「韓国で“女子力”という言葉はあり得ない」 文学で考える日韓フェミニズムの相違点 - ベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』合評会 - 清水駿貴

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※この記事は2020年02月05日にBLOGOSで公開されたものです


2016年に韓国で発刊されると100万部を突破、日本でも翻訳版がヒットを記録した、チョ・ナムジュのベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、訳・斎藤真理子)。

1982年に生まれた韓国の女性、キム・ジヨンの人生を描いた同作は、男性社会のなかで生きる女性の苦悩や困難をあぶり出し、波紋を呼んだ。

今回、「フェミニズム小説」とも称される同作を読んだ日本と韓国の20~30代の男女5人に集まってもらい、日韓の現代社会で生きる女性、男性のあり方について語ってもらった。

『82年生まれ、キム・ジヨン』(以下『キム・ジヨン』)あらすじ

ある日突然、自分の母親や友人の人格が憑依したかのような奇妙なふるまいを見せはじめたキム・ジヨン。

彼女の誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児…と人生を克明に振り返るなかで、浮かび上がったのは韓国の男性社会に生きる女性に立ちはだかる困難や差別だった。
合評会参加者(一部仮名)

ジヒョン:90年生まれ。韓国人女性。
ペンス:85年生まれ。韓国人男性。
K.J:88年生まれ。韓国人男性。
りんこ:95年生まれ。日本人女性。
JIN:86年生まれ。韓国人男性。

「文学として面白みはない。なぜなら、描いているのは身近にあふれている女性たちの姿だったから」

--まずは『キム・ジヨン』を読んだ感想を教えてください

ジヒョン:読む前は「フェミニズム本」という印象が強かったのですが、韓国社会で生きている女性であればあり得る普通の話が書かれていて印象深かったです。

ペンス:世代が近いので、描写されている光景に共感しました。一方、主人公が女性なので、同じ時代の同じ風景のなかで生きていても、感じていることは違ったんだなと思いました。

フェミニズムへの関心は高くはありませんでしたが、2016年の「江南駅通り魔事件」(※)を機に、フェミニズム系の書籍を読むようになりました。

(※)韓国・江南駅近くの商業ビルで当時23歳の女性が、見知らぬ男の凶器によって命を奪われた事件。逮捕された男が警察官に「社会生活で女性に無視された」と語ったことが、韓国社会に衝撃を与えた。

K.J:最初は正直ピンとこない部分もありました。性別の差もありますし、こういうことは現実にあるの? という疑問もありましたが、じっくり考えてみると、確かに起こりうるかもしれないと考え直しました。

りんこ:もともとフェミニズムの言説や、韓国と日本におけるフェミニズムの違いなどにも関心がありました。

『キム・ジヨン』は、主人公に共感するし、1人の普通の女性を社会的に意味付けて描いてはいますが、文学として面白みはありませんでした。なぜなら、この本で描かれているのは、SNSや私たちの身近にあふれている女性たちの姿だったからです。だからこそ、この本が話題になってしまうこと自体の問題性を問いたいと思いました。

JIN:日本で10年過ごしています。同じくとても共感しました。同年代だとあり得る話だと思いますが、なぜこれが「フェミニズムの印(※)」のように話題になったのかが理解できませんでした。

(※)18年、韓国アイドルグループの女性メンバーが本書を読んだと発言したところ、一部の男性ファンが「フェミニスト宣言をした」と反発の声をあげた。

日本ではフェミニズムがあまり話題にならない不思議

--共感できたという声が多い一方、「最初はピンとこなかった」「自分の反省につながった」という意見もあります。「ごく普通の女性を描いている」という感想も多いですが、『キム・ジヨン』で描かれている女性像は、国や文化の違いに関わらないものでしょうか

りんこ:女性だからこそ抱える問題は社会のなかに依然として横たわっています。『キム・ジヨン』ではそれが可視化されているという点で、日韓の違いに違和感を持つことはありませんでした。

