※この記事は2020年02月14日にBLOGOSで公開されたものです

「だったら結婚しなくていい!」

こんなヤジを先月22日、ある国会議員が飛ばしました。「結婚すると姓を変えないといけないから結婚できない」という夫婦別姓導入を望む女性の声を野党議員が紹介したときのことでした。この発言はメディアを中心に問題視されたものの、最終的にはヤジを飛ばした本人は特定されず、謝罪や説明もなされないままの状態です。

そんな「変わらない」国会を変えようと、いま、選択的夫婦別姓を望む市民たちが政治家に直接働きかける「選択的夫婦別姓 全国陳情アクション」の動きが全国で盛り上がっています。活動メンバーのみなさんに話を聞きました。

離婚で自分の名前を取り戻した

「離婚したことで『自分の名前を取り戻した』という感覚がありました」

行政書士の高木泰子さん(43)は、2016年7月に夫で美容師の阿波連(あなみ)大竜(46)さんと区役所に婚姻届を提出し法律婚(法律上の婚姻)をしましたが、約3年後の2019年11月に離婚届けを提出。事実婚を選びました。

ふたりが法律婚をした際は、高木さんが阿波連さんの姓に変更しました。「結婚前から自分の名字でキャリアを積んできていることもあり、もともと姓を変えることに抵抗がありました。ただ、夫も、非常に珍しい姓ということもあり『変えたくない』と言っていてその気持ちも理解できました。最終的には『仕事でも旧姓が使えるから問題ないだろう』と私が姓を変えることにしました」(高木さん)。

一方、行政書士やキャリアコンサルタントとして個人でクライアントと仕事をすることが多い高木さんは、その考えが甘かったことをすぐに痛感します。

「行政書士としては旧姓名で働いていますが、キャリアコンサルタントは当時、戸籍名でなければ登録できなかったため、仕事内容によって名刺を2枚使い分けることになりました。また、事務所の賃貸や携帯電話の契約者名は戸籍名、インターネットの回線契約は旧姓名…と手間と混乱は増すばかりでした。新たな契約など手続きの際には、窓口の担当者から『“念のため”、戸籍名で記入してください』と言われることは数え切れないくらいありました」

そんな高木さんの姿を見ていた阿波連さんも「妻にだけ負担がかかるのはおかしい」と感じるようになったといいます。ふたりは話し合いの結果、昨年11月22日の「いい夫婦の日」に離婚届を提出。いまは事実婚の夫婦として生活しています。

高木さんは「法律上結婚していようと離婚していようと私たちの関係は変わらず、これまでと変わらず日々仲良く夫婦として過ごしています。ただ、今後生活を続ける中、将来のことを考えると、決して楽観視はできません。法改正が1日でも早くなされることを強く望みます」と話します。

政治家に夫婦別姓に苦しんでいる当事者の声が届いていない

現行の民法のもとでは、結婚した際、男性または女性のいずれか一方が必ず姓を改めなければいけません(夫婦同姓を定める民法750条)。実際には女性が姓を改めるケースが96%(2017年人口動態調査)になっています。

最高裁判所は2015年にこの規定は「憲法に違反しない」と判決を下していますが、この司法判断に異を唱え、訴訟が相次いでいます。このような現在の制度に当事者の立場から異を唱えるのが「陳情アクション」です。この活動は立法、つまり政治の場から現状を変えようと始まりました。

陳情アクションのメンバーは全国20~70代の男女約160人。会社員や自営業、主婦など、これまでに政治家として活動したことのある人はおらず、実際に改姓したことで苦しんだという高木さんのような当事者や、お互いに名前を変えたくないという思いから法律婚をせず事実婚を選んでいる夫婦、「自分の娘には将来結婚しても自由に姓を名乗らせてあげたい」という子育て中の父親など様々です。

発起人の井田奈穂さん(44)も改姓を望んでいませんでしたが、2017年に再婚した際、法律婚を選びました。

井田さんは「夫が腫瘍の摘出手術のため入院をしたことがきっかけで、法律婚に踏み切りました。彼が手術を受ける際も、私がそばにいるにも関わらず、手術の合意書にサインができず『ご家族を呼んでください』と言われてしまい…。やはり病気や死別など有事の際には、法律婚の有無は大きな差となって表れます」と話します。

