「専業主婦なんて楽しいの？」格下女に蔑まれたセレブ妻が、ケーキを手に訪ねた異様な相手
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：「あんたの人脈、低スペックすぎ（笑）」と暗に言われた女が、赤坂見附の駅で叫んだ言葉
追いかける女
私は、承認欲求が強い。
その結果、私の人生は完璧なものに仕上がった。
医者の夫に、可愛い娘。松濤の豪邸に、優雅な時間…。
他人は他人、自分は自分。そんな綺麗事は私には通用しない。人からの羨望が、私の幸せなのだ。
そんな完璧な日々を送っていたある日、1通のメッセージが届いた。
それは大学時代の友人・由美からの結婚報告。
「あの子が結婚かぁ…」
正直驚いたけれど、写真を見て合点がいった。そして結婚相手のフルネームをFacebookで検索して、更に納得した。
お世辞にもイケメンとは言えない風貌。薄くなった頭。冴えない眼鏡…。それに、名前も聞いたことのない中小企業で働いているという。
「ふぅ〜ん…」
彼女は、私と同じ土俵にいない。
当然のように、そう思っていたのだが…。
私はこの女に対して、人生で初めての感情を抱くことになる。
ずっと見下していたはずの女が38歳で結婚。それを機に、奇妙な友情がよみがえる
由美と私は、同じ女子大の文学部・英文科に通っていた。たいして気が合ったわけじゃないけれど、英文科の生徒は100人前後。
4年間も一緒にいれば、いやでも顔と名前は一致する。
それに、なにかと同じ授業を取ることが多くて、接点も多かった。大学を卒業してからも、何かの集まりで顔を合わせることがあった。
でも、それだけ。
それだけだったのだが、彼女はとても印象的でよく覚えていた。
ハッキリ言って、可愛くない。ファッションセンスが良いわけでもないし、スタイルも良くない。賢いワケでもない。それなのに、やたらと明るいのだ。
誰からも羨まれていないのに、いつも幸せそうにしていて、それが私には不思議でならなかったのだ。
彼女のFacebookに最近アップされていた画像を一通りスクロールしてみた。卒業して10年近く経つというのに何も変わっていない。
写りの悪い、お世辞にも盛れていない写真を、惜しげもなくわんさか上げている。ほとんど誰もイイねしていないのに、誰もコメントもしていないのに、長ったらしい文章を添えてつまらなそうな日々をアップしている。
本当に、理解できなかった。
由美の過去を少し覗き見している間に、LINEグループが盛り上がっていた。お祝いのスタンプ、祝福の言葉が一通り終わると、久々に集まろうと誰かが提案し、具体的な日取りまで決まりかけている。
ここ最近は、大学時代の友人たちともすっかり疎遠。久々に会うのも悪くはないし、相変わらずの由美にもちょっと興味が湧き、私もその集まりに参加することにした。
◆
数日後。
『イノダコーヒ 東京大丸支店』には、大学時代の友人3人と由美の姿があった。
由美に会うのは、実に5年振りぐらいだろうか。
「由美、結婚おめでとう！」
「ありがとう〜」
友人らからの賛辞に、由美は目じりに深い皺を刻み、幸せそうに笑っていた。
由美は、趣味の御朱印集めでひとり四国を回っていたとき、今の旦那さんと出会ったそうだ。フラワーアレンジメントの先生をやっているという由美と、切花の仲卸をやっているという旦那さん。すぐに意気投合したと喜々として語っていた。
「お花って癒されるよね。私も毎日、お花を眺めるのが癒しだな〜」
必死に由美との共通の話題を見つけようと、私は何気なくそう漏らしたのだが…。
友人の1人は、それに反応してくれた。
「私、最後に花買ったのなんていつか覚えてないや…。いいな〜、花を愛でる余裕がある生活…。本当、優雅なセレブ妻って感じだよね！」
思わぬ形で突然、気持ちの良いひとときが始まったのだ。
「そんなことないよ〜」
「よく見たらお肌も20代みたいに綺麗だし。本当羨ましいわ〜！！」
悪くない。実に、悪くない。
人から羨まれる快感は、いつになっても変わらない。
けれど、由美は不思議そうに私を眺める。
― なんだろう…。
妙な居心地の悪さを感じながら、でも気づかないふりをして、友人からの賛辞を堪能していた。
「仕事はしてないんだっけ？」
「うん、専業主婦よ」
「専業主婦なんて、羨ましい〜！毎日何してるの？」
「犬の散歩したり、お稽古行ったりかな〜」
「家事とかは？」
「お手伝いさんにお願いしててね…」
「え〜、めっちゃ羨ましいぃぃ！」
由美からの視線は不快だったけれど、それを掻き消す気持ちの良い言葉たち。私はいつも通り、羨まれるという快感に浸っていたのだが…。
