好きな人から、突然の婚約報告。相手の婚約者に嫉妬した女は、狂気的な行動に出て…
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：エリート夫婦の間に生まれた、平凡な子ども。成績を伸ばすために母親がとった異様な手段
気付く女
はじめて梨奈を見たとき、心が拒否反応を示した。
ピンクのニットに、ふんわり巻かれたロングヘア。不必要に甲高い猫撫で声、上目遣い…。
私のこれまでの30年の人生で、この類の女性は登場してこなかった。
東大を出て、外資コンサルとしてのキャリアを積む私とは無縁のタイプ。
偏見かもしれないけれど、絶対に大した仕事をしてないだろうと思ってしまった。そのふわふわとした外見が、私にそう思わせた。
この女は私にとどめを刺しにきた。
大学時代からの親友・翔太が言ったのだ。
「俺、梨奈と真剣に付き合っててさ、来年には結婚しようと思ってるんだ。お前には紹介しておこうと思って」
そして、私はこのときはじめて自覚したのだ。
…翔太への恋心を。
学生時代からの親友・翔太から突然紹介された婚約者の存在に、女は…
最悪のタイミング。
もう少し早く、翔太への恋心を自覚していたら何かが変わったのだろうか。翔太と私が恋愛関係に発展することはあったのだろうか。
もしものことは、誰にもわからない。
けれど、もう手遅れであるということだけは確かだった。
◆
大学で出会った翔太とは、学生時代から仲が良かった。
これといったきっかけがあったわけじゃないけれど、気づいたら一緒にいた。とにかく気が合って、居心地が良かったのだ。
友達歴は、かれこれ12年。
大学を卒業した後も、朝まで延々と語り合ったりした。仕事の話、くだらない話、恋愛の話…。
男女の友情は成立しないなんていう人がいるけれど、私と翔太は間違いなく固い絆で結ばれた親友だった。…そう思っていた。
私は、必死に自分の気持ちに蓋をした。起こってしまったことはしょうがない、なかったことにしようと必死だった。
けれど、梨奈に会う度に、その決意はぐらりと揺らぐ。
「しっかりキャリア築かれてて、本当にすごいです〜」
翔太に仕事の相談をしているというのに、梨奈は相変らず甲高い声で水を差す。
「…翔太のこと、取らないでくださいね？」
…そして、私を挑発する。まるで、盛りのついた猫みたいに。
適当にいなすことすら骨がおれるくらいに、梨奈の存在は私にとって不愉快そのものだった。
それに、翔太は結婚式の準備とやらで、徐々に私とは疎遠になっていった。
…私は、段々と梨奈が許せなくなってしまった。
― どうして梨奈みたいな女が、翔太の妻になれるんだろう…。
私と翔太の関係を切り裂こうとするなんて…。私から翔太を取り上げようとするなんて…。
そして、私は…。
あの男に連絡を入れた。
好きな男の婚約者からのけん制攻撃…。女がとった信じられない行動とは
「ねぇ、お願いがあるの」
「何」
「翔太の会社と、契約切って」
「随分大胆なことを言うようになったな」
「お願い？」
「何でだ？」
「…いいでしょ？別になんでも」
「無理な話じゃないけど、仕事だからなぁ。…それなりのことはしてもらわないと。…ねぇ？」
「…なんでもするよ、私」
翔太は最近、経営コンサルタントとして独立した。一番の大口取引先の社長は、私が特別に…懇意にしている人だった。
翔太を経済的に追い込むことは、わけのない話だったのだ。
もちろん、翔太が永続的に困ることははない。けれど、私の素晴らしさをわかってもらえる機会になると思った。
経済力のある女の、これは特権だ。
＜翔太、仕事大変みたいだね…。何か困ってることあったら相談のるよ？お金なら少しならなんとかなるし＞
ここぞとばかりに、私は翔太に救いの手を差し伸べた。
…けれど、事態は思わぬ方向へと転じる。
＜ありがとう！でも大丈夫＞
翔太は、私を頼ろうとしなかったのだ。
男としてのプライドが許せなかったのだろうか。恥ずかしがっているのだろうか。
