「あんたの人脈、低スペックすぎ（笑）」と暗に言われた女が、赤坂見附の駅で叫んだ言葉
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか？
▶前回：利回り30%保証、上場予定の未公開株…。美味しい話に食いついてしまった若い女は…
叫ぶ女
「外銀出身のIT社長？誰だろう、多分つながってると思う〜」
「同い年の慶應幼稚舎出身、だいたいつながってるんだよね〜」
この言葉を、真帆の口から何千回聞いただろうか。
ハイスペックなやつらはだいたい友達。
要は、そういうことが言いたいんだと思う。
自分自身ではなく、自分の人脈でマウントをとってくるあたり、なんだか鼻につく。けれど、婚活中の私はその人脈にはあやかりたいところだ。
「真帆ちゃん、すごい人とつながってて本当すごい〜！！」
彼女をそれなりに持ち上げつつ、マウントは適当に流しつつ、真帆との付き合いは続けていたのだが…。
不快感は、じわじわと私のプライドを蝕んでいった。
不健全な関係を続けていた私は、知らぬ間に真帆に不満を募らせてしまい…。
つい、彼女の婚約者にあらぬことをしでかしてしまった。
利害関係で結ばれていた友情関係に亀裂が入り、女はとんでもない行動に…
真帆とは、ある食事会で出会った。
可愛らしいルックスに、抜群のコミュニケーション能力。慶應大学を卒業後、総合商社の一般職として働いているらしい。
モテる要素だけで構成された女、第一印象はそんな感じだった。
けれど、その食事会は不発だった。東大出身でスペックだけは異様に高いけれど、女性慣れしていないような男性陣。
真帆は明らかにつまらなそうに、テーブルの下でスマホをいじるだけ。男性陣もずっともごもごしていて何を話しているかわからない。
― なんだか居心地悪いな〜。
そんな風に感じていたそのとき、初対面だった真帆が急に私の耳元で囁いたのだ。
「ねぇ、今から抜け出さない？」
「…え？」
「すぐ近くで友達が飲んでて、そっち行ったほうが多分良い出会いあるよ」
そのときは4対4での食事会。2人抜けてしまったらかなりアンバランスになってしまう。それになにより、開始1時間で抜ける口実がない。
「…でも、…さすがに」
「行きたい？行きたくない？」
「行きたいけど…」
私が歯切れ悪く答えると、真帆はすぐさま立ち上がった。
「ごめんなさい…、私ちょっと体調悪くて…。友達に付き添ってもらってちょっと帰りますぅ」
一同が啞然とする中、真帆は私の腕をとって、その会を颯爽と抜け出したのだ。
「真帆ちゃん…だっけ？すごいね…、ありがとう！」
早く終わらないかなと、私も思っていた。けれど、あんな勇気のいる行動、私にはできなかった。
「もう一生会わないだろうから、いいのいいの」
それに、真帆は今からもっとイイ出会いがあるという場所に連れて行ってくれるという。
このときの真帆は、救世主に見えた。
そのあと連れて行かれた飲み会には、確かにハイスペックでイケている男性ばかりだった。
― この子、…すごい。
真帆の人脈がすごいことは、確かだった。
「真帆ちゃん、今日は本当にありがとうね」
「ううん、そっちも食事会とかあったら是非誘ってね。あ、ハイスペック限定で」
「…あ、…うん」
「食事会呼んでくれたら、私もまた呼ぶから！」
あまりにもあっけらかんとした物言いに面食らったが、利害関係がはっきりしていてわかりやすい。
私はそれから、食事会を主催する度に彼女に声を掛けるようにした。私もまた、真帆に出会いの場に誘って欲しかったから。
＜今度、商社マンと食事会するから来ない？＞
けれど、彼女の事前調査は執拗なほどに入念だった。
＜商社って、総合商社？どこ？ちなみに部門は？繊維系はつながりすぎてるからNG。あと出身大学は？＞
それを聞いてどうするの？というところまで深掘りしては、行く価値のある食事会なのかどうかジャッジしにかかる。
確かに、私は真帆ほどの人脈はない。真帆が満足しない会となってしまうリスクもあるのかもしれない。
けれど、人脈を通して、私がどのレベルの人間なのかを見定められているようで、いい気はしない。
どこか見下されているようにも思える。
私ももうすぐ30歳。妙な焦りを感じていた当時の私は、それでも真帆が主宰する食事会に参加できるように、必死で自分の人脈を辿り、真帆が満足するような食事会を開き続けた。
