「彼、うちでこれを脱いで忘れていきました」とライバル女子から渡された紙袋…。その中身とは
「変わってやる！」
そう思った瞬間から、人生はアップデートされていく。
10年前の恋愛の傷から、着飾ることをやめノーメイクで生きてきた春野菜月（29）。
そんな彼女が、変わることを決意したら―？
◆これまでのあらすじ
意中の経営者・大翔に言い寄られる菜月。「付き合おう」と言われる前に大翔の部屋に行き、流れで体の関係を持ってしまう。
▶前回：何度も誘いを断った男を、女がついに受け入れた夜。拒否されても自信満々な男の「決め台詞」とは
シャワーを浴び終えると、菜月は脱衣所に立った。
鏡に近づき、すっぴんの顔をじっと見つめた。
― ああ。こんな顔で大翔さんの前に出ていくわけにはいかないわ。
自然とメイクポーチに手が伸びる。
― だって大翔さん、私のスッピンは嫌いなはずだもんね…。
菜月は、大翔との最悪な出会いを思い出していた。
あの時の暴言など、今となっては遠い過去のことに思える。先ほど抱き寄せてくれた大翔は、あの時とは別人であるかのようにとても優しかった。
しかし、菜月の心に一滴の不安が滲む。
― まだ「付き合おう」って言ってもらってない。私のこと、どう思ってるんだろう。
納得のいくすっぴん風メイクを完成させると、意を決して脱衣所の扉を開けた。
― よし。今から、聞いてみよう。私たちの関係について。
リビングでは、大翔がパソコンに向かっていた。菜月の視線に気づいて顔を上げる。
「あ、菜月ちゃん。ごめんちょっと仕事するわ」
「そうですか…」
「悪いけど、先に寝てて。寝室はバスルームの横だから」
早口でそれだけを言うと、大翔はまたパソコンに目線を戻してしまった。
「わかりました。おやすみなさい」
とぼとぼと向かった寝室には、キングサイズのベッドがある。ホテルのようにシーツがピシッとかけられていて心地いい。
― 綺麗な部屋よね…ハウスキーパーでも来てるのかなあ。
バスルームも掃除が行き届いていたし、タオルも端まで揃えて丁寧に畳まれていた。
― もしかして…親しい女の人が他にいて、掃除してたりして。
急に頭をもたげるイヤな想像に、菜月は首をブンブンと振った。
私たちってどういう関係？大翔の答えとは
他人の部屋のベッドにひとり横たわるという奇妙な感覚に、どうにも寝付けない。
スマホを手にとって、親友の茜に今夜の一部始終をLINEした。
すると、すぐに返信がくる。
「え？寝たの？どうして？まだ付き合ってないんでしょ？？」
茜の攻めるような声が、今にも聞こえてきそうだ。
「いや、たぶん付き合ってると思う」
「たぶんとかないから！今夜中に聞いて。いい？」
― そう、だよね…。
茜の言うことはだいたい正しい。
そこで菜月は、大翔が寝室に来るのを待った。
彼は30分ほどしてやってきて、ベッドに滑り込む。
菜月は、緊張しながら声をかけた。
「ねえ」
「あれ？起きてたんだ」
「…私たちって。どういう関係になるんですか？」
すると大翔が小さく笑う。
「菜月ちゃん。大丈夫だよ。俺は、そんな適当な男じゃない」
「でも…」
「ゆっくり進めよう」
大翔は遮るように言ったあと、薄暗闇の中で菜月を見つめた。
「菜月ちゃんの知ってる恋愛っていうのは、たぶんすごく幼稚なんじゃないかなあ」
「え？」
「大人の恋愛ではね、いちいち口に出すのは野暮なんだよ。全部、行動で表現するんだ」
大翔はすぐ近くに顔を寄せてきた。菜月はそれを避けることができない。
― ああ、ダメなのに…。
付き合っているかどうか明確でない状態でカラダの関係を持つなど、菜月の信条に反してはいた。
しかし今、都合よく大翔を信じたい気持ちでいっぱいになっている。
― 大丈夫よ。きっと大丈夫。
キスを受け入れながら、菜月は、幸せだけを見ようと意識を集中させるのだった。
◆
コロナ禍で随分と減っていたイベント通訳の仕事が、ちらほら戻ってきている。
その日、トークセッションの通訳を担当した菜月は、疲れた頭でボーッと帰路についた。
