※この記事は2019年11月12日にBLOGOSで公開されたものです

1986年以前は年金にフル加入できない人がかなり多かった

年金受給水準については、所得代替率という指標が使われる。これは、現役時代の収入に比べてどのくらいの年金をもらえるか、を示す。

ただしこの数値は、夫がサラリーマンで、妻が専業主婦を前提とした世帯の年金総額、つまり、夫の年金に、妻の基礎年金（3号保険）を合わせた世帯全体の年金額で計算される。当然、未婚で通せば妻の3号保険分が入らないので率は下がる。そして、40年間フルに加入した想定での数字であり、未納・未加入期間があればやはり率は下がる。

こうした前提で算出された所得代替率が、従来は60％超だったものが、将来50％まで下がっていくというのが検証で示された絵図だ。単純に考えると、60％→50％への低下は2割近くもの年金減額となる。ここからまた、世代間格差が騒がれる。

ただ、過去世代の多くの人はそんなに甘い年金生活をできてはいない。彼らは以下のような理由で、年金に「40年間フル加入」できなかった人が相当に多いからだ。

1）専業主婦の加入義務は1986年から。それ以前は任意加入（企業負担はなく公的負担も少ない）のため未加入の主婦も多かった。義務化前の1985年の国民年金への女性・任意加入者（ほぼ主婦）は705万人。それが3号保険ができた1986年には1093万人と1年で387万人も増えている。このことから、1985年時点でサラリーマン家庭の専業主婦のうち4割程度が国民年金未加入だったと考えられる（図表）。

2）1986年までは30人未満の中小企業は厚生年金加入義務がなかった（1989年まで経過措置あり）。義務化前の1985年の厚生年金加入者は2723万人、経過措置が終了した1990年には3100万人と、この間に377万人も増えている。このことから、1985年時点では、民間法人勤務者の1割強が厚生年金未加入だったと考えられる。

3）1960年台は自営業・農業（のちに農業年金ができる）従事者が多く、2階部分（厚生年金や公務員共済など）への未加入者が多かった。

4）1960年台は国民年金・厚生年金ともに制度が浸透せず、加入率が今より低かった。

5）非正規雇用者（2か月以上の継続勤務者）の厚生年金加入が義務付けられたのが1999年でそれ以前は1階部分のみの加入者が多かった。 以上を勘案すると、過去世代の多くの人の所得代替率は、モデル数値よりもかなり低くなる。

1970年当時では自営業と家族専従員などの1階のみ加入者が就労者の半分弱、二階部分が任意加入だった従業員数30人未満の企業での就労者が約2割にもなるで、厚生年金必加入者は総就労者の3分の1程度だ。当時年金を支払っていた年代の人が受給者の主体となる2006年のデータでは、月20万円（年240万円）以上年金をもらえている人は、全体の16．6％しかいない。

今後、夫婦フルタイムで働く時代が来ると どちらも二階建て部分がもらえ、年金額は増える

一方、バブル崩壊後は、世帯主の収入が減り、その分を主婦がパート労働により家計補助するのが一般的になった。この場合の世帯収入は、夫の月給と妻のパート賃金を足したものになるはずだ。ところが、年金の所得代替率の計算式には妻のパート賃金は（配偶者控除の範囲内ならば）「0円」とされる。現実的な数字を考えてみよう。

夫の年収が400万円（ボーナスや税金などを抜いた金額）、妻のパート賃金が100万円ならば、世帯収入は500万円となる。が、年金の所得代替率のベースは、夫の400万円のみを対象とし、この60％を受給するということになっていた。400万円の60％なのでその額は240万円となる。ただ、妻のパート賃金を含んだ実際の世帯年収は500万円あるのだから、これをベースに真の所得代替率を算出すると、240万円（年金）÷500万円で、48％にしかならないのだ。

共働きが普通になり 夫婦ともに2階部分をもらえる社会

逆に今後は、女性活躍が進み、結婚・出産後も正社員として継職できる社会になっていく。専業主婦が前提となる3号保険者は1995年以降400万人も減った。この減少は勢いを増しており、2010年以降は8年で160万人（1年当たり20万人）減にもなっている。対照的に、この間、女性の厚生年金加入者は増え続けてもいる。この流れに適用拡大が加わり、厚生年金に加入する主婦はいよいよ「当たり前」のことになって行くだろう。

結果的には、主婦の長時間労働化で世帯総収入が伸びるとも予想できるが、仮にそれが現状維持だったとしても、その内訳が「夫300万円＋妻200万円」という形に変化していくことになる。そうすると、妻にも基礎年金に加えて2階部分（厚生年金）が受給される。

この場合、世帯収入（手取り）500万円の5割が年金で受給されるためその額は250万円となる。先ほどの妻がパートの場合の240万円と比べて、同じ世帯収入でも年金額が高くなることがわかるだろう。

整理するとこうなる。

①過去世代は、未加入者・部分加入者が多い（1940～1955年生まれ）。
②現在の世代は、パート主婦の年収が年金計算上、無視される（1956～1990年生まれ）
③これからの世代は、女性も正社員継職が増え、専業主婦前提が崩れ（1990年生まれ以降）、フルに二階部分がもらえるため、率は下がるが額は上がる。

この3つを勘案すると、本当の意味での所得代替率は過去・現在・未来それほど変わらない。加えていえば、①の過去世代者（俗に言う「逃げ切り世代」）は、彼らの親世代の年金が極めて乏しかったということを忘れてはならない。年金制度開始時にすでに高齢もしくは熟年期に差し掛かっていたため、俗にいう「あめだま年金」（孫に飴を買ってやる程度の年金）しか受給されなかったのだ。介護保険ができる以前に、そうした老親の面倒を見るという苦労もあった。

以上、年金制度についての考察はトータルな生活動態まで勘案してすべきだろう。表面数値だけで損だ、得だと被害者意識を煽るようなことだけは避けたいものだ。

続きは「年金不安の正体」にて

プロフィール

海老原嗣生（えびはら つぐお）
中央大学戦略経営研究科客員教授、雇用ジャーナリスト・株式会社ニッチモ代表取締役。株式会社リクルートキャリアフェロー（特別研究員）、株式会社リクルートワークス研究所特別編集委員。「Works 」（リクルートワークス研究所）編集長、「HRmics 」（リクルートエージェント）編集長を歴任。