をそのまま鵜呑みにはできませんが、ドタバタぶりを世界中にさらしてしまった日本とベトナムの対応を比較してみましょう。
武漢滞在歴がある患者から新型コロナウイルス確認 21日
中国全土を感染症危険情報レベル1(注意喚起)に 22日 旅行会社が武漢を含む旅行を中止 23日 武漢からハノイを訪れた中国人親子の感染確認 23日 武漢便を運休 23日 保健省が暫定的な監視と予防ガイドラインを発表 24日 緊急エピデミック防止センターを稼働 24日
湖北省を感染症危険情報レベル3(渡航中止勧告)に 24日 全ての武漢便を運休 28日 首相が入国管理の厳格化や疫病管理を指示 29日
武漢市在留邦人家族計828人の退避始まる 30日
WHOが緊急事態宣言 30日 新型コロナウイルス感染症対策本部初会合 31日 中国と国境を接する地域で人とモノの流れを停止 2月 1日 首相がエピデミック宣言 1日 湖北省に滞在していた外国人の入国拒否 1日 6人目の感染者が国内初の人・人感染 1日 新型コロナウイルスを指定感染症に 1日 ベトナムー中国間の航空便を全面運休 2日 学校の旧正月休みを延長 3日
クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の検疫開始 6日 中国便の運休拡大 13日 浙江省滞在歴のある外国人の入国拒否 16日 初の専門家会議 19日 クルーズ船からの下船始まる 24日 韓国・大邱からの帰国者 旅行者全員を検疫 24日
専門家会議で「今後1~2週間が瀬戸際」と見解 25日
新型コロナウイルス感染症対策の基本方針 25日
一部地域で小規模な患者クラスター(集団)が発生 27日 首相が全国の小中高に臨時休校を要請 27日
韓国・大邱周辺に滞在していた外国人の入国拒否 29日時点で感染者16人全員が退院 29日時点で感染者は計946人(クルーズ船含む)。死者11人
加藤厚労相の楽観的な見方が致命的な事態に
安倍晋三首相は1月30日に開かれた第1回新型コロナウイルス感染症対策本部で「感染拡大防止のため、これまでのサーベイランスの考え方にとらわれることなく、あらゆる措置を講じる」と述べたものの、加藤勝信厚生労働相はこんな楽観的な見通しを示しています。
「わが国においてヒトからヒトへの感染が認められたが、現時点では広く流行が認められている状況ではない。国民には過剰に心配することなく季節性インフルエンザと同様に咳エチケットや手洗いなどの基本的な感染症対策に努めていただくようお願いしたい」
危機管理は「まさか」に備えるのが基本です。加藤厚労相の楽観的な見方が蟻の一穴になったのでしょうか。中国の習近平国家主席の国賓としての来日を調整していたことから、新型コロナウイルスの流行で窮地に立つ中国を刺激したくないという配慮も働いたでしょう。
武漢市からチャーター機5便で在留邦人家族計828人を退避させ、10~14日間隔離するなど、関係が冷え込んでいる中国から未曾有の退避作戦を展開。ここまでは国家安全保障を看板に掲げる安倍政権も状況をコントロールしているかのように見えました。
米国のクルーズ船対応を機に慌て始めた安倍政権
しかし戦艦大和より大きい英国船籍の巨大クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」(乗員乗客3711人)の入港を受け入れてから悪夢が始まります。香港で下船した男性乗客の感染が判明し、横浜港に入港した「ダイヤモンド・プリンセス」の臨船検疫が2月3日から始まりました。
感染者はどんどん増え、2月27日現在、死者6人。705人の感染が確認され入院。濃厚接触者82人が宿泊施設に隔離され、船内にはまだ乗員471人、乗客7人が船内に残っています。下船して帰国した乗客の中からも感染者が次々と見つかり、水際作戦は破綻してしまいました。
