「結婚できないなら、マンション買おうかな…」恵比寿在住・家賃12万1Kに住む31歳女の本音
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
▶前回：“元CA”って肩書は最強！エリート男に次から次へと出会い、チャンスを掴む31歳女
33歳までに理想の家に住みたい女・秋山由利（31歳）【前編】
「わぁ、夜景がすっごく綺麗…！」
土曜の夜、私は彼氏の宏太に連れられて、31歳の誕生日をアマン東京のスイートで過ごしていた。
同い年の宏太とはマッチングアプリを通じて知り合い、1年ほど前から交際している。
彼は新卒から日系証券会社のIBD部門で働いていて、もともとそれなりに高給取りだった。
けれど3ヶ月前に六本木の外資系投資ファンドに転職し、収入が倍になったらしい。年収にすると2,000万円を超えると言っていた。
だからか、彼はここ最近羽振りがいい。
今回も「普通の部屋でいいよ」と言う私に、彼が「せっかくならスイート取ろうよ」と提案してくれたのだ。
ひとしきり夜景を見て盛り上がると、宏太はおもむろに、小さな白いショッパーを取り出した。
「由利、これプレゼント。31歳、おめでとう」
中を見て、私は思わず声を上げる。
「うわ〜、嬉しい」
入っていたのは、ヴァン クリーフ＆アーペルのヴィンテージ アルハンブラのペンダントだった。金額にすると30万円は下らないジュエリーを前に、私は目を輝かせる。
「だけど、いいの？こんな高価なもの…」
「全然いいよ。“彼女にポンとジュエリーを買ってあげられるくらい、これからも稼ぎ続けよう”っていう、俺の覚悟も兼ねて買ったんだ。だから、受け取ってよ」
そう言うと宏太は立ち上がり、「ほら、つけてあげる」と私の背後に回った。
― 素敵…。我ながら、最高に似合う。
窓ガラスに映る、ペンダントをつけた自分。
ホワイトゴールドの輝きが私の肌によく映え、顔全体をワントーン明るくしてくれるようだ。
「ありがとう、宏太…。私、幸せ者だね」
感激してそう告げると、彼も嬉しそうにうなずいたのだった。
幸せいっぱいの由利だが、“ある悩み”が…
翌日
アマンでのステイをしっかりと楽しんだ後、宏太と別れ、恵比寿の1Kマンションに帰宅する。
30平米に満たない小さな空間を目にして、私は大きくため息をつく。
― ホテルが素敵だっただけに、この家がみすぼらしく見えるな…。
恵比寿駅徒歩7分、家賃12万円のマンションには、27歳の時から住んでいる。
渋谷にあるIT企業で働く私にとって、渋谷駅周辺にも歩いて行けるこの場所は、便利で気に入っている。
でも、最近では気になるところも増えてきた。
部屋の狭さをはじめ、無機質なエントランスや、少しチープな建具。天井が低いところや小さなキッチン、全然オシャレじゃない独立洗面台など…。
アマンの内装にはしっくり馴染んでいたヴァンクリのショッパーも、築15年のこの部屋で見ると、なんだか浮いて見える。
― でもこのお部屋、ついこの前更新しちゃったしなぁ…。少なくとも、あと2年は住まないと。
本当は、部屋の更新を機に、結婚を前提に同棲することも視野に入れ、宏太と将来のことを話し合いたかった。
けれどここ数ヶ月、宏太は新しい職場に順応するのに精一杯で、そんな話を持ちかけられる雰囲気ではなかった。
だから、とりあえず更新料を支払ったけれど…。
「もっとオシャレで広くて落ち着けて、素敵なお部屋に住めたらなぁ」
げんなりしていると、スマホが小さく音をたてた。
確認すると、大学時代の友人で、大手不動産会社で働いている紗季からの連絡だ。
『由利、久しぶり！
前に、引っ越したいって言ってなかった？うちの会社、いま仲介手数料の割引キャンペーンやってて。
私の紹介で購入契約するとお得になるんだけど、興味ある？』
タイミングの良い連絡に驚いた。
でも、ローンを組んでマンションを購入するなんてリスクがあるように感じてしまう。
仮に買うとしても、結婚するタイミングなのかな、となんとなく考える。
― まあでも、いずれにしろ次の更新時期…33歳になる頃には、この家は出たいもんなぁ。
33歳だったら、さすがに宏太と将来の話も進められているはずだ。
今のうちに色々見て情報収集しておくのもイイかも、と思い直す。
紗季に『ちょっと興味あるかも！』と返信した。
実際に内見してみると…
「さすが新築分譲マンション…素敵すぎる…」
2週間後。
私は、中目黒の新築分譲マンションのモデルルームを訪れていた。
紗季の会社が展開するマンションブランドは、グレード感を売りにしていることで有名だ。実際に見てみると、噂に違わぬ高級感だった。
開放感たっぷりのエントランスにテンションが上がり、エレベーターのシックなデザインも気に入った。
部屋は明るく日差しもよく入るし、広々としたカウンターキッチンと石張りの洗面台もすごくオシャレだ。
収納も充実していて、1LDKにウォークインクローゼットがついている。