…きっと、そうだ。
でも、窮地でそっと寄り添うことができれば…。私はきっと、彼にとってなくてはならない存在になれるはず…。
＜…翔太、無理しないでいいよ。お金貸してあげるよ？＞
＜翔太、私たちの仲じゃん、困ったときは何でも言ってよ＞
＜翔太？どうして何も返事ないの？大丈夫？＞
けれど、翔太からは一向に音沙汰がなかった。
途中から既読にもならなくなった私からのメッセージが、無情にもトークルームにぷかぷかと浮かぶ。
…あの女が翔太と結婚するなんて、…許せない。
絶対にふさわしいのは私だ。
せめて、…せめて私でも惚れ惚れするようなキャリアや自尊心を誇る女性だったら、まだ許せるのに。
＜前々から思ってたんだけどさ、…梨奈って子やめなよ。絶対ヤバいよ、あの子…＞
＜ねぇ、翔太！！あの子、めちゃくちゃ浮気してるよ？＞
あんな女に、翔太を取られるなんて…。どうしても我慢できない…。
＜翔太、返事して！！＞
＜翔太、梨奈と結婚したら絶対に許さないから！！！＞
◆
梨奈：「いつになったら、気づくんだろう」
「はじめまして〜、梨奈です」
翔太に紹介され、はじめて挨拶したとき、私は見逃さなかった。あの女の顔が微かにこわばったことを。
― あ〜この人、翔太のこと好きなんだ。
すぐに分かった。
そして、その女からの視線に、私の翔太への愛情はさらに加速した。人が羨むものを持っているというのは、悪くない。
だけど、あの女の行動は目に余った。本人は無自覚だったのかもしれないけれど、あきらかに翔太に色目を使いはじめたのだ。
仕事の相談とかこつけて、やたらと翔太を呼び出しては彼に私の悪口を吹き込んでいたらしい。
「最近、あいつちょっとおかしいんだよな…」
翔太がそんな言葉を漏らすほどに、あの女は翔太との距離を詰めはじめていた。
けれど、彼女は自爆した。
「あいつ、本当におかしくなったみたい…」
そう言って私に見せてきたLINE画面は狂気を感じさせるものがあった。
「ブロックしなよ…。なんか、何されるかわからなくて怖いよ、これ」
「そうだな…」
翔太は、友達として彼女を慕っていたから残念がっていたけれど。
彼女は、まだ知らないんだろうな。
私も昔は、可愛い女に、ステータスのある女に、圧倒的な経済力のある女に、たくさん嫉妬した。
そして、くだらない愚行も働いた。…とても言えないようなことを、たくさん。
でも、あるとき気づいたのだ。そんな嫉妬心、自分を蝕むだけだって。
◆
人は人、自分は自分。
そんな綺麗事を言うつもりはない。
むしろ、そんな綺麗事を本気で言っている人間がいたら、私は軽蔑する。人間、そんな出来たものじゃない。
私も、自分の持っていないものを持つ人間に出会う度に、心の中で嫉妬心が渦巻く。今でもそう。どんなに振り払っても、心にこびりついて剥がれてくれない。
だから私は、それを原動力に変えるようにした。
はじめて翔太に出会ったとき、翔太には素敵な恋人がいた。
美しくて、仕事ができる人で、…とても羨ましかった。それはもう、とてつもなく嫉妬心が渦巻いた。
だから、私も彼女みたいになろうと努力したのだ。
翔太にふさわしい女になろうと、必死にダイエットしてメイクも研究した。腰掛け程度にしか思っていなかった損保会社を退職して、興味のあったwebデザインの仕事を始めた。
最初は食べていくギリギリしか稼げなかったけれど、いざ仕事に本腰入れてみると案外楽しくて本気で努力した。実は今、翔太より稼いでいる。
そして、真正面から翔太にアプローチ。私の左手の薬指にきらりと光るものが収まるに至る。
嫉妬心が湧いたとき、それをどこに向けるか。そのエネルギーをどう使うか。
それ次第で、人生はいかようにでも動く。
嫉妬は、生きる力だ。
彼女がそれに気づく日は、くるのかしらね。
Fin.
▶前回：エリート夫婦の間に生まれた、平凡な子ども。成績を伸ばすために母親がとった異様な手段
▶1話目はこちら：友人の結婚に腹を立てた30歳・女が思いついた、危険すぎる腹いせの方法
