投資家・藤野英人氏が“投資嫌い”の日本人に警鐘「会社が不満なら自ら行動しろ」 - 島村優
※この記事は2019年11月12日にBLOGOSで公開されたものです
6月に金融庁がいわゆる「老後2000万円問題」に関するレポートを発表し、多くの人が「将来の備えに対する不安」を抱えることになったという。しかし、資産運用を真剣に考えたことがある人であれば、貯金だけでは将来資金が不足することは自明だった。
折しも9月に『投資家みたいに生きろ』を上梓した投資家・ファンドマネジャーの藤野英人氏は、この問題で日本人の金融リテラシーの低さに衝撃を受けたという。その背景には、日本人はリスクを避けたがる人が多く、投資を嫌う人が多い事情があると指摘する。将来が不確かな時代に、私たちはどのように生きるべきか、藤野氏に話を聞いた。
未来について考える日本人が減っている
-『投資家みたいに生きろ』を通じて、本を手に取る人にどんなメッセージを届けたいと考えていましたか?
本のタイトルについて相当議論しましたが、「投資家みたいに」という背景には、投資家みたいに生きていない人が多すぎるという現代の状況があります。「投資家になれ」ではなく、あくまで「投資家的に」ということですが、そのためにはそもそも投資家ってなんだろう、というところから話していきたいな、と。
日本には「投資=悪」と考えて投資家を毛嫌いしている人や投資家的な生き方を誤解している人が非常に多く、その考え方を変えない限り、日本は豊かな国にならない。より多くの人に投資家的な考え方を伝えることによって、世の中を変えたいという思いがあったので、そういう人に読んでもらいたいと思っていました。
-本書の冒頭で、老後2000万円問題に対して強い危機感を持っていることが綴られています。
老後2000万円問題というのは当然の話で、金融庁のワーキンググループが指摘しなくても、資産を運用せずに貯金だけして老後を迎えれば、現在の年金制度ではお金が不足するということは火を見るより明らかです。ところが、実際それがレポートとして公表されると、政府、野党、メディア、国民全般の反応は非常に的外れで、金融の知識も乏しいことがわかった。
前々から危機感を持っていたことではありましたが、現在の状況は私の予想をはるかに下回っていたわけです。それも極めてひどい状態で、国民が正しい投資の知識をつけて金融のリテラシーを高めていかないと、10年、20年、30年と経った時に、たくさんの年金難民が出てしまうとの思いを強くしました。この問題が持ち上がった時にこの本はほぼ完成していたんですけど、社会的な意義がより高まったのではないかと思います。
-同じ箇所では、社会全体が成立するためには「自助・公助・共助」が必要としつつ、基本は自分の人生に自分で責任を持つ「自己責任」が大切だとも綴られています。
いや、でも自助や自立に限らず、何も考えていない人が多いと思いますよ。多くの人は未来について考える習慣がないのではないか、とさえ感じることもあります。私は立場上、面接したり、学生と話をしたりする機会が多いんですけど、彼ら彼女らに「将来の夢はなんですか」と聞くと10人中8、9人は絶句します。考えたことがないって。
こうした変化はこの20年くらいで起きたものだと思いますが、未来についてしっかり考えている人はどんどん減っている。今日、明日、明後日、あるいは1週間後、1か月後くらいのことしか考えていない人が圧倒的に多いと思います。
「希望を最大化する人」と「失望を最小化する人」
-日本人が投資を嫌うということに関して、藤野さんは「日本人はチャレンジしない、損をすることを恐れる傾向がある」と分析しています。こうしたことを日頃から感じることが多いのでしょうか。
僕が最近よく言っているのは、日本人には「希望を最大化する」戦略を取っている人たちと「失望を最小化する」戦略を取る人たちの2つのグループがあるということです。この20年で顕著なのは、後者の失望最小化戦略を取っている人が激増したこと。
「どうせ暗い未来しか待ってないから、未来のことは考えないし、今さえ良ければいい」と考えるグループですね。将来に備えるためには貯金だけして、他に具体的な行動はしない。多くの人は勉強もしないし、努力もしない。告白もしない。なぜだかわかりますか?
