※この記事は2020年02月03日にBLOGOSで公開されたものです

カルロス・ゴーンの海外脱出を聞いて、あれこれ思い出したよ。金大中の拉致事件(1973年)って覚えてる? 当時の韓国は朴正煕大統領政権で、大統領選挙で接戦だった最大のライバルが金大中さんだった。

日本のゆるい警備が露呈した金大中拉致事件

そこで朴正煕さんには金大中さんの存在が目障りでしょうがないってんで、朴大統領の配下のKCIA(韓国中央情報部)が金大中さんの自宅にトラックで突っ込んだりしてさ、まあやってることが乱暴だよね。何とか暗殺できないかって命をつけ狙ってたんだ。

それから金大中さんは韓国を頻繁に離れて海外各地で講演して、韓国の民主化や自由を主張したりしてね。朴さんにはますますうっとおしい政敵だったんだ。

で、金大中さんは日本にも招かれて、命を狙われるような存在だから、偽名でホテルに泊まったりして居場所がわからないようにしてた。だけど1973年8月8日、九段の靖国神社のそばにあるホテルグランドパレスにいた処をKCIAの連中が押しかけて、拉致して神戸から船で連れてっちゃった。

金大中さんは足に重りをつけられて、海に沈められそうだったらしいよ。そこに日本の海上保安庁のヘリが現れて威嚇したんだ。拉致誘拐が日本側にバレちゃったから、そこで金大中さんを殺したりしたら日韓で国家間の大問題になっちゃうんで、結局金大中さんはそのままソウルまで連れてかれて解放されたんだよな。

この拉致事件の顛末は阪本順治監督の映画「KT」(2002年)でも詳しく描かれてるよ。その後、金大中さんは紆余曲折を経て1997年に韓国大統領になるんだけどね。

この、金大中さんの拉致事件が起きた時も、日本の真ん中にある一流ホテルから白昼堂々と拉致誘拐されて海外に連れてかれたってんで、結果的に日本の警察や公安がコケにされたんだよな。警備が甘い、危機管理が甘いって。今回のゴーン逃亡と同じだよ。国際社会から「日本はゆるい」って見下されたんだ。

でね、この金大中さんの拉致誘拐を実行した主犯がキントウン(金東雲)っていうんだよ。「キントウンが連れ去ったのか、それじゃまるで西遊記だな!」って不謹慎だけど笑ったよ。金東雲は正式に読むとキムドンウンらしいけど、みんな字面で「キントウンだ、キントウンだ」って言ってた。よく覚えてるよ。

あとね、色んな処に口出すことで何かとお騒がせだった某女性有名人のことを思い出したよ。確か2001年頃かな、その人が5億円脱税の事件を起こして大騒ぎになったんだ。東京拘置所に入る時だか保釈された時だかにワイドショーのカメラや報道陣がわんさか詰めかけてね。姿が見えないようにってその人は大きな袋かなんかにすっぽり入って、マスコミの目を逃れようとしたことがあったっけ。

ゴーンって人もマスコミの目をごまかそうと作業員の服を着たりして話題になったけど、いつもプライドが高くて王様のように振る舞ってる人ってさ、いざとなると、自分の情けない顔、弱々しい姿を見られるのが死ぬほどイヤなんだろうね。堂々と顔見せない。急にコソコソしちゃう。

数々の名作映画を生んだ「脱出劇」

だけどこの脱出ってのは、良かれ悪しかれエンターテインメントなんだよな。面白いんだよ。映画なんかどれだけ脱出で名作が生まれてるか。スティーブ・マックイーンの「大脱走」(1963年)、マックイーンとダスティン・ホフマンの「パピヨン」(1973年)、クリント・イーストウッド「アルカトラズからの脱出」(1979年)とかさ。高倉健さんの「網走番外地」(1965年)もそうだよ。

