※この記事は2019年01月15日にBLOGOSで公開されたものです

成人式のレンタル、着付けサービスの「はれのひ」が料金を詐取して逃走した事件から1年が経過しました。「はれのひ」の元経営者が逮捕され、事件は集結したといえます。今回は、事件以降の和装業界の様子を、見た範囲内でお伝えしようと思います。

当方は和装業界ではなく、洋装業界のライターですので、そちらの業界にすごく詳しいわけではありません。それでも何となく長い間活動しているうちに、和装業界の人たちとも少なからず知り合うことができ、大きな出来事が起きる都度、それなりの反響や反応、意見などを聞くことができるようになりました。今回はそういった交流のある和装業界の方々にヒアリングした意見をもとにしています。

事件後、レンタル業者への支払い期間が延びる傾向

今回、事件が起きてから1年が経過し、その影響を聞くために、和装の製造業系の方や、製造から店頭まである程度幅広く網羅している業界のコンサルタントに状況を伺いました。

和装業界の外にいる当方にとっては、世間を賑わせた大事件であるにもかかわらず、事件終結後も和装業界に目立った動きや、目立った後遺症は出なかったように見えました。もちろん、業界外からですので、業界の内部ではさまざまな動きはあったのだと考えられますが、それは業界外にまで伝わるほど大きなものではなかったと考えられます。

今回、意見を伺うとほぼ口をそろえて「大きな影響は受けなかったし、業界として大きなキャンペーンをやったところはない。ただし、レンタル数も減少傾向だし、販売用の振袖の生産受注も減少傾向にある」といいます。これは「はれのひ事件」の影響だと考えられます。とくにレンタル数の減少はその影響が顕著だと考えられます。

ただし、こちらも口をそろえるのですが「業界として抜本的で画期的な対策が打てているわけではない」とも。また、利用客からレンタル業者への料金支払い期間が延びる傾向が強まっているという報告もあり、これは明らかに「はれのひ事件」による影響で、消費者がレンタル業者への先払いを警戒しているからだと考えられます。「はれのひ」のように着物を渡さずに料金を持ち逃げされることを懸念しているのでしょう。

着物の市場規模「再拡大」を阻む5つのデメリット

和装業界の年間市場規模は年々縮小してきましたが、近年ではだいたい3000億円内外で推移しており、下げ止まりだと考えられます。和装業界にも若手は多数いますから、彼らはもう一度市場規模を拡大しようと日々懸命に取り組んでいます。

彼らの多くは、市場規模再拡大のためには「和装着用人口を増やさねばならない」と考えています。売上高を増やすには、客単価を上げるか購買客数を増やすか、その両方を増やすかの3通りしか方法は存在しません。

何十万円~何百万円という価格が認知され「着物=高額品」というイメージが定着したのは、和装業界が市場規模拡大のために、これまでは「客単価を上げる」という戦略を一貫して取ってきたからだといえます。そしてそのことは市場規模がピークの1兆8000億円あった1980年ごろまでは成功していたといえます。

しかし、その後、高価格化が行き過ぎた結果、「着物=高くて手が出しづらい衣服」というイメージが強まったのと同時に機能性・利便性に優れる洋服への高支持、さらには若者人口の減少などから、着物着用人口は減り、現在の3000億円内外にまで縮小したと考えられます。

着物という衣服はすでに十分高価格化されているため、これ以上、高い価格で販売することは不可能なのです。市場規模を再拡大させるためには客数を増やさざるを得ません。ですから着用人口の増加に取り組むというわけです。

しかし、着用人口の増加を実現するためには、着物には不利な点がいくつかあると見ています。

1、 あまりにも高額なイメージが定着しすぎている
2、 和装業界が力をいれる正絹という素材は保管やメンテナンスが難しい
3、 着物は現代生活においては動きにくい(自転車に乗りにくい、走りにくい)
4、 一人で着付けできにくく、着られるようになるまで相当の時間と練習が必要
5、 「着物警察」と呼ばれる過度に着こなしなどに五月蠅い愛好家が多い