-フラれるのが怖いから、というのは聞いたことがあります。
そう、失敗する可能性があるから。今、「少子高齢化」について騒がれていますが、「少子化」は「少婚化」の結果で、その「少婚化」は交際しようとする人が減っていることの必然的な結果なんです。じゃあなぜ誰かと付き合おうと思わないかと言えば、フラれるのが怖いから。
全て同じ行動の原理です。告白したらフラれるかもしれないから告白しない、転職したら給料が下がるかもしれないから転職しない、車や家を買ったらローンを払えなくなるかもしれないから買わない…変化することをリスクと捉える人が増えているんです。
-なるほど。ただ、そこまで変化を避けてしまうと「動かないことのリスク」の方が大きくなってしまいそうです。
動かないリスクの方が大きいのに、動かない人の方が多いのが今の日本の現状です。「希望最大化戦略」を取る人が非常に少なくなり、挑戦しよう、告白しよう、未来のために準備しよう、と行動に移す人が減ってきている。リスクというのは「変化」であって、その変化が必ずしもいいことだとは限らないけれど、少なくとも変化することを受け入れる気持ちは大事だと思うんですよね。
一方で、自分から行動に移せる人は「意識が高い」などと揶揄される対象になります。そういうことを言う人には、自分が成功したいわけではなく、成功している人を引き摺り下ろしたい考えの人が多いんでしょう。これこそが「失望最小化戦略」を取る人の行動です。でも、こういうタイプの人間が多い社会は絶対に成功しませんよね。「努力をしないことが大事だ」と思っている人が多い社会が成功するわけがない。
「変化が怖いから」日本人は投資を嫌う
先日、外国人が考える「日本人の嫌いなところ」という記事を読んで、とても納得させられたことがあります。その内容のひとつが「自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する。いつも本当の気持ちで行動しない」というものでした。
自分が嫌いな会社やチームに居続けたり、相手のことが嫌でも結婚し続けたり、そういうことは全てこれに当てはまります。自分の本当の気持ちで行動できないのは、周りの人に「変わると損するよ」とか「なに、好き嫌いで言ってるの」とか言われるから。そこには、大人が好き嫌いで物事の判断することは良くないという刷り込みがあります。
-ああ、なるほど。
つまり、日本人は物事を損得で考えてばかりなんです。良い中学校、良い高校に入りたい、それはなぜかと言えば、良い大学に行くためです。ではなぜ良い大学に行きたいのかと言えば、良い会社に入るため。なぜ良い会社に入るのかと言えば、給料が良い、つまり「得」だからです。
子どもに「良い仕事をすることで、社会をより良いものにするために君は生きているんだ」と、伝える親は多くないわけです。有名な学校、有名な企業を目指すのは損得で考えているからで、その人はどういう生き方が好きなのか、あるいはどのように信念のある行動をするべきなのか、ということはほとんど重視されていないんです。
-損得で考える人が多い一方で、投資を嫌う人が多いというのは、ある意味で裏表なのかもしれませんね。
投資は損するかもしれないから嫌だ、という人が多いんですよ。損得の面で考えると、得する可能性よりも損をする可能性が怖いから「悪」になるんです。でも、株式投資の例を考えてみても、一方向に上がることって滅多になくて、上がったり下がったりの繰り返しですよね。こうした変動を認められないということなんでしょう。動かないことを「善」として、動くことを「悪」とする考え方が染みついているんじゃないかな、と。
投資は「未来からお返しをいただく行為」
-この本で藤野さんが伝えている投資の定義はとてもユニークだと思いました。それは「投資とはエネルギーを投入して未来からお返しをいただく行為」というものです。
そう、投資というのは、頑張っている会社にお金を出して、成功を応援することなんです。それが社会のためにもなる。
これは僕自身が投資の経験を重ねてきて、何十年もかかって持つようになった考え方です。仕事柄、起業家の方と面談する機会が多いですが、起業家というのはリスクを取って戦っている人たちですよね。投資のためのインタビューで彼らの生き方を聞くことで、知らず知らずのうちに彼らからベンチャーマインドや投資とは何かということを叩き込まれたのではないかな、と。
-日本では寄付や投資が少ないと言われていますが、お金のことは利己的に考えてしまいがちです。
なぜ日本人は寄付をしないのか、ということは昔から語られているテーマです。日本人は、自分たちには公共心があると思っているかもしれませんが、人や世の中のためにお金を出したり、行動したりすることが世界でも極端に少ないと言われている。日本では投資しないことが良いことで、節約することが良いことだという考えが蔓延しているのも同じことで、それは世の中のことを考えてないということなんです。自分のことだけを考えて生きることが良いことだ、という考え方が一般的になっている。
-よく若い人に「10億円手に入れたらどうするか」と質問するそうですね。