JIN:日本ではフェミニズムに関する事柄が、あまりブームにならないという点は違いかなと思います。水面下で議論されているかもしれないが、極端に数が少ない。

「#Me Too」運動は日本ではあまり浸透しませんでしたが、韓国では発祥地のアメリカ以上に大きなムーブメントになりました。

りんこ:私もその差は感じます。東京医大の入試不正問題が発覚したときの反応の小ささは『キム・ジヨン』の解説でも指摘(※)されていますよね。

(※)本書の解説でフリーランス・ライターの伊東順子氏は、東京医大の入試で男子学生だけに一律加点したことが明らかになった事件に関し、「日本の女性たちの多くが足元が崩れ落ちるようなショックを受けた。怒りと情けなさのなかで思ったのは、韓国なら即時に二万人の集会が開かれているだろうということだ」と指摘した。

韓国で#Me Too運動は「もうひとつの民主化運動」と言われることもあり、欧米の運動とは違う文脈があると思います。1991年に金学順(キムハクスン)氏が「私は慰安婦だった。日本軍に性奴隷にされた」とそれまで「男のロマン」として語られた戦場の性や「慰安婦」を初めて「性暴力被害」だと言葉にしました。あれこそが韓国の#Me Too運動の原点だと。そこから進まない部分もありますが、韓国特有のフェミニズムの蓄積があったのではないでしょうか。だからこそ、#Me Too運動も盛り上がりを見せ、『キム・ジヨン』がベストセラーになったのではないかと思います。

「女子力」という言葉を韓国で使ったらめちゃくちゃ怒られる

ペンス:日本語を学んだときに「女子力」という単語がテキストにありました。周囲に言葉の意味を聞いてとても驚きました。「え、これって韓国で使ったらめちゃくちゃ怒られるよ」って。

JIN:絶対怒られますね。

ペンス:男性はもちろん、女性たちもこれを内面化して使っていることに違和感があります。喜んで使っているのか、使わざるを得ない空気があるのかはわかりませんが。

りんこ:日常化しているから、違和感も持たないし、女性も「女子力」を褒め言葉として捉えている側面はあると思います。

ペンス:日本では“和”を重要視しすぎではないのかと。民主主義の良い点はいろんなマイノリティの意見を聞いて、合意点を探していくという点。しかし、和の重視にはマジョリティが盤石になればいいという側面もあります。

K.J:日本は法律的、体制的な民主主義は整っていると思いますが、文化的なところで成熟していないと感じることがあります。

韓国でフェミニズムに反発しているのは若い世代?

--「フェミニズム」「フェミニスト」という言葉を使うこと自体が、極端な意見を言っていると捉えられてしまう雰囲気が一部にはあると思いますが、韓国では違いますか

ペンス:韓国は#Me Too運動が盛り上がる一方、男性と女性の対立が激しくなっている部分はあります。韓国で『キム・ジヨン』を読んでいると、「変な考えを持っている」と判断される状況はまだまだ多いと思います。

K.J:韓国で反発しているのは、若い世代が多いという印象ですね。「差別はほぼなくなった」という認識を持っている人が多く、「今でもまだ平等な社会になってない」という意見に反発しています。

ペンス:韓国の若者のなかでは逆に男性が差別されていると感じている人も多いですね。

--韓国では2年の兵役が18歳の男性に課されますが、それも男性社会と女性社会を分けている要因のひとつではないでしょうか

ペンス:すごく分けています。

K.J:兵役という義務を果たしているからこそ発言権があるという雰囲気はあります。(病気などで軍隊に)行かなかった人に話を聞くと、軍隊経験による差別が見えないところで残っているといいます。

ジヒョン:確かに男性は誇りを持っているかもしれない。入った時期で先輩・後輩の関係が生まれて、それを大事にしていますよね。

K.J:兵役の話に関しては、男女平等に反発する男性が「女性も軍隊に入るべきだ」と主張することは多いです。

--逆に女性側から「なんで私たちは入れないの?」という声はありますか

ジヒョン:それはないですね。

りんこ:アメリカなど一部の女性団体が選挙権などの地続きで、兵役も認めざるを得ないだろうと主張することはあります。でも、フェミニズムとはそういうものではなくて、現存する搾取を前提とした社会構造を解体していこうという考え方でもあるんです。

