上昇気流の日本の皇室と、批判が膨らむ英王室 大衆紙を訴えたヘンリー王子とメーガン妃 - 小林恭子
※この記事は2019年11月02日にBLOGOSで公開されたものです
天皇陛下の即位を祝う「饗宴の儀」の4回目が31日に無事終了し、順風満帆の機運が広がる日本だが、イギリスでは王室のメンバーに対する批判が日を追うごとに大きくなっている。
批判の矛先は、イギリスのエリザベス女王の孫にあたる、ヘンリー(通称ハリー)王子とその妻メーガン妃。昨年5月、ウィンザー城で華々しい結婚式を挙げて「サセックス公爵夫妻」となった2人だが、常にその一挙一動が話題となる「お騒がせカップル」で、「言っていることとやっていることが違う」という声が高まってきた。
秋篠宮さまの娘眞子さまと結婚寸前に、小室圭さんに対するバッシングをほうふつとさせるほどだ。
何がそれほど「嫌われて」いるのだろうか。
まず、結婚前のメーガン妃はアメリカのテレビ女優。これだけでもやっかみの対象となったが、その上、アフリカ系アメリカ人であることで、ハリー王子との交際が始まった時点から、ソーシャルメディアでの人種差別主義的ハラスメントや、ゴシップ記事が多い大衆紙(タブロイド紙)や保守系新聞で人種の違いを問題視するような報道が出た。
王子には、母親の故・ダイアナ妃がメディアに追跡された後で交通事故死した記憶があり、恋人につらい思いはさせられないと何度か過熱報道をいさめるよう、発言することがあった。
王室批判が日常茶飯事のイギリス
イギリスでは、王室批判はタブー視されていない。新聞には報道の自由の伝統があり、ニュース番組では偏りがない報道を義務化されるテレビ界でも、王室批判は権力批判のひとつとして受け止められている。権力の批判は、報道機関の使命でもある。
テレビのお笑い番組でエリザベス女王や王室のメンバーが笑いの対象になることは、珍しくない。国民も、こうした扱いに慣れている。
イギリスの新聞の中でも、「タブロイド」とも呼ばれる大衆紙(小型タブロイド判であることに由来)は、違法すれすれのあらゆる手段を講じてネタを取り、事実とフィクションを混ぜ合わせて報道するのが特徴的だ。例えば、サン紙、デイリー・メール紙、デイリー・エキスプレス紙など。
一方、日本でよく知られているタイムズ紙やガーディアン紙は日本の全国紙に当たり、「高級紙」と呼ばれている。こちらは事実に基づくことや正確さが要求される。
イギリスでは、大衆紙の発行部数の方が高級紙と比べてはるかに大きい。扇情的見出し、虚々実々のヒューマンストーリーが満載で、国内世論の動向に大きな影響力を持つ。
大衆紙で最も人気があるネタの1つが王室だ。バッキンガム宮殿に記者を忍び込ませる、探偵を使って情報を集める、望遠レンズで遠くにいる王室のメンバーの水着姿を撮影するなど諸々の手口を使って、特ダネをとろうとする。
かつては、ハリー王子や兄のウィリアム王子、その側近たちの携帯電話を大衆紙の王室報道担当記者と私立探偵が「盗聴する」(携帯電話の留守電の伝言を本人に無断で聞き、原稿を書いた)こともやっていた。
新聞のほかには、「Hello!」を始めとして、王室ネタを専門とするグラフ雑誌がいくつもある。
日本の天皇家とイギリス王室、どちらが批判される?