という点が洋服と比べて著しく不利だと考えています。

和装愛好者や和装業界の人は、この5点を挙げると「そんなことはない。慣れたら着られるし、動けるようにもなる。メンテナンスも慣れたら難しい物ではない」と反論しますが、「慣れれば」できるというのは何の反論にもなっていないと感じます。

「はれのひ事件」背景には着物入門への高いハードル

例えば、一輪車に楽々と乗っている人が「一輪車は簡単だよ。誰でも乗れるよ」と言っても、何ら説得力がないのと同じです。そこに至るまでの膨大な練習の手間と時間を、一般人は裂きたくないのです。

超高額品というイメージの定着は、ブランドステイタスを高めるという点においては効果がありますが、初心者が入りにくいという欠点も生み出します。あまり詳しくもない物に対してポンと何十万円も払えるような人はそれほど多くいません。これは着物に限らずパソコンにしろ、自動車にしろ、同じでしょう。

免許を取ってすぐにレクサスを買おうという人は多くありません。やっぱり低価格車や安い中古自動車で練習を積んでからレクサスへと移行します。ですから今のイメージのままでは入門しにくいのです。低価格レンタル・着付けの「はれのひ」が生まれたのはこの背景があるといえます。

また、正絹という素材は綿やポリエステルに比べるとはるかに洗濯にも保管にも気を使いますし、着付けを覚えるまで時間がかかります。洗濯しにくく保管しづらく、しかも一人で着られないような「服」を好むような人はやはり多くありません。そんな面倒くさい「服」は一生着なくても問題ないと自分なら考えます。

自分がもし、和装業界にいて着用人口の増加に取り組みたいなら、洗濯・保管がラクで、一人で着られる低価格の着物を発売します。綿やポリエステルの素材を使い、面ファスナーなどによってワンタッチで着られる低価格の着物を発売します。もちろんこれは入門者用で、従来の着物はハイエンドモデルとして上級者向けに残すというやり方を採ります。(現状として綿やポリエステルの低価格着物は存在しますが、和装業界として積極的に売る姿勢が個人的にはあまり見えません)

「着物警察」による厳しい目が入門者を萎縮させる

2010年頃からSNSの普及によって着物に挑戦する若い人が増えたように感じます。また、急増する海外旅行者が着物に挑戦することも増えています。彼らの着こなしは基本的におかしかったり、斬新すぎるコーディネイトだったりしますが、従来からの和装愛好者や和装業界人がこうした人たちに激しくいちゃもんを付けて取り締まる「着物警察」になってしまうことが多く見られ、初心者は萎縮してしまいます。

和装愛好者や和装業界人は「我こそは伝統の守護者」と思っていることも多く、「本物の着物」を伝えたいがために必要以上に厳しくチェックしてしまいがちです。もちろん、洋服でも「あいつはダサい」というようなチェックが生じますが、その一方で斬新なコーディネイトが持て囃されることも珍しくありません。

カジュアルの一つとして定着したスウェットのパンツがありますが、これは2010年頃までは単なる運動着・部屋着という認識だったのです。しかし、これをアウターカジュアルとして用い、それが「斬新なコーディネイト」として評価され、今ではカジュアルの一つと認識されています。もし「カジュアル警察」が厳しく取り締まったならこういう着こなしは定着しなかったのではないでしょうか。

「はれのひ」事件はあまりにも大きく報道されたため、今後類似の詐欺事件は起きにくいと考えます。しかし、低価格レンタル・着付けサービスが求められる背景は今後も変わりません。

それは和装業界が終戦直後からずっとハイエンドモデル化を目指してきた結果だといえるのではないでしょうか。部外者としては「着物着用人口の増加」を真に目指すのであれば、入門者へのハードルを下げるべきではないかと思いますがどうでしょうか。

筆者プロフィール
南充浩(みなみみつひろ)
繊維業界記者として、ジーンズ業界、紡績、産地、生地問屋、アパレルメーカー、流通小売などを取材。2003年に退職後、広報、雑誌編集、大型展示会主催会社の営業、ファッション専門学校の広報を経て独立。「繊維産業ブログ」は現在、月間20万PVを集める。