それを表面的に「男女の問題」とだけ捉えてしまうとフェミニズムの本質とは全然違う議論になり、誹謗中傷だけの世界になってしまいます。

【関連記事】日本にフェミニズムは浸透したのか - 小松原織香

私たちは「なぜ女性が犠牲に?」と疑問を抱きはじめた世代

--『キム・ジヨン』ではジヨンの祖母と母親の人生も描かれています。祖母は「女性=家を守る」という考えに疑問を抱かず生きている印象を受けましたが、母は自分のやりたいことを我慢して耐えていた。しかし、娘キム・ウニョン(ジヨンの姉)との進学先をめぐる会話を通して心境の変化が起きているような気がします(※)。そして、2000年代前後から、夫に対してはっきりと主張するようになります

(※)作中、安定した職場に入れる可能性が高い教育大学進学を勧める母親に対し、キム・ウニョンは「確かに、子育てしながら働くには良い職場だよね。でもそれって、誰にとっても良い職場ってことでしょ、どうして女だけに良いって言うの? 子どもって女が1人で産むものなの? お母さん、息子にも同じこと言う? あの子も教育大学に行かせる?」と質問を投げかける。

ジヒョン:家族のために母親が犠牲になるという意識はずっと続いてきました。私たちの世代は「なぜ自分たちが犠牲にならないといけないのか」と疑問を抱きはじめた。男性は働いてお金という見える価値で評価されるのに、これまで女性が担ってきた育児や家事が評価される機会は少ない。そのことに疑問を持ち、はっきりと口に出せるようになってきたのではないでしょうか。

りんこ:本のなかで、夫が育児を「手伝う」と言っていますよね。

ジヒョン:韓国では今でこそあまり使わないと思うんですけれど、数年前まではよく「育児を手伝う」という表現を使っていました。

りんこ:日本の「イクメン」という言葉も同じだと思います。

--「当たり前」という概念は時代によって変わっていきます。『キム・ジヨン』が韓国でベストセラーになった背景には、「当たり前のことをよくぞ書いてくれた」という声があったのでしょうか。それとも小説を通して問題提起がなされて「今まで当たり前だったことが違うと気がついた」となったのでしょうか

ジヒョン:「普通のこと」を書いたからこそベストセラーになったと思います。今は刺激的なものがたくさん生み出される時代ですが、そのなかで普通を描いたことに意義があったのではないでしょうか。

女性の言語化できない不満を描いた小説 「本当にこんな人いるの?」は無意味な問い

--最初の感想のなかで、SNSではごく普通に見られる女性の現実を文章化しているという指摘もありました

りんこ:問題としては捉えてはいないかもしれないけれど、言語化できない不満やモヤモヤする思いはあります。この作品は普通の女性の人生を社会的な文脈に乗せて、問題提起も含んで小説として描いたことに意味があったんだと思います。

--作中、キム・ジヨンは社会を生きる女性の困難を次々と経験するなかで、心を壊してしまいます。しかし、とても極端な読み方をすると、都心ソウルで就職、その後、結婚、出産して家庭を築いた女性という見方もできます

K.J:実際に韓国人のなかでも、「キム・ジヨンは家庭を持っているし、仕事を持っているじゃないか」という意見を口にする人もいます。でも、彼女は女性が経験しうる差別の実態を全部集めて作った仮想の人物。心を壊したというラストは今の状態をそのまま表現したものだと思っています。

ジヒョン:現実的だけど現実ではないという。

K.J:「本当にこういう人いるの?」という議論によくなりますが、それよりも問題を表出させて話し合うきっかけになったことが大事かなと。

ペンス:先ほども意見にあがりましたが。世代による認識の違いもあるのではないでしょうか。

りんこ:読んだ時には共感できなくても、その人が20代、30代と歳を重ねるなかで、それぞれの年代で違った社会の理不尽さに気がつくことがあります。

キム・ジヨンもそうでした。努力すれば男性と同じスタートラインに立って頑張れば報われると信じていたけれど、そうはいかないという現実に直面しました。

だから今の社会を変えていかないといけない。経験がある云々やこれがリアルか否かを問うている本ではないと思います。

JIN:解決策の話では、企業の環境を整えるということは改善策のひとつかもしれません。韓国では大企業と中小企業の職場環境の差が激しい。キム・ジヨンも育児休暇をとることができませんでしたが、そういう環境を整えて社会構造を変えることが必要です。

女性の経営者が増加 日韓ともに社会は良い方向に?