そう質問されると、10年後の夢を持っていない人でも、自然にやりたいことが口をついて出てきます。それも、割と具体的に。つまり「10億円」というのは、その人が本当は持っているはずの夢を引き出すための道具なんです。10億円は一人で使い切るには大きな額なので、身近な使い方だけではなく将来のことも考えるようになる。
この質問に対しては「会社を辞めて、何かする」という答えが多いんですけど、そう思うなら今すぐ行動に移した方がいいと思います。それがその人の願望だから。会社を辞めるのはお金がなくてもできますよね。
会社に不満があるなら今すぐ辞めるべき
-この本を読んでいる時も感じましたが、ある人が本当は何をしたいのか、という気持ちをすごく尊重しているんですね。
そうですね。僕は原則的には多くの人が、誰かのための人生ではなく、自分の人生を好きなように生きてもらいたいと思っています。現在は、たまたま就職した会社にへばりついて生きている人が非常に多い時代だと思います。人生には色々な選択があって、たまたまその一つを選択した結果が、それぞれが現在いる状況に過ぎない。でも、どこかで、選択したことを忘れてしまって被害者意識だけが強くなってしまうんです。
毎年行われている働くことについてのアンケートがあるんですけど、日本は会社に対する忠誠心がここ5年くらいずっと世界で最下位です。自分の会社に対する信頼度は50%くらいで、もう半分の人は信頼していない会社で働いているわけです。アメリカや中国は80%くらいが自分が働く会社を信頼していると回答していますが、なぜこんなに高い数字が出ているかというと、信頼していない会社だったらすぐ辞めるんですよ。
-会社に不満があっても働き続ける人が日本人には多い、と。
人生100年時代と言われる中で、老後2000万円問題が目の前にある時、僕たちは4つの手段を取るしかないんです。それは、現役時代にたくさん稼ぐ、年を取っても細く長く働けるようにする、節約する、投資するという方法で、この4つを組み合わせていくしかない。そこで大事になるのは、年を取っても長く働けるかどうかということです。
仕事がつらくて早く引退したい人にとっては、定年が長くなるのは苦痛でしかない。それよりは給料が下がっても70歳や80歳になって好きで続けられる仕事の方が長く稼ぎ続けられる。そういった意味でも、自分の仕事がやりたいことかどうかはとても大事なんです。
-最後に、改めて私たちは今後、どのように「投資」と付き合っていくべきだと思います?
まずは自分が本当にしたいことは何か、未来にどうありたいのか、それを問うことが大切です。それが無いと誰かのための人生を歩むことになってしまう。そうやって自分に問いかけて、惰性的な人生を切り離して自分の人生を取り戻していくのが「投資」だと思うんです。
例えば転職、海外留学、パートナーを探す、といったことでも変化を起こす方法は色々とあるんです。ベンチャー企業を作ることだってできますよね。そういったこと全部が投資です。投資というのは会社を見つけて株を買うことだけではなく、お金や時間などのエネルギーを自分の描く未来のために使うことも含まれます。
-未来の自分への投資と、考えるわけですね。
つまり、投資家には誰でもなれます。投資はお金がなければできないことではない。自分を一番大切にしてくれる人は自分しかいないので、まず自分で自分を大切にしようよ、というのが投資家の第一歩です。自立をすることから始めるということですね。
プロフィール
1966年富山県生まれ。レオス・キャピタルワークス株式会社代表取締役社長・最高投資責任者。早稲田大学法学部卒。国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年レオス・キャピタルワークスを創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズを運用。投資教育にも注力しており、明治大学商学部兼任講師、JPXアカデミー・フェロー、明治大学商学部兼任講師も務める。
書籍情報
本書は「ひふみ投信」で有名なファンドマネジャーである著者が、若者に向けて「これからの考え方・生き方」を説いた指南書である。投資家という「職業」になろうという意図ではなく、未来に向けて「見える資産」「見えない資産」を貯めていき、市場価値を高めるという広義の意味での「投資」を勧める。「老後2000万円問題」や「人生100年時代」などが時代のキーワードとなっているが、その解決策として、著者の投資家ならではの視点を読者に授ける。タイトルの「投資家みたいに生きる」とは、サラリーマン気質から抜け出し、投資家が当たり前に考えている「思考」を手に入れ、日々の「習慣」を変えること。投資と聞いて「お金でお金を増やすことだ」としか考えられない人は、これからの新時代を生き抜いていくことが難しい。投資の思考から学べるキーワード、「主体性」「平等に与えられた資産」「過去・未来の缶詰」「成功体験の積み重ね」「謙虚な気持ち」「脱サンクコスト」「人間関係のポートフォリオ」…をもとに、どう考え方を変えて習慣にしていくかまでを丁寧に解説する。