逆に、日本では天皇家についての表立った批判はタブーで、一種の聖域と言えよう。
なぜそうなのかについては、歴史家の分析によるだろう。ただ、イギリスのエリザベス女王の祖先は神とは考えられていない点が異なるとは言える。
17世紀以降、王室は議会の「敵」であり、国の主権を握るために両者が戦ってきた。その過程で、風刺やジャーナリズムが発達してきた経緯がある。日本では、天皇家や天皇制自体が風刺の対象になることはほとんどないのではないか。
イギリスでは、国民も王室のメンバーが風刺の対象になることに慣れている。
しかし、筆者が「似ているなあ」と最近感じるのは、「弟」の存在だ。
天皇陛下の弟にあたる秋篠宮さまの娘たちとなる眞子さまとその結婚問題、佳子さまの「へそ出しダンス」などがよく話題に上っているようだ。
イギリスでも、黙々と公務にいそしむウィリアム王子夫妻に対し、その弟のハリー王子夫妻が何かと話題を提供する。しかも、大衆紙が取り上げたくなるような話題である。
その実態を見てみよう。
家族が次々とメーガン妃の“実情”を暴露
ヒューマンストーリーを得意とする大衆紙にとって、「面白過ぎる」人物となったのがメーガン妃だ。過去のキャリアや出自が読者の関心を掻き立てる。「イギリス人ではない」、「アフリカ系アメリカ人」、しかも「元女優」。イギリス国民はメーガン妃のあらゆることを知りたがった。
昨年5月の結婚式には映画俳優ジョージ・クルーニー夫妻、テニスのセリーナ・ウィリアムズ選手などが招待され、まばゆいばかりの挙式となった。「おとぎ話のような結婚式」に、多くの人が感動した。
さらに、メーガン妃の家族がより興味をそそる話題を提供していった。ハイソな世界に羽ばたこうとするメーガン妃の足を引っ張る形で、父親のトーマス・マークルさんや父が再婚した相手の子供たちが、「実は、メーガンはこうだった」という話をアメリカやイギリスのメディアで暴露していったからだ。
極め付きは、結婚式から3か月後。「お父さん、お願いだから、虚実入り混じった話をメディアにしないで」とメーガン妃が父に送った手紙をイギリスの大衆紙が掲載したのである。しかも、この手紙を大衆紙に持ち込んだのは、挙式前後から娘に会えないことを恨んだ父親が持ち込んだものだった。
「都合が良い時だけメディアに出る」傾向に国民の不満募る
私信である手紙までも暴露されてしまった、メーガン妃。夫のハリー王子にとっても、心労は計り知れないほど大きいものだったろう。
あまりの過剰報道に、ハリー王子とメーガン妃(結婚後は「サセックス公夫妻」)は「プライバシーを大事にしたい」という姿勢をあらわにしていく。
インスタグラムのアカウントを作り、メディアによって不本意な形で自分たちの姿を報道されるのではなく、自分たちの声をイギリス内外の人々に直接伝える道筋を作ったのだ。
しかしながら、時が経つうちに、「自分勝手な」と表現せざるを得ないような行動が目に付くようになった。
発端は、メーガン妃が「初めての子供を産む場所を公表したくない」と述べた時だ。
王室の出産と言えば、ハリー王子の兄ウィリアム王子の妻キャサリン妃がロンドンの聖メアリー病院で出産したことを思い出す。現在までに3人の子供を産んでいるが、いずれの場合も、出産後数時間で王子とともに報道陣の前に姿を現し、カメラのフラッシュを浴びるのが「お約束」。
国民とともに出産を祝うのが王室の伝統だが、伝統破りのメーガン妃の願いを、筆者を含めた多くの女性が当時は好意的に受け取ったものだ。しかし、報道機関は出産の第一報を伝えるべきか、場所が分からないので右往左往。
今年5月6日、アーチー君の出産では、ハリー王子夫妻側は午後になって「陣痛が始まった」とメディア向けにメールを送ったものの、実際にはその日の朝に生まれていた。
