プロ野球を盛り上げる「悪党」の存在 読売巨人軍は永遠にヒールです! - 土屋礼央
※この記事は2019年01月02日にBLOGOSで公開されたものです
土屋礼央の「じっくり聞くと」、今回はスポーツジャーナリスト手束仁さんにインタビュー。長年、出身の愛知県目線・アンチ巨人な視点でプロアマ球界を見守り続けるベテラン記者、手束仁さん。記録よりも記憶にスポットを当てた球界悪党紳士録『プロ野球「悪党(ヒール)」読本「組織の論理」に翻弄された男たちの物語』がイースト・プレスから文庫化されたばかり。
野球界における「悪党」の魅力とはなんなのか、埼玉西武ライオンズをこよなく愛する土屋礼央が今回も「じっくり」聞いています。【取材:田野幸伸 構成:蓬莱藤乃 撮影:弘田充】
読売巨人軍の存在自体が悪党
土屋:今回は本のタイトルが悪党(ヒール)ということで、ヒールをテーマに話を進めていきます。まず、悪党と書いてヒール。プロ野球の中でなくてはならないヒールという存在はどういうものなのか、改めて教えていただけますか。手束:スポーツ界には必ず善玉と悪玉がいる。そのスポーツが盛り上がるほど役割分担が必要になってきます。プロ野球の歴史の中では、読売一強VS. 他の球団という構図がありました。アンチ巨人の視点で話すと、権力が嫌だということではなく「なぜ地上波テレビは巨人戦しか放送しないのか?」そんな疑問から始まるんです。最近はCS等で全試合放送していますが……。
土屋:僕は西武ライオンズのファンなので、話がライオンズに寄りがちになりますが、そもそもセ・リーグがヒールという感覚です。僕の幼少期、BSもCSもない時代は、テレビでは巨人戦しかやっていない。だから巨人と戦って西武が勝った日本シリーズは貴重なテレビ中継の映像が記憶の中に鮮明に残っています。なのに恵まれている巨人ファンはそのことを「え~、あんまり覚えてないわ~」って。こちらは貴重な、映像での思い出なんだよ!と。
手束さんは愛知県出身でドラゴンズファンだと思いますけど、セ・リーグのチームを応援しているファンから見ると、パ・リーグはヒールですか?
手束:そんなことはありません、むしろ同志!
土屋:では手束さんの中で巨人の何が一番のヒール要素なのでしょう?
手束:球団です。存在そのものがヒールです。
まず漫画、アニメの『巨人の星』。巨人が正義であとはすべて敵。当時、子どもが見られるアニメがあれしかなかったので、全国の子どもたちの多くは巨人ファンになりました。そして巨人以外のチームから見ると敵を応援する我々世代の青少年の心を捻じ曲げたのです!
土屋:巨人といえばあの名物オーナーも。
手束:読売の渡邉恒雄さん。元々敏腕の政治部記者で、人も制度も好きなようにいじることができるから政治よりもプロ野球界が面白くてしょうがない。政界で活躍してきた人だから、みんな素直なプロ野球界を操るなんて赤子の手をひねるようなものです。
土屋:ナベツネ(渡邉恒雄)さんがいる今と影響力ながくなった後とでは、球界も変わりそうな気がします。最近ではZOZOの前澤友作社長が新球団を持ちたいと発言して騒動になりました。ライブドア(当時)の堀江貴文さんをきっかけに、IT業界の経営者たちがプロ野球界に乗り込んできましたが、日本プロ野球機構のひとたちにとってIT業界は未だヒールに見えているんでしょうか。
手束:見えているでしょう。特に野村克也さんは楽天の球団経営を肌で感じて、今でも完璧にヒールだと思っているでしょう。
今のプロ野球監督の中で、IT業界の割り切った感覚をヒールだと思っていないのは日本ハム監督の栗山英樹さんぐらいです。それは日本ハムのスタッフのうまさ。日本ハムは親会社が食品会社なのに判断がIT的です。
ドラフトでも勝負に出るし、大谷翔平の二刀流も海外移籍も認めた。早いサイクルでスターを育ててチームを面白くする努力をしています。また時代の流れをいち早くつかんで、北海道に本拠地を移転させ、地域密着型のチームを作りあげました。
土屋:日本ハムの新スタジアムには入場料を払わなくても試合を見られるようなアイデアがあるらしいですね。結局、既存勢力に対する対抗心をヒールと表現していいのでしょうか。僕はのちに阪神に移籍した下柳剛さんが代理人を通した契約交渉第一号と報じられた時に「なんだ?」と思いましたが、今では当たり前になりました。
プロ野球の歴史は日本の産業の歴史