しびれを切らしたように、由美は口を開いたのだ。
由美が女に投げかけた、痛烈な一言とは…
「それ、楽しい？」
由美はキョトンとした顔で、不思議そうにこちらを見つめる。
「…え？」
「犬の散歩とか、お稽古とかだけで、楽しいの？」
子供が親に素朴な疑問を投げかけるような、純粋な目。そんな目で見つめられて、私はしばらく声が出せなかった。
「ちょっと、由美何言ってるの〜」
誰かが凍った空気をとりなすようにカットインするも、由美は止まらなかった。
「やりたいこととか仕事とかなくて、楽しいの？」
真っすぐな目で、私を見つめる。
「…う、うん。毎日、楽しいよ。…ほら私、特にやりたいこととかないし」
「ふ〜ん」
腑に落ちないような表情で相槌を打つ由美からは、「私には理解できないや」。そんなニュアンスが透けて見えた。
「そういえばね、今度旦那さんとね…」
私に興味を失った由美は、のろけなのかよくわからない自分の話をしはじめていた。
それ以降はもう、由美の話は頭に入ってこなかった。
◆
あれから何日経っても、由美が不思議そうに私を見つめる目が忘れられなかった。
私は由美にとって、雲の上の存在なはず。同じ土俵にはいないはずなのに…。
なぜだろう、由美が頭にこびりついて離れないのだ。
ついつい由美のFacebookを覗いては、冴えない夫との仲睦まじそうなツーショットをこれでもかというほど見つめてしまう。
周りからの目なんて気にしない、ただただ自分が好きなものを追い求めるだけの由美。
私が選ばなかった、“自分が欲しいもの”で彩られた人生―。
私はどうしても、由美にわからせたくなってしまった。私がいかに恵まれた、素晴らしい人生を送っているかを。私はあなたから、羨まれるべき存在なのよ、と。
立場逆転
何か方法はないか。私は何かに取り付かれたように、血眼になって必死に由美のFacebookをスクロールした。
羨まれるためにはどうすればよいのか、必死に考えた。
そして、ある手掛かりを見つけた。
それは、由美が好きな俳優・雅人。
最近人気がでてきた雅人は、月9ドラマでも主演を務めている。由美はこの俳優にハマっているようだ。
― この人とお近づきになれれば、さすがの由美だって私に嫉妬するはず…。
一筋の光を見つけた私は、雅人と友達になることにした。
とりあえず、彼のSNSアカウントをフォローして、ダイレクトメッセージを送った。
けれど、返信がない。
まぁ、売れっ子俳優だ。忙しいのだろう。仕方ない。
事務所に電話してみた。けれど、本人に取り継いでもらうことはできなかった。それでもめげずに毎日電話したら、ある日繋がらなくなってしまった。
なぜだろうか。…でも、仕方ない。
しょうがないから、事務所の前で待ち伏せした。けれど、雅人らしき人間は現れない。車で移動しているのだろうか。そうしたらコンタクトできない。
私は別に変質者でもストーカーでもない。ただ、雅人と友達になりたいだけなのに…。
…こうなったら、最終手段だ。
人づてに聞いた、何でも引き受けてくれるという探偵に頼んで、彼の自宅を突き止めた。彼の自宅まで行けば、さすがに会えるだろう。
驚かせてしまうかもしれないけれど、私は誰からも羨まれるような人間。そんな私がお友達になりたいと言ってるんだから、それを断る人間なんているわけがない。
私と直接会えば、彼もそれがわかるだろう。
きっと、歓迎されるに違いない。雅人だって、喜ぶはずだ。
港区のはずれにあるタワーマンションの入り口で、私は彼を待った。彼が好きだというチーズケーキを片手に。
雅人らしき人が一瞬、通りかかったように見えたけれど、私と目が合うやいなやすぐに走ってどこかへ行ってしまった。きっと人違いだろう。
しばらくして、遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。何かあったのだろうか、物騒な世の中だ。
私は雅人を待つ間、彼と友達になった後の未来を想像した。
今度こそ由美は、不思議そうにではなく、羨望の眼差しで私を見つめるだろう。そんな由美を想像するだけで、ぞくぞくする。
そう、私は人から羨まれるべき人間なのだ。
少しずつ近づいてくるサイレン音を聞きながら、私はワクワクしながら雅人の帰りを待った。
▶前回：「あんたの人脈、低スペックすぎ（笑）」と暗に言われた女が、赤坂見附の駅で叫んだ言葉
▶1話目はこちら：友人の結婚に腹を立てた30歳・女が思いついた、危険すぎる腹いせの方法
▶Next：4月24日 日曜更新予定
最終話：東大卒の女社長。“自立した女性”という皮を1枚はいだら現れた、嫉妬の権化…