--社会構造を変える際に「自分たちは辛い環境で頑張ってきたんだから」という声も一部ではあがります

ジヒョン:私は子どもが生まれたときに、自分たちの経験してきた環境で育てたくないからこそ、こういう議論をしていきたい。上の世代が大変だったことを知っているし、共感もしていますが、私たちは私たちで次世代をよくしようと頑張っていることを知ってほしい。

私の勤めている日本の会社でも、男性が2週間ですら育休を取りづらい雰囲気だったり、女性が産休から1年で復帰することが多い。制度上では3年まで取れるはずなのですが。

自分たちはそうしてきたのが当たり前だから、下にやらせるのも当たり前という考え方ですが、それは悪循環ですよね。

K.J:うちの会社では育児休暇をフルでとっても、みんな「おめでとう」と送り出す雰囲気です。でも、そういうところは少ないような気がします。

JIN:だんだんよくなるのではないでしょうか。私のところも古い会社ですが、育休をとる環境などは整ってきています。

最近は日韓ともに女性の経営者や、若い幹部も増えてきて、社会が良い方向になってきているのではないかと感じます。

「誰かを搾取してきた社会に自分がいる」

--普段無意識に行なっている言動のなかにある性差別に「気づく」という点では、この本は男性の立場からすると気づきが得やすい形で書かれているという印象でした

りんこ:男性は読んだときに責められているように感じるもしれませんが、「誰かを搾取してきた社会に自分がいる」という気づきはとても実り豊かな蓄えになります。提示されているのは他者と対等に関わることについて考えるきっかけであって、誰かを責めているわけではないと思います。

K.J:韓国で開かれた別の合評会で、男性1人、女性10人ほどになったという人がいました。この本は女性が周囲の男性から責められるという内容ですが、逆の立場になることで自分が気づくという経験も大事だと思います。

--『キム・ジヨン』では男性社会における女性の生きづらさがメインに描かれていますが、作中、女性の間でも世代間、個人間の違いによるすれ違いが生じている描写もあります。「フェミニスト小説」という先入観に引っ張られて、「男性vs.女性」という単純な構造で読むのは危ないかなと感じました

りんこ:女性同士の分断も元凶となった社会構造があるからこそ、生まれてしまうわけですよね。そこに焦点を当てなければ表面的な話になってしまいます。

すでに設定されている男女の枠組みの議論をもう一回相対化して考えていって、自分自身にとっての平等な社会とはなにかというのを考えていくのが重要なのかなと思います。

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マイノリティの考えを賛否で分けるのではなく、意見として聞くべき

--この合評会のなかでも度々言及されていますが「共感」という言葉でフェミニズム運動を捉えることができれば、それぞれの理解の一歩になるのではないかと思います。賛成か反対かで議論するのではなく

K.J:問題の原因を考えていかないと、枠組みだけ変えても同じ問題が別のところで起きるだけだと思います。しかし「なんでそこまで相手の考えを聞かないといけないの」という気持ちを抱く人もいます。とても難しいですよね。

りんこ:「私は当事者じゃないから」「経験してないから」「男だから」と問題を終えてしまうのはよくありませんよね。私自身がこの問題について積極的に意見しているのは自分が女性だからでもありますが、違う問題に対しても同じように関わっていきたいです。

JIN:いろんな社会のなかでさまざまな考え方を持つ人がいます。そのなかにはマイノリティの考え方ももちろんあるわけで、それを正しいか正しくないかで分けるのではなくて、ひとつの意見として知っておく、ダイバーシティを尊重して自分の生活のなかで意識するという姿勢が大切ですね。