手束:野球界で新しいことを始めるのは難しいと思います。でも反対がある中、IT業界の参入を本格化させたのは、間違いなく堀江貴文さんの功績でしょう。近年、ソフトバンクやDeNAなど 、IT関係の球界参入が続きました。実は日本プロ野球というのは日本の産業の隆盛と密接な関係があるんです。読売新聞が主導してプロ野球を作ったのは、毎日新聞と朝日新聞に高校野球で後れをとったからでした。野球が商売になるということがわかったのですが、わかった時には既に遅かった。朝日新聞が盤石な体制を敷いて高校野球を発展させて、それに便乗した大阪毎日、のちの毎日新聞が当時は景気が良かったから春のセンバツを定着させていき、なおかつ毎日新聞は社会人野球を束ねて都市対抗野球を作っていった。
それなら野球を職業にしたい奴を集めてしまえというのが読売の発想でした。自分のところで球団を作って、そのあと大阪に声をかけると阪神電鉄、阪急電鉄(現在はオリックスに売却)が手を挙げました。これに呼応して新愛知新聞社(中日新聞の前身)がこっちも!と全国に波及していったんです。
土屋:日本のビジネスの中心が、プロ野球というコンテンツをいつの時代も必要としていたんですね。
手束:そうです。戦後は映画会社が参入しました。松竹ロビンス(DeNAの前身のひとつ)や東映フライヤーズ(現・日本ハム)、大映スターズ(ロッテの前身のひとつ)。阪急はグループ会社に東宝をもっています。映画会社は日活以外球団を持っていました。その後、映画界の衰退と入れ替わるように読売が息を吹き返しました。
土屋:すると現在のIT業界の球界参入は自然な流れ。現在の12球団から今後は16球団に拡大、というアイデアもあるようです。
手束:エクスパンション(球団数拡張)は歓迎します。セ・パは8球団ずつでもいいと思います。拡張していくことによって門戸が広がる。門戸が広がるということは、野球人口が増えることにつながるはずです。
土屋:働く場所は多いほうがいい。球団数が増えるとなると、ではどの企業が手を挙げるのでしょうか。それこそ、ここLINEですよ。それにゲーム会社。最初はヒール扱いかもしれませんが、やがて正義に転じる日がくるのでは。
手束:楽天はまさにそうでした。初年度はこんなヘボいチームで恥ずかしくない?と言われていましたが、様々な困難を乗り越えて8年後に優勝しました。
悪党がいるから野球が面白い
土屋:巨人というヒールがいなかったら、手束さんの中日愛はそこまで濃く醸成されたでしょうか?手束:読売が強すぎたので、ジャイアンツが負けることが喜びでした。実は中日はそんなにガンバらんでもええ、というくらいの感覚で、どちらかというと阪神の村山実や広島の龍憲一っていうピッチャーが好きだったんです。
それでも当時のナゴヤ球場は中日・巨人戦のヤジがすごかった。見ていて子ども心にも楽しかったですね。
巨人の選手が目の前を通ると「長嶋!、お前胸毛が見えとるで、俺が剃ったろか!」とか、堀内恒夫が投げると帽子が曲がるでしょ。「お前の帽子に幼稚園児みたいなヒモ、つけたろか?」って。
ビールを飲んだ紙コップの底をくり抜いてメガホンにして叫んでいるおっさんが客席に沢山いたんです。そのヤジが球場に響いて大爆笑でした。
でもそうやってからかう一方、王貞治さん(現ソフトバンクホークス会長)がホームランの世界記録を作ると中日ファンも拍手を送るんです。
土屋:本当に憎いわけじゃなく好敵手。そういう対抗意識でしたよね。1970年代はV9(9年連続日本一)を達成した巨人がアンチ巨人をも熱狂させましたが、80年代に入ると一転して西武が強かったという印象があります。
手束:ライオンズを強くするために前身のクラウンライター時代から監督だった根本陸夫さんがフィクサーとして動きました。福岡からかつて西鉄ライオンズとして人気のあったクラウンライターを買収した新球団に、阪神から田淵幸一を移籍させた。田淵は当時の阪神タイガースの看板選手。巨人の引き抜きを阻止して、ライオンズの方にスッと引き抜いてしまったんです。
土屋:あの時代のライオンズは世の中からふざけるな!という見方をされていましたか?
手束:そんな印象は僕にはないんですよ。例えば工藤公康(現・ソフトバンク監督)。彼は「熊谷組に行きます、プロは指名しないでください」って言っていたのに、西武が6位で指名して入団させました。約束が反故になった熊谷組には「ごめんなさい、西武鉄道の工事出すから、頼むわ」と言ったとか。でもこれはビジネスです。
同じようなことをやっても巨人の場合はビジネスじゃない、強奪です。江川卓を獲る時の「空白の一日」だってインチキ。ドラフトの制度を揺るがせたという意味では、巨人と江川はプロ野球史上最大のヒールだったといえるでしょう。
土屋:話をライオンズに戻しますと、西武は森祇晶監督時代の90年の日本シリーズで巨人を4タテで下しました。83年の広岡達朗監督の時には逆転につぐ逆転で日本一になりました。アンチ巨人から見ると、あの形は許せるんでしょうか?
