「スマート林業」が掲げられるも厳しい林業の実態 新たな希望を模索する動きも - 田中淳夫 - BLOGOS編集部

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※この記事は2020年01月21日にBLOGOSで公開されたものです

「林業の成長産業化」は机上の空論

近年、森林と林業には多くの期待が寄せられている。

まず森林は、温暖化ガスの吸収源や生物多様性の核として。さらに心癒す場としても。また木材は、環境負荷の低いマテリアルであり、化石燃料代替のエネルギー源にもなる。そして林業は、山村地域の活性化や田舎暮らしなどオルタナティブな生活の場と職業として注目を集め始めた。

だから「林業の成長産業化」が叫ばれている。事実、ここ数年、木材生産量は右肩上がりであり、木材自給率も20年前の2倍まで伸びた。林業への若者就業率も高まっている。そのため機械化を進め、ICTを導入した「スマート林業」の推進が掲げられている。

だが現場を見れば、それらが机上の空論であり、肝心の森林とその地で生きる人々を置き去りにしていることに気づくだろう。

たとえば木材生産量が伸びたといっても、そこには莫大な補助金が注ぎ込まれていることを忘れてはならない。植えても伐っても補助金が出る。その総額は林業からの産出額を上回るのだ。つまり赤字である。これで成長産業と言えるわけがない。

それでも林業に携わる人々(森林所有者、林業従事者など)が潤っているのならまだ救われる。しかし、現状はほど遠いのだ。具体的な数字で見ると、1985年は丸太価格のうち59%が山主の取り分だったが、2015年では22%になった。製材品価格では28%から4%に落ちた。

しかも丸太価格がこの30年で半減しているのだから、単純計算では山主の利益は約5分の1になったことになる。森林・林業白書によると、森林所有者の林業所得は平均で年間11万円(20ヘクタール以上所有。2017年)にすぎない。これでは林業経営を続ける意欲も失われるだろう。

そこで作業(伐採搬出)の低コスト化と生産量を増やすため大型林業機械の導入が推進されている。しかし、それらの価格は軽く数千万円する。伐採から搬出まで必要な台数を揃えると億単位の資金が必要だ。加えてランニングコストも、燃料費だけで月に数百万円。メンテナンス代も馬鹿にならない。

そして機械を効率よく動かすには十分な作業面積が必要だが、日本の山は地形や所有規模の関係で大面積の確保が難しい。小面積の山林で大型機械を稼動させても効率よく作業できず、コストは増すばかり。

しかも伐採量の増加は、森林資源の枯渇を招く。林業の持続性を失わせ環境を劣化させてしまうだろう。実際、全国各地にはげ山が広がり始めた。

本来は伐採したら再造林しなければならないが、最近は放置が増えている。造林したらわずかな利益も吹っ飛んでしまうからだ。せっかく植えても苗をシカなどに食われて生育しないケースも多い。それを言い訳に再造林をしないケースもある。

最悪なのが、働く人々の待遇だ。給与は、いまだに日当方式が大半。働いた日数分しか払われないのだ。有給休暇はないしボーナスも期待薄。何より労働災害が多すぎる。全国に4万5000人しかいない林業従事者なのに、毎年二桁の死者を出す。4日以上休業する怪我(労災の認定基準)は全産業平均の十数倍という数字も出ている。

加えて労災保険の適用をしぶる経営者も少なくない。労災保険を申請する、つまり事故を起こした事業体は、公共事業などの入札で不利になるからだ。

木材供給と需要のミスマッチが多発している

では、増産された木材はどうなっているのだろうか。

残念ながら、売れ行きは芳しくない。木材の大きな需要である住宅建築が奮わないのだ。人口減少が続く日本では住宅着工件数は減る一方だし、家族数が減れば家も小さくなる。そして非木材系の住宅も増えた。木材を使わずとも家は建つのである。

代わりに増えているのが合板原料やバイオマス発電燃料の用途だ。おかげで見た目の木材消費量は増えている。だが、これらは価格が安いことが必須条件だ。建築材に使われる真っ直ぐな木材(A材)に比べて何割も安い木材を求められる。売れなかったA材も、合板や燃料用に回されるのである。おかげで木材価格はどんどん安くなっている。

また、これは従来からの問題点だが、木材供給と需要のミスマッチがあまりに多い。求められるところに合致した木材を供給されにくいのである。林業家はどこの誰がどんな木材を必要としているか情報を持たず、消費者や加工業者も自らが欲している木材がどこにあるのかわからない有り様だ。

結果的に使うのを諦めるか、商社が仕切る外材に頼る。そうした問題を解決するためにICTの活用が叫ばれているが、いまだに実験レベル。そもそも林業家自身が、自分の山のどこにどんな木があるのか知らないのである。そうしたデータを収集するところから始めなければならない。

このように現在の日本林業の問題点を並べると、もはやどこから改革すればよいのかわからなくなり、絶望してしまう。林業に希望は見出せないのか。

森林の新たな利用を模索し小さな「希望」も

近年、国が進める林業の大規模化、画一化の動きから外れた道を選ぶ林業家や自治体が登場し始めた。めざすは木を一本一本丁寧に扱い、付加価値を高くして出荷すること。また木材生産だけでなく森を利用して収益を上げる仕組みづくりに挑んでいる。

たとえば北海道の中川町は、町有林の皆伐禁止、私有林の皆伐制限を決めた。そして残されている天然林から広葉樹を持続的に伐り出し、旭川の家具メーカーに出荷している。通常、家具材は建築材の5、6倍の価格だから利益率は高い。

同じく群馬県のみなかみ町は、天然林や雑木林の活用を進めている。これまで雑木として使われることのなかった木々を家具木工用や木の器用に出荷することで収益を上げる計画だ。最初から用途を決めて丁寧に無駄なく利用することで付加価値を高めるのである。

一方、森林の新たな利用という点からの模索も各地で行われている。林内で養蜂を行ったり樹下で薬草栽培をしたり、あるいは森のようちえん(森を活かした幼児教育)の開設……とさまざまな方法が試されているが、その一つに「冒険の森」事業がある。

長らく放置された人工林を利用して作られたレジャー施設だ。樹上をロープ頼りに歩いたり飛び移ったり、さらに森の中に張ったワイヤーを滑車で滑り下りるジップラインなどを設えている。

通常のアスレチック場よりも大人向きで、インストラクターと安全装置をしっかり付けて臨む。これが人気で多くの都市住民を招き入れている。おかげで木材生産よりも多くの収益を上げているだけでなく、新たな雇用も生み出している。

主体の企業はいくつかあるが、すでにフランチャイズ方式で全国に広がっている。いずれも森の有効利用を掲げ、収益を森林整備につなげている。

顧客も、単なるレジャーに留まらず環境教育や企業の新人研修にも利用されるようになってきた。都市の住民がここで楽しみつつ、森林や林業への理解を深める役割を果たしているわけだ。

こうした試みは、まだ小さな「希望」にすぎない。林業の建て直しは、そう簡単ではないだろう。だが次世代の林業を築くためには、当事者が森林の持続を考え新たな方策をいろいろ試みることが大切だ。それが絶望から希望への道のりである。

筆者プロフィール
田中淳夫(たなか あつお)
1959年大阪生まれ。静岡大学農学部林学科を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。主に森林や林業をテーマに執筆活動を続けている。著作に『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(ともに新泉社)、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(ともに平凡社新書)など多数。