活動のきっかけは、結婚を機に夫婦別姓に関心を持つようになった井田さんが、様々な勉強会などに参加する中で、地元の東京・中野区議会の議員を紹介されたことでした。

「今まで政治家という肩書の人たちと関わったことはなく、初めは会うだけでも緊張しました。ただ、実際に話してみると議員の方たちには当事者の苦しみの声が届いていないだけで、聞けば理解してくれるということがわかりました」

また同時に、市民が制度に不満を持っていても政治にその声を届けようとアプローチしていないということに気がついたといいます。井田さんは話します。

「特に若い人たちにとって、地元議員に会って声を伝えようとする人はほとんどいないのではないでしょうか。『政治離れ』とは言われていますが、政治と市民の間に大きなギャップがあるということを身をもって実感し、逆にこの差を埋めればこの現状を変えていけるのではないかと思ったんです」

夫婦別姓に苦しむ当事者の声として議会に「陳情書」を提出

陳情アクションの活動では、各市町村や都道府県など地方議会に、夫婦別姓導入のための法改正を求める「陳情書」または「請願書」を提出することを促しています。

陳情書・請願書とは、市民から行政について要望があった場合、議会に提出することができる文書です。議会で可決された場合は国会に対して「○○市として法改正を求める/この議題が国会で議論されることを求める」という意見書が提出できます。市民が困りごとを届けた結果、陳情・請願を介さずに議員自身が自身の提出議案として意見書採択に動いてくれるケースも増えています。

活動ではまず賛同者が住む自治体の議員にコンタクトを取ることから始まりますが、その際、井田さんは当事者ができるだけ実名・顔出しで会い直接自分の思いを議員に伝えることが大切だと話します。「議員も人ですから。やはり匿名で顔もわからない人の声との差はとても大きいと感じています」

また、感情論だけでの訴えにならないよう、夫婦別姓をめぐる世論調査結果や他国の状況、社会的な影響などをまとめた資料を団体が提供し、議員向けに勉強会などを開催して説明を行っています。

井田さんらが提出した陳情書は2018年12月に中野区議会で採択され、その後も大阪市や三重県、沖縄県などにも全国にも広がりをみせ、現在は37件の意見書が採択されています。

井田さんは「最高裁判決が下される前の約20年間と比べ、意見書の採択はこの約5年間で3.5倍に増え、大きなうねりとなって盛り上がってきていることを感じます」と手応えを感じています。

地方に声を届けるためのクラウドファンディングを開始

全国に確実に広がってきている取り組みですが、一方で都会と地方での地域格差は大きいそうです。井田さんは、「地方の当事者はやはり孤軍奮闘になりやすいです」と話します。

「例えば、ある九州地方の当事者から連絡を頂いたことがあったのですが、『家族や友達に姓が変わったことがつらいと話しても、誰からも気持ちをわかってもらえず、夫婦別姓を希望する自分がおかしいんじゃないかと思ってしまいます』と泣いていらっしゃいました。

同じように苦しんでいる人はひとりじゃないということが伝わるだけでも、見える景色はまったく変わってきます。小さな声でも、社会は変えていけるということを信じてほしいですし、私たちはその手伝いをしたいと思います」

活動を全国で広げるため、14日からは地方議員向け勉強会開催のための資金を募るクラウドファンディングが始まります。井田さんは、「ひとつでも多くの自治体で意見書を採択させ、全国津々浦々の人が望んでいることを国会に示していくことが、大きな力になっていきます。ぜひ私たちと一緒に挑戦する人たちがひとりでも増えて欲しい。SNSで「#自分の名前で生きる自由」と発信すると当事者の声が届きます」と話しています。

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クラウドファンディングプロジェクト「#自分の名前で生きる自由」について(2020年2月14日開始)
https://camp-fire.jp/projects/view/217790

選択的夫婦別姓とは?メッセージ動画(3分)