利害関係で結ばれていた友情関係に亀裂が入り、女はとんでもない行動に…
しかし、私の主催する食事会は真帆が求める及第点に届いていなかったらしい。私が誘っても、返事すらくれなくなってしまったのだ。
もちろん、真帆から誘われることもなくなってしまった。
でもSNSを開けば、彼女の日常がそこにある。
食事会を堂々と毎日アップするなんてことはしていないけれど、楽しそうな日常が投稿されている。
きっと恵まれた人脈を駆使して、今日もどこかで新しい男性と出会っているのだろう。…羨ましい。
私はといえば、もう持てる人脈は全て使い果たし、全く出会いがなくなってしまった。1人、部屋でNetflixを見る以外やることがない。
何とも言えない劣等感を覚えながら、私は彼女の毎日を追いかけていた。
そして、そんなある日。
ついに、真帆のSNSに【ご報告】が投下された。
真っ赤なバラの花束を幸せそうに抱えながら、まるで韓流スターのような男性と並ぶ真帆。
つらつらと彼との出会いから今までの軌跡が長文で記されていた。その物語に興味はもてなかったけれど、この男性がどこ出身で、何をしている人なのかには、どうしても興味が湧いてしまった。
― …どんな男なの。
タグ付けされていたアカウントに飛んでみたが、大して投稿をしていない。ときおりストーリーズにアップされるジムの写真しか、手がかりがない。
そして…。
私はなぜだか不思議な使命感にかられて、そのジムへと通いはじめた。
◆
99％
ジムに通い始めて3週間、ようやくあの男が現れた。
すらっとした背丈に、知的そうな顔立ち。そして、左の薬指に光るリング。写真でみるよりずっとかっこよくて、オーラですぐに分かった。
けれど、私の魂胆なんて露知らず、男はスマホで海外ドラマを見ながらもくもくとトレーニングに励む。
その姿は、それだけで絵になるほど美しかった。
男がトレーニングを終え、ジムを後にするタイミングを見計らい、私も外に出た。
早歩きで赤坂見附のホームまで降りる男を、必死で追いかける。
そして構内で電車を待つ彼のすぐ後ろに並んだ。
鍛えられた大きな身体に、端正な顔立ち。シンプルなファッション。仕事は何をしているか知らないけれど、真帆のことだ。きっと、誰もが羨むようなハイステータスな男なのだろう。
彼の横に並んで歩くのは、さぞ気持ちの良いものなのだろう。女としてのプライドが、これでもかというほどに満たされるのだろう。
そんな完璧すぎる男の背中を眺めながら、…その完璧さが一瞬にして砕け散る瞬間を想像する。
綺麗なガラス細工が、一瞬にして粉々になるような瞬間をー。
それは、悪くない妄想だった。
清々しい気分になる。
「1番線ホームに電車が参ります」
構内にアナウンスが響き渡り、混みあった電車が到着した。
続々と人が降りてくるのを眺めながら、私はある弁護士の言葉を思い出していた。
『もし、自分が痴漢だと疑われてしまったら。足に自信があるのであれば全力疾走でその場から逃げてください』
たとえそれが冤罪だったとしても、「この人、痴漢です」とその場で女性に叫ばれてしまったら、実に99％以上が有罪となってしまうらしい。
それだけ、痴漢の冤罪を晴らすことは難しいのだ。
もう一度、真帆のSNSを見る。
間違いなく、私の目の前にいるのは真帆の婚約者だ。彼女が持ちうる人脈を使って手繰り寄せた、最高峰のハイスペックイケメン。
…私のことを、見下していた女が掴んだ幸せ。…私のことを、切り捨てた女が手にした喜び。
男が、そして続いて私が、電車に乗り込んだ。Airpodsを耳に差し込んだ彼は、私の存在には気づいていない。
私がここで、大声でひとこと発するだけで、あの女の人生はガラリと変わる。ガラスは粉々砕け散る。
電車で大声を出すなんて、恥ずかしいし、面倒くさい。
けれど、躊躇する理由はなかった。
じわじわと蝕まれた私のプライドは、もう取り返しのつかないところまで私を連れてきていた。
私は少しずつ彼に身を寄せ、最後に大きく深呼吸をして…。
ありったけの声を絞りだした。
▶前回：利回り30%保証、上場予定の未公開株…。美味しい話に食いついてしまった若い女は…
▶1話目はこちら：友人の結婚に腹を立てた30歳・女が思いついた、危険すぎる腹いせの方法
▶Next：4月17日 日曜更新予定
次回：相手はハイスペックでもなければイケメンでもない。けれど、幸せそうな結婚生活を送る友人に嫉妬した女は…