すると会場のビルの目の前に、見知った顔がある。
大翔の会社の事務員・史奈だ。
― 史奈さんだ。
軽く会釈をして「どうしてここに？」と聞くと、鼻にかかった高い声で、彼女は口を開いた。
「このイベントのホームページに、菜月さんの名前を見つけたので」
「…私の仕事を見にきてくれたってことですか？」
史奈は、「違います」とすぐに否定する。
「菜月さんに用があるの。あの、近いうちに大翔くんに会う予定はありますか？」
「…そのうち会うと思いますけど」
「じゃあ、これを」
史奈はニッコリしながら、小さな紙袋を差し出してきた。
史奈が手渡してきた、予想外のモノとは？
「大翔くんが、ウチに忘れていったんですよ。渡しておいてください」
ちらっと袋の中を見ると、モスグリーンの靴下が入っている。
「靴下…？」
「そ。大翔くんって、おっちょこちょいですよねぇ」
それから史奈は満足げな様子で、早足で去って行った。
― え、なに？大翔さんは、史奈さんの家にあがっているってこと…？
史奈と大翔はいったいどういう関係なのか。混乱した。
そもそも同じ職場にいるのだから、史奈は大翔にいつでも手渡せるはずだ。
― なんで私が代わりに返すの？私を牽制してる…？
全身真っ白のコーディネートをした史奈の後ろ姿を、複雑な思いで見つめた。
「明日あたり、夜会えない？」
大翔からちょうど連絡をもらったので、例の靴下を鞄に入れ、六本木にある大翔の自宅マンションまで出かけた。
会って早々、史奈からもらった靴下を差し出す。
「これ」
すると大翔は首をかしげた。
「ん？なんで菜月ちゃんが俺の靴下持ってるんだっけ？」
― …コレ、本当に大翔さんのなのか。
「あの、よくわからないんですけど、事務職の史奈さんが、これ返しておいてって」
「…あ、ああ」
焦ったような反応を見せた大翔に、思わず閉口する。
大翔は、史奈の家にあがっているのだろうか。全貌が見えないので、菜月は思わず質問してしまった。
「史奈さんの家に、置いていったんですか？」
「いや。…まあ色々あって、貸したんだよ」
「靴下を？」
菜月は、純粋に疑問に思って聞いた。しかし大翔は、少し面倒そうな表情を浮かべる。
「なんか俺、責められてる？」
「え…そんなことないです」
「そう？ならいいけど」
大翔の不機嫌そうな様子に、鼓動が少し早まった。自分がなにか悪いことをしたかのような気持ちになる。
「大翔さん、ごめんなさい。気に障りましたか…？」
「いいや」
大翔が頬をゆるめたので、安心する。それでも、疑う気持ちは消えてはくれない。
部屋で夕食を取った後、茜からはこんなLINEが来ていた。
「絶対に怪しいから。目をそらさないで色々調べなよ。持ち物とか」
― 持ち物を調べる？
いくら部屋に泊めてもらう間柄でも、それはないのではないか。
「ほら、怪しいレシートとか、あるかもしれないから」
茜の追撃LINEを見て苦笑する。
― ないわよ、そんなの。
都合よく見つかるはずない。
菜月は心の中でツッコミながらも、大翔がシャワーを浴びているすきに、つい鞄に手を入れてしまった。
「…レシート、ね」
大翔のプラダの財布はスッキリしていて、1枚のレシートも入っていなかった。
「ほら、なんにもない」
財布を閉じかけたとき、大翔の免許証が目に入る。
大翔の写真が気になった菜月は、カードポケットから免許証を引き出した。
そして、眉間に皺をよせる。
― え…？違う…。なんで？
その時、バスルームの奥の方で、シャワーの流水音が止まる。
慌てて、財布と鞄を元の状態に戻した。
▶前回：何度も誘いを断った男を、女がついに受け入れた夜。拒否されても自信満々な男の「決め台詞」とは
▶1話目はこちら：“垢抜ける”ことを決意した夜。初対面の男から浴びせられた、プライド崩壊の言葉とは
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菜月が見てしまったものとは？