「この物件でしたら、間取りは2LDKもございます。今後のライフプランにあわせてご提案可能ですよ」
担当の営業マンが物件資料をもとに、にこやかに説明してくれる。
― もし、こんな家で宏太と一緒に住んで、子どもができたりしたら…。すごく楽しいだろうなあ。
幸せな未来を想像すると、うきうきと心が弾んでくる。
都心のそれなりマンションは、たしかに高額だ。
でも、宏太はかなり稼いでいるし、私だって年収900万円はある。そう考えると、2人でマンションを買うことが、急に現実的な選択に見えてきた。
「ありがとうございます。検討してみます！」
たくさんの資料と、来場特典でプレゼントされた有名ブランドのハンドクリームを手に、私は足取り軽くモデルルームを後にしたのだった。
宏太と、2人の今後について話し合おうと思う由利だったが…
宏太の家で…
それから1ヶ月。
モデルルームに行ったことをきっかけに、私は宏太との将来を今までよりも具体的に想像するようになっていた。
私たちの関係は、今のところすごくうまくいっている。彼と夫婦になれたらどんなに幸せだろうかと、折に触れて考えるようになった。
でも、そもそも同棲や結婚についても具体的な話をしたことがない私たち。
宏太が結婚についてどう考えているのか…まずはそこから確認しなければいけない。
― もし聞いてみて、私と結婚する気が全然なかったらどうしよう…。
1年前、彼のマッチングアプリのプロフィール欄では、結婚観について『良い人がいれば結婚する』が選択されていた。
彼にとって自分が“良い人”に値するのか、怖くて聞き出せないまま、今に至る。
今日も神田にある宏太のマンションに遊びにきていたけれど、キッチンに立つ宏太の背中を眺めながら悶々としていた。
そうこうしているうちに料理が完成したのか、宏太が大皿を運んできてくれる。
「由利、お待たせ。パスタできたよ〜」
「あ…ありがとう！すっごくおいしそう…」
「でしょ？今日は少し時間があったから、築地で鮮度の高いアサリを買ってきたんだ。ついでに銀座のオリーブオイル専門店で最高級のオイルを調達してつくってみた」
たしかに、湯気が立つ皿の上のボンゴレビアンコはすごくおいしそうだ。
味の調節用にと持ってきてくれた調味料も、高級感のある木製のミルに入れられていた。つい先日まで、近所のスーパーで買える300円の塩コショウを使っていたのに…。
― 男性は高年収になると自炊に凝るようになるって聞いたことあるけど、わかりやすいくらい本当ね…。
「もうフツーのパスタは食べられないよな〜」と上機嫌な宏太の声を、私はぼんやりと聞いていた。
「俺そこ座るから、由利の荷物動かすね」
「あ、ごめん。私がどかすから」
「いいって、いいって」
私がキッチンに立ち、カトラリーやお茶の準備をしている間に、宏太はソファの周りを片付けようと思ったようだ。
しかしその瞬間、バサバサと荷物が散らかる音がした。
「あ、ごめんごめん…バッグのチャック開いてるの気づかなかった」
雑に持ち上げたのだろうか、雪崩のように、メイクポーチやイヤホン、手帳など、バッグの中身が出てくる。
慌ててそれらを元に戻しながら、宏太がふと「あれ？」とつぶやいた。
「由利、なにこのチラシ？不動産屋さんにでも行ったの？」
「ああ、うん…」
先日見学したモデルルームのチラシだった。
宏太に会うたびに、このチラシを話のタネにして、将来のことを話し合いたいと思ってきたけれど、切り出せないままずっと持ち歩いていたのだ。
「と、友達がこの会社で働いててね。誘われて、モデルルームの見学に行ったの」
「ふーん、そうなんだ」
宏太は真剣な表情でチラシを読み込んでいる。
「良い物件じゃん、これ。まあ俺だったら、こういうフツーのマンションよりは、タワマンに住みたいけど」
「う、うん…。たしかにタワマンの方がフルサービス揃ってるし、景色もいいよね」
「そうそう。ちょうど俺、引っ越したいと思ってたんだよね。
神田って、六本木まで微妙にアクセス悪いし。赤坂とかでタワマン買うのはどうかなってなんとなく考えてたんだ」
私は驚いて目を丸くした。
まさか宏太も、マンション購入を考えているなんて思わなかったのだ。
「賃貸で家賃をずっと払い続けるのももったいないしさ。住宅ローン減税とかもあるし…うん、そうだな。なんか、がぜん買いたくなってきた。
由利、今度一緒に内見に行かない？」
「えっ！？」
急な提案にびっくりして、宏太の目を見つめる。
「せっかく買うなら、由利と一緒に住みたいな、俺」
ニコニコしている宏太。
これが、結婚を見据えた提案なのかどうか…その表情からは、読み取ることができなかった。
▶前回：“元CA”って肩書は最強！エリート男に次から次へと出会い、チャンスを掴む31歳女
▶1話目はこちら：結婚間近の29歳女。彼が約束より早く家に来て、衝撃的な告白を…
▶Next：4月23日 土曜更新予定
宏太の真意を聞こうとする由利だったが…