手束:あれは痛快でした。当時の西武を仕切っていたのは広岡さんと森さん。読売の組織の中で活躍しながら膿のように扱われて出されたひとたちです。恐らく広岡さんや森さんの方がアンチ巨人感は強かったんじゃないでしょうか。その怨念の全てが西武の本拠地・所沢の地で燃えたぎっていたわけです。
土屋:そういうパワーが土台となって常勝軍団を作りあげたのでしょうか。
手束:だと思います。その頃は僕も血気盛んだったので、反権力にも目覚めて応援していました。
マスコミが作り出す悪党の存在
土屋:80年代の球界で忘れられないのが85年のドラフト会議。巨人は清原和博さんに「君を指名する」と本当に言っていたんでしょうか。手束:言っていたと思いますよ。巨人は基本的にずるい。ジャイアンツは清原を単独指名して、その次に早稲田大学へ進学を表明していた桑田真澄を指名して、2枚獲ることができると思っていたんです。ところが蓋を開けたらやっぱり他の球団も清原を獲りにきた。あれは間違いなく根本さんの差配でしょう。機会は平等なんだから獲りに行かなあかんぞとけしかけて、結果6球団が清原を1位指名しました。
土屋:桑田さんの場合はヒールのキャラクターにカテゴライズしてもいいんでしょうか。それともヒールに祭り上げられたタイプでしょうか?
手束:世論、メディアが作り上げたヒールです。清原かわいそう、桑田ひどいというイメージで、清原への同情票も集まるわけです。
土屋:清原さんが87年の巨人との日本シリーズの最後に涙を流したのも名シーンでした。あの涙は一体何だったのか、一般的には裏切られた巨人に対するものとみられています。
手束:あの時、マウンドには工藤公康がいて、清原に「最後はお前のところに球が行くぞ」と声をかけたんです。そのことに反応したんだと思います。ファーストへのフライを打ち上げさせて最後は清原がキャッチしてゲームセットという筋書きを工藤は考えていたわけです。
土屋:最後は篠塚利夫(現・和典)さんのセンターフライでした。
手束:工藤がコントロールを間違えた(笑)。でも現実は清原が泣いているところをみんなが目撃して「いいな」と思ったのがあのシーンなんです。
土屋:メディアとの関係でヒールになった選手というと、巨人との日本シリーズで「巨人はロッテより弱い」と言っちゃった近鉄のピッチャーがいました。
手束:加藤哲郎です。あれはまさにマスコミが作りあげたヒールでした。本当は緊張感のある日本シリーズだけどレギュラーシーズンのロッテ戦で投げるよりもラクに投げられた、みたいなことを喋ったんです。なのに新聞が「巨人はパ・リーグ最下位のロッテよりも弱い」と書き立てた。それを見た巨人ナインに火がついて、結果巨人の4連勝。
土屋:メディアの責任は重い。
手束:スポーツメディアは基本的に読売寄りです。球団も電鉄系と新聞系がありますが、新聞が強い。その構図は伝統の一戦と言われる阪神・巨人戦が最初に組まれた頃からずっと変わりません。
FA制度が生み出す新たな悪党
土屋:それからヒールというと、監督にも個性の強いひとがいました。手束:最近では中日の落合博満。チームは強くなりましたが人気はなかった。
土屋:采配もヒールでした。2007年の日本シリーズで山井大介を完全試合達成直前で降板させて、個人の記録よりもチームの勝利を優先したことが賛否両論を巻き起こしました。
手束:ドライなひとです。星野仙一さんは殴ったり蹴ったりしながら、実は愛情たっぷり。だから中村武志なんかは死んでもついていくと思っていたものです。それが落合さんになってからは選手との関係性もドライに傾いていきました。その要因の一つに挙げられるのがFA(フリーエージェント)制度。選手の発言力が増して自分の意思で所属先を決められるようになったこととも関係があるのではないかと考えます。
土屋:監督の発言力の強さでいうと管理野球を掲げた西武の広岡さん。徹底ぶりがすごすぎて、解任が決まった途端、選手たちがバスの中で拍手したとか?