同時に、インスタグラムで「今後数日で詳細をお知らせします」と書いたが、それから間もなくしてテレビの生中継にハリー王子が突然登場。父親としての喜びを語った。この時すでに、「自分にとって都合が良い時は、自らメディアに出る」傾向が見て取れた。
その後のアーチー君の初披露や洗礼式でも、メディア報道が厳しく制限され、ハリー王子夫妻とメディアの関係はきしむ一方となった。
「言っていることとやることが、一致していないのではないか」という不満が膨れ上がるようになったのは、今年夏。ハリー王子夫妻は環境保護を訴えながらも、プライベートジェットを複数回利用していた。同時期に、ウィリアム王子夫妻が格安航空を利用して休暇に出ており、対称的となった。
「母として、女性として、とてもつらい」と告白したメーガン妃
しかし、イギリスの王室にとって大きな衝撃となったのが、10月20日、民放ITVで放送された番組の中の、夫妻の告白だった。
夫妻がアーチー君と一緒に南アフリカを公式訪問した様子を取材した番組の中で、自分たちの本音をなじみの記者に打ち明けた。エリザベス女王を含むほかのメンバーには、番組のこの部分について事前に知らされていなかったと言われている。
かつて、ダイアナ妃は王室のメンバーに一切連絡せず、BBCのテレビ番組「パノラマ」のインタビューに応じ、夫のチャールズ皇太子に愛人がいることを暴露したことがあった。この不倫暴露発言に匹敵するほどの衝撃と言えよう。
エリザベス女王は1952年の女王就任後、単独のメディア取材に応じていない。BBCが女王一家の日常の暮らしを撮影したドキュメンタリー番組「ロイヤル・ファミリー」(1969年)は、1972年以来、放送不可となっており、王室のメンバーは「私的な面を公にしない」のが暗黙の了解だ。
そんな了解を裏切った形のITVの番組内で、ハリー王子やメーガン妃は心の持ちようを赤裸々に語った。
▽英民放ITVによるインタビューの一部(YouTubeより)
メーガン妃は、王室の一員となった日々を振り返って、「どんな女性も妊娠中は傷つきやすいもの」、「母として、女性として」つらい時を過ごしてきたことを涙をこらえるようにして語った。
ひとりの人間としては、共感できる、素顔のメーガン妃である。王室と国民の間にある壁を一瞬にして、取り去ったようだった。
ハリー王子は、兄のウィリアムとは「別の道を歩いている」「起きたことの多くは何でもない理由によるものだった」などと述べ、兄弟の間で確執があったことを示唆した。
その確執がどれほどのものであったのかは、本人同士やごく親しい人でなければ分からないが、王室内のほかのメンバーとの不和をテレビカメラの前で公表してしまうのは、前代未聞だ。
一般市民のレベルでも、家庭内の不和をテレビ番組内で公表してしまうには相当の勇気がいるし、同時に、「自分のプライバシーをさらけ出す」行為であることは想像できるだろう。「ルビコン川を渡る」行動である。
この点では、メーガン妃も同様だ。おそらく、メディア報道の多くが自分にとって不当であり、「本当の自分を知ってもらいたい」という気持ちがあったのだろう。
しかし、涙をこらえながらも、記者に「私が大丈夫かどうかを聞いてくれる人はいなかった」と述べ、記者が「大丈夫ではなかったということですか」と追加で聞かれ、「ええ」と答えている。心の深いところをさらけ出してしまった。
日本では想像が不可能なほど大胆な告白であった。
ついに大衆紙を「違法行為」として訴えた夫妻
アフリカへの公式訪問中、ハリー王子とメーガン妃はほかにも大胆な一歩を踏み出していた。それぞれ大衆紙や大衆紙を発行する出版社を提訴したのである。
メーガン妃は父親に対する手紙を日曜大衆紙メール・オン・サンデーが掲載したことで「個人情報保護の誤用、著作権侵害」に違反したとし、ハリー王子は先の電話盗聴スキャンダルをめぐって、大衆紙サンなどを「違法行為」で訴えた。