「海に浮かぶ培養皿」と呼ばれるクルーズ船の乗客は70歳代が約1000人、60歳代が約900人。前代未聞の検疫は厚労省の役人の手には負えませんでした。米疾病予防管理センター(CDC)が2月15日に米国人乗客約400人の退避勧告をしてから安倍政権は慌てだします。
専門家会議にも諮らず休校を突然要請した首相に驚き
専門家会議が初めて開かれたのは翌16日。それまで誰が加藤厚労相に状況を説明していたのか不明です。公衆衛生の故国イギリスでは政治家も官僚も科学者と医学者の分析と判断に従って、長年の公論を経て叩き上げてきた計画を実行に移す仕組みが出来上がっています。
かつては7つの海を支配したイギリスはアフリカや中東、アジアとのつながりも深く、感染症対策の基礎は19世紀から長い歳月をかけて医学者が築きました。首相も科学者の声には絶対に逆らいません。
さらに驚いたのは安倍首相が専門家会議にも諮らず、全国の小中高に臨時休校を突然、要請したことです。感染症対策は基本的人権を制約することもあるので、いくら要請とは言え、首相の自由裁量で決めると大変なことになります。
【関連記事】 なぜ一斉休校?首相が表明した「休校要請」に保護者は困惑大阪大学医学部附属病院感染制御部の森井大一氏は日経メディカルに「これだけ大きな対応を取るのであれば、なぜ正面から新型インフルエンザ等対策特別措置法でやらないのだろうか?」と疑問を唱えています。特措法で「休校の要請をできる」のは都道府県知事です。
民主主義国家の日本では科学と法律に基づき、感染症対策を遂行しなければなりません。森友・加計学園、桜を見る会問題で安倍政権の隠蔽・忖度(そんたく)体質があらわになり、信頼は地に落ちています。その上、意思決定のプロセスが全く見えてこないのです。
防護服着用で患者を見舞ったベトナムの副大臣
一方、ベトナムは新型コロナウイルスの1人目の国内感染者が見つかった今年1月23日以降、人から人への感染は間違いなく起きていると判断して迅速に動き始めました。保健省の副大臣は防護服を着てホーチミン市の病院の隔離室に入り、治療を受けている2人を見舞いました。
ベトナム保健省は同日、新型コロナウイルスの監視と予防のための暫定ガイドラインを発行。国民に発熱、咳、息切れなどの症状がある人は外出を避け、介護者が患者と接触する際はマスク、ゴーグル、手袋、帽子など保護策を講じるよう呼びかけました。
ベトナムはWHOの緊急事態宣言が出た翌日の1月31日には中国と国境を接する北東部クアンニン省で人とモノの流れを停止します。ベトナムと中国の関係は日中関係よりも良くありませんが、初動の速さはSARSの経験から来ています。
ベトナムが初期の抑え込みに成功したのはなぜ
SARSの情報を公開せず感染を拡大させた中国(感染者5327人、死者348人)に比べて、ベトナムは最初の患者が入院した翌日にはベトナム駐在のWHO感染症専門家に相談。医療従事者に感染が広がったため、WHOの専門家チームを受け入れました。
ベトナムは域内感染地域リストから最初に除外(感染者63人、死者5人)されました。成功の秘訣についてWHOは保健省内のタスクフォース設置、医療支援のための予算措置、疑い例患者の病院指定、省レベルでの医療関係者の訓練、パニック防止キャンペーンを挙げています。
患者を収容したベトナムの2つの病院では陰圧隔離の設備がありませんでした。一方は院内感染を起こし、もう一方は起こしませんでした。院内感染が起きなかった病院の病室は広くて天井は高く扇風機が回っていました。通気を良くするため大きな窓は全開にしていたそうです。
日本では2009年の新型インフルエンザへの対応で指定医療機関から一般医療機関に広げていく体制を迅速に築くことができませんでした。この反省から流行のフェーズは都道府県でより柔軟に判断することになりました。
新型コロナウイルスの犠牲者を最小限に抑えるのは、安倍首相のスタンドプレーより、各自治体と指定病院、一般病院の日頃からの連携を生かして軽症患者は自宅療養を徹底し、重症患者に医療を集中する態勢をいかに築けるかが大きなカギを握りそうです。