※この記事は2020年02月06日にBLOGOSで公開されたものです

タルトタタンというフランス菓子を知っていますか?

砂糖とバターで色濃く炒めたリンゴを乗せたタルトです。

その発祥は19世紀後半に遡ります。フランスの「ホテル・タタン」で炒めすぎたリンゴがフライパンに焼きついてしまったときに、失敗を取り返そうと、フライパンごとひっくり返してタルト生地に乗せ、オーブンに入れて焼き上げたことが始まりだそうです。これをお客さんに出すと評判を呼び、人気のお菓子になったといいます。

失敗して捨てることになるかもしれなかったリンゴを、発想の転換一つで、今なお遠い異国の日本でも楽しまれるお菓子にしてみせたのです。

そのタルトタタンが再び、捨てられそうだったリンゴを救う出来事がありました。

台風19号で長野のリンゴ農園に甚大な被害

2月3日、一般社団法人Cook For Japanの発足発表会が開かれました。有名パティシエを含むプロの料理人が「#被災地農家応援レシピ」のハッシュタグを付けてTwitter上でレシピを公開し、実際に料理を作りたくなった人が被災地農家の産品を購入するという流れを作ることで、被災地の農家を支援するなど、日本の農業を応援する活動です。

きっかけは、2019年10月に本州に上陸した台風18号・19号で多くの農家が被災したことでした。

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台風19号では、長野県内を流れる千曲川の堤防決壊などにより亡くなる方や数千軒にのぼる深刻な浸水被害がありました。県内の被害総額は、2640億6000万円にも上り(2019年12月現在)、中でも農業被害額はさらに大きくなる見通しで、「アップルライン」と呼ばれる、県の名産・リンゴを栽培する農園が集まる地域も甚大な被害を受けました。

支援のきっかけはTwitter上の偶然から

代表でフランス在住のシェフ・神谷隆幸さんは災害当時、オーナーシェフを務めたレストラン「HANgout」を閉め、新たなお店のオープンに向け準備しているところでした。空いた期間に、奥様であるフランス人パティシエールのクレールさんと、オンラインでお菓子教室と料理教室をしていました。

「いつものようにお菓子教室のお客さん向けにタルトタタンのレシピを公開すると、作ってみたというお客さんのツイートがすぐにタイムラインに流れてきました。

そのとき偶然、すぐ下に『台風でリンゴ農家が大打撃』という内容のツイートが並んでいるのが目に入ったんです」

神谷さんはすぐに、被害に遭った農園のリンゴを購入したことを証明した人にDMでタルトタタンのレシピを公開すると呼びかけました。

支援したくてもリンゴ5キロ消費できない

1万人以上のフォロワーをもつ神谷さんの投稿はあっという間に反響を呼び、国内でも協力に動く人々が現れます。

生産者が出品できるオンライン直売所「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデンは、被災した農家に対して手数料を一切取らずにプラットフォームを開放し、自由に売ってもらうという形で支援を始めていました。

同社の代表取締役・秋元里奈さんによると、登録農園の1つである長野県のりんご農家「フルプロ農園」は、畑の8割が浸水して使えなくなってしまったといいます。

「フルプロ農園さんのリンゴについては、11月からようやく出荷が始まるというタイミングでの台風だったので、何とかして無事だった残りの2割にあたる1500キロを高く売ろうと話を進め、500キロは実際に売れました」

しかし、売れ行きの勢いは徐々に落ちていきました。残りの1000キロをどのようにして販売しようかと思っていたところで、神谷さんのツイートを目にします。

「復興支援ということもあり、お客さんもたくさん購入したいと希望してくださいましたが、一般のお客さんの場合『3キロ、5キロという量を消費しきれない、どうやって食べたらいいか分からない』という方が多くいらっしゃいます。

そこで、どう料理したらいいかを知っている料理人の方と組むことで、お客さんは美味しく食べられるし、生産者さんも元気になれる状況が作れるのではないかと思いました」

秋元さんは神谷さんとの面識はありませんでしたが、すぐにTwitter上でDMを送って一緒に活動することを打診。プロジェクトがスタートしました。


飛ぶように売れた1000キロのリンゴ 来年分の予約まで

さらに神谷さんは、他の料理人やパティシエにも”無茶振り”で協力を呼びかけると、複数のシェフが反応。タルトタタン以外のお菓子からサラダ、ベーコン巻きのようなおかずまで、様々レシピを公開してリンゴの購入を呼びかけました。

残っていた1000キロのリンゴは見事完売。なんと来年分の予約まで入るほど、飛ぶように売れたといいます。

神谷さんは呼びかけ始めた当初、被災地とは関係ない産地のリンゴが使われてしまうことを懸念して、リンゴを購入した証明と引き換えにDMでレシピを送ることにしていました。しかし、賛同したシェフらが無料でレシピを公開したことで、より大きく拡散されて被災地のリンゴが買われることになり、心配は無用でした。

その後、レシピの公開に賛同したシェフらは、フルプロ農園の園主・徳永虎千代さんが立ち上げた、リンゴ農園地域の復興をめざす「アップルライン復興プロジェクト」のクラウドファンディングを応援。寄付のリターンとして複数のシェフらが参加して料理を作る食事会・コラボディナーを開催することを決めました。ディナーは1口1万5000円のチケットでしたが、開始から5時間で約70席が完売し、クラウドファンディング全体でも目標金額の1000万円に対し115%の寄付が集まっています。

商品開発からレシピ本製作まで 幅広く展開

Cook for Japanに参加するシェフたちは、ミラノで開かれる長野食材展示会にフルプロ農園のリンゴを使った調味料「モスタルダ」を出品したり、同年9月に起きた台風15号の被害を受けた千葉県の農家を支援するクラウドファンディング「チバベジ - 野菜が作る未来のカタチ -」のリターン品になるピクルスのレシピ開発に協力したりするなど、それぞれが活動を行っています。

料理人以外にも、編集者の江六前一郎さんが中心になり、「#被災地農家応援レシピ」で公開された料理を実際に作る会を開催。レシピブックの販売に向けた準備も始まりました。

神谷さんは、社団法人を設立するにあたり、発表会でこのように意気込みを語りました。

「個々でできることもやりたいことも違う生産者と一般消費者をつなげて、食べるだけでなく、作って、みんなで楽しんだ結果、生産者の支援につながるイベント、発信を続けていきたいと思います。生産者、消費者、料理人がみんなハッピーになれる活動だと思っています」

一般社団法人として今後も引き続き#被災地農家応援レシピの活動を継続するとともに、被災地農家の応援に限らず、商品開発や農家とのコラボイベントを実施し、企業や自治体などと連携して、日本の農業を幅広く応援していくそうです。

神谷さんと秋元さんをはじめ、参加者の多くがTwitterでつながったため発表会の場が初対面の場となったようですが、想いを一つにした仲間たちと「初めて会った気がしない」と盛り上がっていたのが印象的でした。参加者したシェフたち自身、お互いに前向きな刺激を受けていました。

今後も、いつどこで自然災害が起きるかはわかりません。しかし様々な土地で、スピード感をもって、自由な発想で取り組まれるシェフたちによる支援の輪は、被災者を支える心強い存在としてさらに広がっていくかもしれません。