【新型コロナウイルス】感染症対策に「スペシャル」は存在しない - 赤木智弘
※この記事は2020年02月22日にBLOGOSで公開されたものです
なかなか終息しない新型コロナウィルス騒ぎ。
騒ぎのなかで少し興味深い発見をした。
厚生労働省のTwitterが情報発信をしており、その中に「正しい手洗いの仕方」(*1)という情報があり、手の洗い方がイラストでわかりやすくまとめられていた。
新型ウイルスを含む感染症対策をまとめた日本語版のチラシを作成しました。ご自由にお使いください。 pic.twitter.com/mWhN9EwLMm
- 厚生労働省 (@MHLWitter) February 16, 2020
それに対して「もうそのレベルの情報はいらない」という反応があったのである。
みなさんは、正しい手洗いをしているだろうか?
単に手をこすり合わせるだけでは、手洗いとは言えない。
ちゃんと指先、指の股、手の甲、親指、手首を意識して洗っているだろうか?
1回手を洗うのに30秒。ハッピーバースデーの曲を2回歌うくらいがいいと言われている。
さっさと歌うのでは無く、マリリンモンローの真似をして「プレ~~~~ジデ~~~~~~~ント」くらいにねっとり歌うと、時間が稼げて良いかもしれない。
僕は今回の騒ぎ以降、手を洗える場面であれば、できる限り正しい手洗いをしようと心がけている。 そして正しい手洗いが重要なのはもちろん、手洗いの後も重要だ。
手洗いでウィルスを洗い流しても、その後に手を拭くタオルでウィルスを付けてしまうのでは意味が無い。
僕のような独り暮らしなら洗濯さえしていれば気にする必要も無いが、手を拭くタオルも、家族で使い回していればそれだけリスクが倍増してしまう。
そこで活躍するのが「ペーパータオル」だ。家族が多くても、ペーパータオルであれば使い捨てできて衛生的である。
もしも、日本人みんなが正しい手洗いを心がけようとすれば、社会には「ペーパータオル不足」が起きているはずなのだ。
それが起きていないということは、まだ手洗いの徹底を呼びかける価値はあるということである。
その一方で見せかけだけの対策は日本中に蔓延している。それが「マスク」である。
マスクは飛沫を飛ばさないための対策にはなっても、感染予防にはそれほど効果的ではないというのが医学的見地だ。
先日行われた熊本城マラソンでは実行委員会がランナーやボランティアに対してマスク2万枚を配布して実施されたということだが、マスクをしないことのリスクと比べれば、人混みの中で長距離を走って体力を損耗するほうが感染リスクとしては高いのではないかと考えざるを得ない。
一方で、風邪の症状などが見られる人は当然マスクをした方がいいのだが、今の日本では「マスク不足」により、症状がある人がマスクを使うことができない危険性がある。
また、そろそろ花粉が飛ぶ季節にもなってきた。花粉症は当然くしゃみや目鼻のかゆみ、そして体力の損耗を伴うので、感染症リスクも増大する。
こうした症状のある人が、マスク不足のためにマスクを買えず、症状のない人が買いだめしたマスクを使っているのでは、本末転倒にもほどがある。政府も不要不急の外出を控えさせる発言ができるなら、その数倍は「不要不急のマスク」を控えさせる発言を繰り返すべきである。
今回の新型コロナウィルスはもちろん、風邪やインフルエンザといったウィルスによる感染症への予防策として、医者が一番に口にするのが「手洗い」である。これを否定する医者はいないであろう。
そして、現状では日本人の多くが正しい手洗いをできているわけではない。これも否定されないだろう。だからこそ、厚生労働省は当然「正しい手洗いを」という情報を出すのである。
だが、それに対して「もうそのレベルの情報はいらない」という反応が出る。これはどういうことだろうか?
僕がふと思い出したのは「ガン治療」だ。
現在ガン治療は標準的な療法として「外科療法」「薬物療法」「放射線療法」の3種類が存在しており、ガンの種類や状態にあわせて利用され、多くの患者のQOLに寄与している。
しかし、ガン療法を謳うものの中には、十分なエビデンスが存在しない「あやしげなガン療法」が存在している。
そしてそうしたガン療法を行った末に死んでしまうのは、決して騙されやすそうな人たちだけでは無く、頭のよさげな著名人であることも珍しくない。
一人だけ名前を挙げるとすれば、Appleの創始者の一人である「スティーブ・ジョブズ」だろう。
彼は膵臓ガンが原因で亡くなったが、ガンが発見されてから標準治療を拒み、9ヶ月間は特殊な食事療法を行っていたという。
そのような頭のよさげな著名人までもが、あやしげなガン療法に騙され、標準的な治療を軽視してしまう。
新型コロナウィルス予防においては手洗いが、ガン治療においては標準治療が、最も効果が見込まれる対策であるのに対し、それを一足飛びに飛び越えて「もっと他の対策は無いのか?」「他に何かあるはずだ!」と思い込んでしまう。
それはいわば「治療には標準ではない『スペシャル』があるはずだ」と考えているということなのだろう。
つまり「手洗いや標準治療はエコノミークラス。私たちのような特別な存在には、ビジネスクラスやファーストクラスがあるべきだ」と考えてしまう。そして著名人は実際にスペシャルだとちやほやされてきたから、それに値する人間だと考えてしまう。そういう傲慢さを「あやしげな治療をスペシャルであると称して売る人たち」に利用されてしまうのである。
今回の新型コロナウィルス対策に対して「手洗いはいいから、それ以外の対策はないのか」と主張することも、ガン治療と同じ、まさにそうした傲慢さの表れでは無いかと僕は見ている。
「私たちは手洗いなんて当たり前にしているのだから、もっと重要な情報を出せ」という考え方の人が、ちゃんとした手洗いをできているとは思わないし、またそうした考えをする時点で手洗いの重要性を認識していないのだから、情報を出したところで正しく扱えるとも思えない。
実際「そのレベルの情報はいい」と主張する人が「塩素消毒が有効かの情報を出すべき」と言っているが、それ以前にアルコール消毒が有効という情報が出ているのだから、わざわざ手指の荒れを引き起こしがちな塩素消毒をする必要がないということにすら、気づいていないのだ。手指が荒れれば、当然手洗いもしにくくなるというのに。
少なくとも、現在私たちが家庭でできるレベルの新型コロナウィルス対策は「手洗いをしっかりする」こと「体調を良い状態に保つ」こと「栄養をしっかりとる」ことくらいだろう。
だからといって「それしかできない」ということではない。それが健康を保つために一番大切な土台なのである。土台がしっかりしていない場所にどんな立派な家を建てようと、地震が起きればすぐに壊れてしまう。
新型コロナウィルス対策にスペシャルを求めるというのは、見てくれだけ頑丈な家が欲しいと言っているのと同じことである。
感染症の予防にスペシャルなどない。
とにかく正しい手洗いを何度でも繰り返す。繰り返せば雑になるので、また正しい手洗いの方法を確認する。
我々、普通の生活者にはそれで十分だし、それすらちゃんとできていないのが現状である。
*1:新型ウイルスを含む感染症対策をまとめた日本語版のチラシを作成しました。ご自由にお使いください。(厚生労働省 Twitter)