ロシアに対する経済制裁が発動するなか、同国航空会社の旅客機が外国のリース会社へ返還されない見込みとなりました。その数およそ500機、推定価格は1兆円超と前代未聞の「借りパク」問題、発生経緯と今後の展望をみていきます。

「借りパク」は犯罪ですが旅客機ともなると…!

 2022年3月、日本や欧州各国のリース会社が所有し、アエロフロート並びにS7航空などロシアの航空会社が借り受けていた旅客機515機が、ロシア政府によって接収される見込みとなっています。推定価値1兆円以上にも及ぶ前代未聞の「旅客機の盗難」という事態に直面し、航空業界は大きな岐路に立たされています。


アエロフロートのエアバスA350-900(画像:エアバス)。

 旅客機は比較的小型な機種でも20億円から30億円、大型機では500億円にも及ぶため、航空会社にとって所有機を増やすという決断は大きなリスクをともないます。一方、金融機関が飛行機を所有し航空会社へ貸し出す(リース)場合、航空会社にとって初期投資が少額で済むことなどから、日本を含め世界中で広く行われています。こうした形態は、少なくともCOVID-19以前は右肩上がりで急速に拡大しつつあった旅客需要に対応するには最適であり、現在就役中の旅客機のおよそ半数がリース機となっています。

 なかでもロシアの航空会社は980機を運航し、そのうち777機がリース機で、さらにそのうちの515機が外国からのリースに頼っていました。

 ところが2022年2月に突如、雲行きが暗転します。ロシアのプーチン大統領が隣国ウクライナへの侵攻を開始したことにより、日本、EU、アメリカをはじめとした各国はロシアに対し厳しい経済制裁を発動しました。

ロシアへの経済制裁でリース会社大ピンチ

 EUはリース会社に対し、ロシアの航空会社と交わされている現在の契約を3月28日までに解消するよう通達、リース会社はロシアから一斉に機体を引き上げなくてはならなくなりました。通常の場合は、契約内容にもよりますが、航空会社はリース期間終了後、その価値に応じ買取ないし完全な状態で返却します。また場合によっては、現地の法律に基づき差し押さえられます。

 しかしながら、ロシア政府は経済制裁に強く反発。3月8日をもって、友好国であるベラルーシを除く全ての国との国際線を閉鎖し、すべての旅客機を国内に留め置く決定を下してしまいました。この措置は、第三国において航空機が差し押さえられるのを防ぐ目的であったことは明白です。

 さらに3月10日、ロシア政府はリース契約終了後の返却を禁止し、リース料をロシア・ルーブルで支払う法案の成立を検討中であると明らかにしました。この先ルーブルが無価値になることはもはや避けがたい状況であり、子供が「1億万ルーブル」と書いた紙で支払う行為と何ら変わりませんから、経済制裁への報復とみなしてよいでしょう。ただし、いちばん傷つくのは自分(ロシア)の信用です。


S7航空のボーイング737-800(画像:Marvin Mutz、CC BY-SA 2.0〈https://bit.ly/3MJjJkc〉、via Wikimedia Commons)。

 3月9日現在においてロシア国内線は運航が続けられており、恐らく接収した機体も今後、ロシア国内線で使用されるのではないかと推測されます。

 ただ、ここで大きな問題となるのが、ロシアの旅客機のほとんどはアメリカのボーイングやフランスのエアバス製であるという点です。経済制裁によってロシアは今後サポートを受けられませんし、多くを外国から購入していた各部品も、消耗しやすいものから順に在庫が尽きるはずです。ある機体からある機体へ部品を付け替える、いわゆる「共食い整備」によって短期的には飛行可能状態を維持できたとしても、根本的な解決とはならないでしょう。

機体はあるけれど…ロシア国内エアラインが背負い込むリスク

 また部品だけではありません。機体の運航や整備マニュアルは、常に最新の状態のものを参照しそれに従わなくてはなりませんが、マニュアルも更新されなくなる結果、安全性に大きな影響を与えてしまう可能性も存在します。

 ロシアはソ連時代から航空機産業に強く、国産旅客機「スホーイスーパージェット」といった新鋭機もありますが、そのエンジンは外国製であるなど、もはや国内で完結することが困難になっています。兵器と航空機以外、外貨を稼げる産業は天然資源しかなかったロシアですから、この問題は航空機そのものだけにとどまらず、ありとあらゆる機械すべてにおいて発生することは想像に難くないところです。


アエロフロートのボーイング777-300ER(画像:Sidowpknbkhihj、CC BY-SA 3.0〈https://bit.ly/3HEN0Zs〉、via Wikimedia Commons)。

 1日もはやく戦争が終結することを願って止みませんが、もはやロシアは取り返しのつかない一線を越えてしまいました。どのようなかたちで戦争が終結したとしても、今後ロシアに航空機を貸したいと思う投資家はいないでしょう。

 すでにロシアは自国領空内における、EU加盟国やイギリスなどの航空機を飛行禁止にしており、我々の生活にも無視できない影響が出ていますが、まるでソ連時代に戻ってしまったロシアで暮らす国民は、さらに計り知れないほど大きな不便を強いられることになるでしょう。