JOC竹田会長贈賄疑惑に仏一般市民は「よくあることだ」と流す声も - 西川彩奈 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年02月06日にBLOGOSで公開されたものです
国内で波紋が広がっている、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長の汚職疑惑問題。仏夕刊紙ル・モンドは1月11日、フランスの当局が捜査に本格的に乗り出したと報じた。
問題とされるのは、当時竹田氏が理事長を務めていた招致委員会が、シンガポールのコンサルタント会社「ブラック・タイディングズ(BT)」社に2013年7月と10月、2度に分けて支払った約2億3千万円だ。同社はIOC委員会の当時の有力な委員だったラミン・ディアク氏の息子パパ・マッサタ・ディアク氏と関係があるとみられている。この支払いが東京招致が決まる前後だったことから、五輪招致の「贈賄」の疑いがかかっている。
この疑惑を巡り、日本国内ではフランスによる「ゴーン事件の意趣返し説」や、「東京五輪開催の危機」など、さまざまな説が飛び交った。これら一連の流れはフランスでどのように受け取られているのか。在仏記者が現地の声をお届けする。
「日本の国際的評判についた新たなシミ」
1月17日付のル・モンド紙は「日本の国際的イメージにおいて、2018年は悪状況で締めくくり、2019年も良くない状況で幕開けした」と一蹴した。昨年末のゴーン事件をめぐって国外から批判を浴びた日本の司法制度、IWC脱退に加え、今回の賄賂疑惑を「日本の国際的評判を汚した新たなシミ」と表現。
また11日付の同紙では、東京五輪開催における、猛暑などを懸念した記事を掲載している。
一方で1月11日付の経済紙レゼコーでは「捜査開始が報じられたことは、東京で騒動を起こす可能性がある」とし、「両国の政府がゴーン事件とは関係ないこと、そして司法が独立していることを示すこと」が大切だと指摘した。
一般市民は「事件について知らなかった」という声も
パリを拠点にする筆者の周囲では、「スポーツ好き」の人でも、意外にも竹田会長の贈賄疑惑について「知らない」との反応が多かった。ゴーン事件の報道に比べてあまり報じられている印象がないためか、事件について知っていたのは、ジャーナリストや大学教授のように頻繁に時事ニュースに触れる仕事をしている人のみだった。
また、疑惑について知っていてもスポーツイベントでの汚職は「よくあること」と、「さらっと流す」反応だけが返ってきた。 スポーツ中継を放映するパブを経営し、「スポーツ観戦が生きがい」というクリストフ・アグネさんも竹田会長の疑惑を知らなかったようで、「そうなんだ」と一言。
「汚職疑惑で捜査されている前国際サッカー連盟(FIFA)会長の ヨーゼフ・ゼップ・ブラッターや、2020年カタールW杯の汚職疑惑など、残念ながら国際的なスポーツイベントに汚職はつきものだ」
「お金と権力のある人物にとって、汚職は『人間の性』ではないだろうか。ただ、日本は他の国に比べて『不正』が少ない国という印象を持っていた」
仏ジャーナリスト「7分間の一方的な文書読み上げは『記者会見』と呼ばない」
1月15日に竹田会長が開いた会見では、質疑応答に答えずに文書を「7分間」読み上げたとし、メディアから批判が集まった。 この状況に対し、複数の仏ジャーナリストが筆者の問いに答えてくれた。
「記者が質問できないのなら、『記者会見』と表現してはいけない。『文書読み上げ』の会と呼ぶべきだ」(経済紙ジャーナリスト)
「メディアに対して失礼だ。プロが行う対応には見えない。ジャーナリストは大人しく報告書を聞いて帰るのが『仕事』ではない。JOCには説明する義務がある」(アラン・メルシエ、スポーツ・メディア「Francs Jeux 」編集長)
また、竹田氏の国外への対応に関し、「沈黙は良い策ではない」と口を揃える。
「発言する際に捜査での内容に矛盾が生じないよう、注意を払わないといけないの分かる。ただ、沈黙を守ることは完全にネガティブな行為だ。さまざまな解釈が出てくることになる」(某有力紙元編集長、経済ジャーナリスト歴40年以上)
「沈黙を貫くと、偽情報や噂が広まっていく」(アラン・メルシエ、スポーツ・メディア「Francs Jeux 」編集長)
一方、東京五輪開催の危機について、過去にも各国の五輪を取材してきた前述のアラン・メルシエ氏は、「東京は大規模な五輪を開催すると確信している」と危機を否定。同氏は東京五輪の印象についてこう語る。
「ここ数カ月間、東京五輪関係者に会い、設備を見学するため東京を2度訪れた。五輪の進捗状況や、廃棄されたスマホからつくるリサイクルメダルなどの企画に感銘を受けた。ただ、日本の主催者側が予算などの質問に言い逃れしようとする姿勢にがっかりした」
専門家「司法が独立している限り、ゴーン事件の報復説はあり得ない」
パリ第2大学で経済学を教えるベルトラン・ルメルニシエ・ブケ名誉教授が、今回の竹田氏の賄賂疑惑について取材に応じてくれた。
竹田氏を取り調べた「予審判事」とは、フランスで重大な事件の捜査を担当する裁判官。警察に証拠収集を命じたり自ら聴取したりすることが可能で、日本と異なり捜査権限を持つ。予審判事が捜査を担当するのは珍しいものの(2000年にはフランスの約7%の犯罪捜査を担当)、被疑者を裁判所に送致することも、免訴することもできるという重要な役割を担う存在だ。
――本格的に始まった竹田会長への捜査の行方に注目が集まっている。予審判事のルノー・バン・リュインベック氏とはどのような人物か。
「リュインベック氏は仏国内の数々の汚職事件を手掛けてきた。フランスの左派メディアから高い評価を得ており、リュインベック氏本人も政治的に左派の人物だ。また、フランスの司法も政治的に左寄りだとされる」
「彼が26歳の頃に担当したロベール・ブラン事件(当時の大臣ロベール・ブラン氏の汚職に関与した疑いの事件)では、故ブラン大臣がリュインベック氏のことを「野心的、社会に敵意を抱いている、初めから私のことを大臣だからという理由で嫌っていた」と語った」
「またリュインベック氏はURBA事件(社会党を巡る汚職事件)を担当した際、彼は左派だが、それ以上に『反権力』だということが証明された。
リュインベック氏の捜査方法は攻撃的な家宅捜査、一時拘束、電話の盗聴なども辞さない――。(権力のある)竹田氏は、窮地に直面するかもしれない」
――東京五輪開催に影響が及ぶか。
「JOCの会長が交代する可能性はある。しかし、五輪自体に影響することはないだろう」
――今回の汚職疑惑が日仏外交に影響する可能性はあるか。
「今後、ゴーン事件は日本とフランスの関係を汚すだろう。それに比べ、私の見解では竹田会長の汚職疑惑による両国の関係への影響はほぼない」
――今回の本格的捜査開始はゴーン事件の意趣返しという憶測も浮上している。これについてどう捉えるか。
「私の見解では報復ではない。まず、フランスも日本も『司法が独立している国』だということを忘れてはいけない」
西川彩奈(にしかわ・あやな)
1988年、大阪生まれ。2014年よりパリを拠点に、欧州社会やインタビュー記事の執筆活動に携わる。ドバイ、ローマに在住したことがあり、中東、欧州の各都市を旅して現地社会への知見を深めている。現在は、パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、欧州の難民問題に関する取材プロジェクトも行っている。