他にもあるだろ編集部、なに、「ショーシャンクの空に」(1994年)も名作か。北朝鮮からの脱北を扱った韓国映画も増えてるか。脱出、脱走、脱獄ってのは、逃げきりゃ天国、捕まりゃ地獄っていうスリリングな展開だから、たまんないんだよな。

脱出って成功するとさ、逃げられた方はシャクだけど、その一方でよくぞ逃げたって喝采する人がいて、賛否半々ながらスター扱いになるんだ。ゴーンさんもレバノンでの会見で「どうだ、オレは日本を逃げてきたぞ!」ってな感じで熱弁して、海外の記者も「よく逃げてきたな」って喝采を送ってる人もいたもんな。

あとね、今回の事件によって国際社会は「日本はゆるい」って見下してるよ。日本はいざとなったら国外に逃げ出せるぞってね。それは忸怩たる思いだね。今年は東京五輪があって世界の目が日本に向く。その時に「ああ、カルロス・ゴーンが脱出した、警備の甘い国だな」って見られるわけだけど、五輪とその前後、世界各国からの訪問客にいかにきちんと対応できるか。日本の評判を挽回できるかどうかはそこに掛かってる。

あのさ、中には海外から、ゴーン顔のマスクをかぶって日本の税関を通ろうとするふざけたヤツも出てくるだろうよ。そういうヤツはその場で楽器箱に詰めて本国に送り返しちゃえ。

本当の被害者は日産をクビになった元社員たち

それにしてもこのゴーン問題、元はと言えば経営悪化で外資の力を借りないと立ち行かなくなって、ゴーンという人物をトップに迎え入れる事態になった日産自身の問題だ。

カルロス・ゴーンは日産を経営再建したって言うけど、主にやったのはコストカットだろ。ちょっと編集部、ゴーンがやったことを教えてくれ。なになに、日産のCEOに就任4年で約2兆円あった借金を完済した。そこで主にやったのは日産グループで約2万人のリストラ。下請け企業を半分に減らした。子会社や関連会社の株をほとんど売却した・・・。

つまり、クビ切ってカブ売った金で膨大な借金を返したと。何だかいたたまれない気分だな。だって当時クビ切りにあったり、早期退職で仕事探しをすることになったり、正社員から派遣労働者になるしかなかったり、勤めてた会社が日産から急に仕事がもらえなくなって倒産したり、生活が急変して苦しくなった人が凄く多くいるわけだろ。

トップでその指揮をふるったのがゴーンだ。彼を恨んでいる人も多いだろうよ。でさ、ゴーンって人は日産で幾ら貰ってたんだい? なになに、その年ごとに報酬が変わっているけど2011年から15年までの5年間では約100億円か。年に20億、すごいね。

その報酬は経営再建の功績や手腕に対する報酬なんだろうけど、俯瞰して見ればリストラされたり切られたりした人に支払われていた給料や人件費の一部が、回り回ってゴーンの報酬になったってことでもあるよね? 

それだけじゃないよ。日産の経営陣も同じだよ。自力ではどうにも立ち行かなくなったから外資に泣きついて、外国人経営者や株主によるリストラとコストカットという非情手段に目をつむって、多くの従業員達のクビと引き換えに、上のほうの経営陣は生き残ったんじゃないの? 

それからしばらくして、ゴーンのやってることをじっと眺めたら、何やらトップの立場を利用して報酬の公表をごまかしたり、別荘や旅費や子どもの学費やらも公私混同で日産に払わせたり、やりたい放題なのがわかった。ここが転機とばかりにゴーンを追い出そうと、地検に情報流してゴーン逮捕・・・って、そんな流れだよね。

この騒動、日産とゴーンの間でホントに何がどうなってるのか真相は明らかになってないけど、改めて思うのはさ、ここに至るまでに一番つらい思いをしたのは、ゴーンでも日産経営陣でも東京地検でないよ。ゴーン&日産の経営再建でリストラされた人達や、倒産に巻き込まれた人達、生活や収入が落ちて苦しんだ人達だよ。そのことをね、忘れないようにしたいね。

(取材構成:松田健次)