手束:しめつけがキツかったんです。選手たちは大人の野球をやっていたつもりでしたが、いきなり高校野球に引き戻されて細かく管理されました。「え?」と思っても勝って結果が出ていれば監督が絶対です。
広岡さんと落合さんの立ち位置は非常に似ています。強いのにファンも含めて周囲から好かれない。
土屋:落合監督のメディアに対する対応もヒールそのものでした。
手束:特に中日スポーツにとってはヒールでした。記者が質問しても「え?知らないの?」と、まともに答えてくれない。記者だってひとの子です。つい星野さんのサービス精神と比べてしまいます。
土屋:メディア対応がもうすこしうまくやれていれば、落合さんも長く監督をやっていたかもしれない。球団もかばいきれなかった?
手束:だと思います。でも結局中日にとって落合さんは通りすがりの人なんです。現役時代にロッテから中日、その次に巨人(のちに日本ハム)に移籍したので「これでいいのか?」とアンチ巨人の精神が中日ファンの根っこにうずいていたんです。
土屋:アンチ巨人の側から見ると、巨人から出て活躍するひとは最高ですか?
手束:いいひと!だから中日に移籍した西本聖は、あんなにいいピッチャーだとは思わなかった。
土屋:FA移籍の話題でいうと、最近は里帰り現象がみられます。新井貴浩さんが阪神に行って、広島に戻ってきて、黒田博樹投手はメジャーから戻って、ふたりとも最後は広島の英雄という形で現役を引退しました。
手束:里帰りは、ドライとは対極の情的な部分で、その決断はよかったと思います。一旦移籍することで球団経営も助けました。ダイエー(現・ソフトバンク)の小久保裕紀もそうでした。
土屋:小久保さんが0円で巨人に移籍した経緯は何だったんでしょうか。
手束:高塚猛氏がダイエーのオーナー代行に就任したんですが、野球が好きなひとではなかった。その体制ではダイエーは勝てないから、いずれ戻すから今だけとチームリーダーを避難させた王さん(当時監督)の配慮です。
王さんにとって助けを求められる場所は巨人しかない。ジャイアンツにしてみれば小久保ほどの選手なら喜んで引き受けます。
土屋:今年のFAでいうと、丸佳浩選手(広島→巨人)は、すでにヒールポジションかもしれません。
手束:FAは間違いなくヒールを生み出します。
2019シーズンは巨人・原監督の悪党ぶりに期待
土屋:とはいえ、ヒールの存在がドラマを作りやすくします。今でいうとクライマックスシリーズ(CS)というルール自体がヒールです。手束:それはいえる!レギュラーシーズン3位なのにCSで勝ち進んで優勝すると揉めます!
土屋:それで居酒屋で酒がすすむ!クライマックスシリーズがなかったらシーズン終盤は盛り上がりません。みんなの話の種として、ヒール的なポジションで居続けてもらわなきゃいけない。
手束:毎年10月になると必ず「クライマックスシリーズをやる必要があるのか?」と批判されますが、試合は一戦必勝。緊張感のあるロースコアのゲームは見ていて面白い。
土屋:今後ルールは改正されても、ヒールがなくなることはなさそうですね。 最近では危険球退場になるからのけ反るようなビーンボールはない。当てられた近鉄のリチャード・デービスが殴りかかって、西武の東尾修さんが応戦するみたいな伝説に残る乱闘も見ないです。
手束:東尾さんってコントロールがいいピッチャーだったから狙ったとしか思えないでしょ。今は高校野球でさえも良い子だらけ。ヤンチャな子も野球をやらなきゃ。
土屋:阪神の金本知憲監督だって辞任せずにやり続けていたら、もしかしたらヒールポジションになっていたのかも…。そうなると2019年シーズン、ヒールになりそうなのは誰でしょうか?
手束:巨人の原辰徳新監督でしょ!
土屋:ジャイアンツにはヒールでいてほしいですよね。久々に俺たちが知っている強くて憎たらしいジャイアンツが戻ってくる感じがしています。今日の結論はジャイアンツがヒールということでよろしいでしょうか。
手束:それはもう間違いない、読売巨人軍は永遠にヒールです!
土屋:名言、いただきました!
プロ野球「悪党(ヒール)」読本「組織の論理」に翻弄された男たちの物語
プロフィール
手束仁(てづか・じん)愛知県生まれ、1981年、國學院大學卒。スポーツジャーナリストとして、スポーツの感動と素晴らしさを温かく伝えることをモットーとしている。特に、高校野球を中心として、学校や時代に関しても鋭く切り込む。特派記者などを務める一方、2012年、編集制作プロダクションとメディアミックスの株式会社ジャスト・プランニングを設立。
・http://just-pl.com/
土屋礼央
1976年生まれ、東京都国分寺市出身。RAG FAIR として2001年にメジャーデビュー。 2011年よりソロプロジェクト「TTRE」をスタート。ニッポン放送「土屋礼央 レオなるど」、FM NACK5「カメレオンパーティ」などに出演中。
・ TTREアルバム「ブラーリ」
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