提訴とほぼ同時に発表した声明文の中で、ハリー王子は妻が「個人に敵対的なキャンペーンを行う英国の大衆紙の犠牲者になった」「嘘や悪意があることを知りながらのプロパガンダ」が行われたことで「言葉で言えないほどの」つらさを感じた、と書いた。メディア報道による苦しみが切々とつづられていた。
先のテレビ番組では、ハリー王子は今でもカメラのフラッシュを浴びるたびに母ダイアナ妃がメディアに執拗に追われた末に亡くなったことを思い出す、とも語った。「そうか、そんなにハリー王子はメディア報道に苦しんでいたのか」。筆者はそう思ったものである。
夫妻は年末にかけて公務を休み、英国内と米国で家族だけの時間を過ごすという。
しかし、10月25日、筆者は驚いた。この日、ジェンダー格差を解消するための会議がウィンザー城で開催されたのだが、当初の出席はメーガン妃のみだったのに、ハリー王子も急遽、ディスカッションに参加したからだ。
夫妻はウィンザー城の敷地内にあるフログモアコテージに住んでおり、王子が会場までメーガン妃を送ってきた。その足で会議にも参加した、という流れである。
赤いレザーのジャケットに赤いセーター姿のメーガン妃の横には颯爽としたスーツ姿のハリー王子。ディスカッションの様子をカメラが追う。ほかの出席者とともに笑顔で一杯の夫妻の姿が報道された。「ハリー王子はカメラのフラッシュが苦手だとあれほど言っていたのに…」である。
ジェンダー問題の議論に夫婦ともに出席する様子は、ほほえましいものだった。しかし、「参加したいイベントには、自分の意思で参加するし、カメラがいても構わない」というメッセージが伝わってきた。
11月2日、ラグビーワールドカップの決勝戦(イングランド対南アフリカ)が行われる。ハリー王子は、日本で観戦することに決めたという。
王子はイングランド・ラグビー協会のパトロン(後援者)であるため、決して不自然ではない。日本では、たくさんのカメラのフラッシュがたかれるはずだ。それは「かまわない」と判断したのだろうか。
ハリー王子夫妻は「ただの人」になってしまうのか?
「自分たちの望む形でのみ、報道してほしい」と願い、そのようにメディアが報道すれば、それは一種の宣伝にほかならない。また、自らテレビカメラに向かって思いのたけを吐露すれば、「プライバシーを重視したい」といっても、すでにプライバシーは侵害されてしまっている。
「それほど苦しい人生なのだろうか」、とアイルランドの日曜紙「サンデー・インディペンデント」のコラムニスト、セーラ・カーデン氏が問いかける(10月27日付)。普通の市民はハリー王子のようには長い休暇を取れない、と指摘する。休暇後に「職があるかどうか」を気にしないといけないからだ。
ハリー王子夫妻のアフリカ訪問と同時期に、ウィリアム王子夫妻がパキスタンを初訪問していた。パキスタンの政府要人との会談のほか、地元の慈善団体が主催するイベントに参加。
5日間の訪問の様子は連日メディア報道されたが、粛々と公務をこなすウィリアム王子とキャサリン妃の姿は報道される側のつらさを吐露したハリー王子夫妻の姿と、ここでも大きな対比を見せた。
イギリス国内のほとんどの人は、ウィリアム王子夫妻やエリザベス女王がいつ「公務からの休暇」を取っているのかを認識していない。そのような形での休暇を取っているのかどうかさえも。
プライバシー重視を主張するハリー王子夫妻は「数週間の休暇を取る」という事実を公表してしまったことで、プライバシーの一部を知られてしまっている。夫妻にとって、残念な結果になったものである。
エリザベス女王は取材に応じないことで、「王室の秘密」を維持しようとしていると言われている。すべてがあっけらかんになってしまえば、「ただの人」になってしまうことを恐れる。ハリー王子夫妻は「ただの人」の方向に向かってしまうのだろうか、王室のメンバーとしての様々な恩恵を手放さずに。