「ウナギを食べたいから守る」 密漁で消える水産資源の将来 勝川俊雄×鈴木智彦 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年02月04日にBLOGOSで公開されたものです
漁業の現場に暴力団が深く浸透している実態を描いた『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)が注目を集めている。29日、同書の著者であるフリーライター鈴木智彦さんと、日本の水産業の実態に詳しい東京海洋大学准教授の勝川俊雄さんによるトークセッション「ゆれ動く日本の水産業と食文化を考える――豊洲市場移転、漁業法改正…そして、サカナとヤクザ」が、東京都品川区のイベントスペース「ゲンロンカフェ」で開かれた。
絶滅が危惧されるウナギをどう守るべきか。そして、密漁・密流通がはびこる漁業は今後どんな道筋をたどるのか――。83年の歴史を誇った築地市場の閉鎖や、漁業法の70年ぶりの改正など漁業を取り巻く環境が目まぐるしく変わる中、国内外の漁業の現場を研究してきた勝川さんと、密漁など裏社会が暗躍する実態に迫ってきた鈴木さんが、漁業の今後の在り方を話し合った。2人の討論の一部を紹介する。
絶滅恐れのウナギ 「食べたいから守る」が重要
鈴木氏は『サカナとヤクザ』で、九州や台湾、香港の養鰻場などを取材し、シラスウナギが国内に密輸される流れを描いた。ウナギの稚魚であるシラスは、3分の2が密漁・密流通という。2014年には日本ウナギが国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種IBに指定されるなど、将来はウナギが食卓から消えることも懸念されている。
ウナギを食べるべきか否かの議論について、勝川氏は「ウナギが食べられなくなるとみんな大騒ぎして、食べたいから守りましょうという動きになる。“ウナギを食べることは犯罪者”みたいにしたら、ウナギへの関心もなくなってしまう」と述べ、ウナギを食べるのと同時にどう保護するかを考える視点が重要だと指摘した。
さらに、「食べたいから今のうちに食べておこうではなくて、食べたいから守ろうというレベルにすることが大切。食べるなら未来につながる食べ方は何かを考えてほしい」と話し、水産業界には生産や流通の過程を明らかにすることなどの努力が必要と説明した。
鈴木氏は、ウナギの絶滅が懸念される中でも、減少していることを示すデータやエビデンスが不十分なため、「学者がウナギを減っていると言えない状況がある」と指摘。一方、勝川氏は「データのみからは言えないかもしれないが、日本全国でウナギを獲っている誰に聞いても、増えているなんて言う人はいない」と述べた上で、「水産資源の話は、魚が減っているから獲るなと国際的に日本が責められる。学者には“減っていない”と対外的に言うニーズがあった」と説明した。
様々な人が集まった築地はフォトジェニック
鈴木氏が2013年12月から4か月間の潜入取材を続けた東京・築地市場は、昨年10月に閉鎖された。勝川氏は築地市場について、「“寅さん”みたいな人がたくさんいて、いろんな人を受け入れる吸収力がおもしろかった。衛生的で素晴らしいというより、こんなとこで生ものを扱っている。それでオペレーションできているという点もまたおもしろくて」と語った。
鈴木氏は「生きているか死んでいるかは別にして、水族館みたいなもんで。半分は活魚で生かしているし、海が、魚が好きな人にしたら天国」と話すと、勝川氏は「すごい種類が集まっていて詳しい人が教えてくれるから、大変楽しいんです」と同調。さらに、鈴木氏は「でも、築地は素人が行くと、必ずぼられる。年末にみんなカニとマグロを買いに来るけど、たいてい悲惨な値段で買って帰ってくる」と付け加えた。
鈴木氏は潜入取材をした経験から、「トイレがすごく汚くて、写真を撮ったけどあまりに汚いから公開できない」と笑って振り返った。この他にも、「昔は高校野球で賭博が行われた」「包丁を持って乗り込んできた人を協力して囲んだ」など、築地市場にまつわる隠れたエピソードを明かし、「築地はフォトジェニックだった」と表現した。
高いポテンシャルを生かせていない日本の漁業
勝川氏は水産業の現状調査のため、鈴木氏は密漁団を追い求めて、それぞれ全国各地の漁港を訪ねてきた。水産業、そして漁師町は今後どんなあゆみをたどるのか。
勝川氏は、日本の漁業のポテンシャルについて、「日本では国土が狭いうえに山が多いから、農業は面積で制約がある。でも、海は世界第6位の広さで、世界有数の好漁場がある」と高く評価。その一方で、「(この業界に来て)ここまでダメだとは思っていなかった。日本の漁業が粗末に資源を扱っていることには非常に腹が立つ。水産は未来がありポテンシャルも高いのに、それを上回るダメな構造をどう直していくかを考えることが重要」と指摘した。
鈴木氏は昭和30年代に全国の漁村で暴力団を通じて覚せい剤が蔓延したエピソードを紹介。勝川氏は「遠洋漁業がすごく儲かって、中卒の子供が札束を腹巻に入れて豪遊して、豪遊した後にヤクザから丁寧な年賀状が届く。そんな時代だった」と述べると、鈴木氏は「(漁師とヤクザの)互いに暴力が宗教であるというシンパシーは感じることがあった」と自らの取材経験を振り返った。
鈴木氏が、旧ソ連のスパイとして情報をやり取りしながら、北方領土近海での操業を許された「レポ船」の舞台となった北海道・根室市について、「根室はカニをロシアに奪われて街はシャッター街になり、人口も半分ぐらいになった。行ってもずいぶんさみしかった」と現状を示した。
勝川氏は「もともとさびれていたところではないんですよね。昔は一大繁華街みたいなのがあって、今はゴーストタウンになった。すごく寂しいですよね」と語り、「魚を残したうえで、きちんと価値を高めていくという風に切り替えていけば、また別の明るい未来はひらける。でも、一攫千金、男のロマンという産業ではなくなる」と語って討論を結んだ。
討論は改正漁業法の課題や展望、海外と比較した日本漁業の弱点、水産業が持つ閉鎖性など多くのテーマに話が及んだ。今回の討論は、ニコニコ生放送のタイムシフト(http://live.nicovideo.jp/watch/lv317979341)で2月5日まで視聴できる(有料)。
勝川俊雄(かつかわ・としお):1972年東京都生まれ。東京大学農学部水産学科卒。農学博士。東京大学海洋研究所助教、三重大学生物資源学部准教授を経て、2015年4月から東京海洋大学准教授。離島など多くの漁村を回りながら、研究や政策提言を重視した活動を続け、漁業者や消費者とともに持続可能な水産資源管理や漁業の制度改革を目指している。日本水産学会論文賞、日本水産学会奨励賞を受賞。Twitterのメンションは「@katukawa」。主な著書に、『漁業という日本の問題』(NTT出版)、『魚が食べられなくなる日』(小学館新書)、『日本の魚は大丈夫か?』(NHK出版新書)など。
鈴木智彦(すずき・ともひこ):1966年北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を経て、フリーライターに。主な著書に『ヤクザ1000人に会いました』(宝島社SUGOI文庫)、『ヤクザ500人とメシを食いました!』(宝島社SUGOI文庫)、など。最新刊は『昭和のヤバいヤクザ』(講談社+α文庫)。Twitterのメンションは「@yonakiishi」。特設したブログ(http://yatasuzuki.hatenadiary.jp/)では、「サカナとヤクザ」取材のこぼれ話や書籍に掲載しなかった写真などを披露している。