<冬季五輪名シーン>第5回
2010年バンクーバー五輪 フィギュアスケート・浅田真央

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いよいよ2月4日からスタートする北京五輪。開幕を前に、過去の冬季五輪で躍動した日本代表の姿を振り返ろう。あの名シーンをもう一度、プレイバック!

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2010年バンクーバー五輪フリー演技の浅田真央

【課題のジャンプ成功に歓声が爆発】

 2005年グランプリ(GP)ファイナルを初出場で優勝しながらも、国際スケート連盟(ISU)の年齢規定で翌年のトリノ五輪に出場できなかった浅田真央。2010年バンクーバー五輪は彼女にとって、ひとつの着地点だった。そして、ジュニア時代からのライバルであり、同じ年齢制限に泣いた同い年のキム・ヨナ(韓国)と戦う大舞台でもあった。

 だが、初めての五輪へ向かう道は厳しかった。2008年世界選手権は制したが、そのシーズンから回転不足やジャンプのエッジエラーの判定が厳格になり影響が出た。2008年GPファイナルでは、フリーで女子史上初のトリプルアクセル2本を決めて優勝したものの、翌2009年の世界選手権はショートプログラム(SP)では苦手の3回転ルッツでミスし、フリーも2本目のトリプルアクセルなどで回転不足と判定されて4位。五輪シーズンもGPシリーズは2位(フランス杯)と5位(ロシア杯)で、4年連続で出場していたファイナル進出を逃していた。

 その不調の要因のひとつに、SP冒頭にトリプルアクセル+2回転トーループを入れる構成を続けたことがあった。前シーズン最後の世界国別対抗戦で成功させてSP自己最高の75.84点を出したが、五輪前の4試合はそのジャンプでミスが続いて出遅れていた。

 しかし、浅田は苦戦していたジャンプを五輪本番で成功させた。

 2010年2月23日、バンクーバーのパシフィック・コロシアムで行なわれたSP。緊張感に包まれたなか滑り始めた浅田を、会場の誰もが無言で見守った。きれいな弧を描いた滑りで、最初のジャンプポイントへ静かに進む。踏み出した右足に体重を乗せて両手を後ろに引き、少し膝を曲げた構えから空中へ跳び上がった。3回転半し、そのまま2回転トーループを続けた。その瞬間、観客は歓声を爆発させた。誰もが彼女のトリプルアクセルを待っていたのだ。

「ジャンプへ入る時はカクッて震えそうになったけれど、跳べると信じました」と言う浅田。トリプルアクセル成功後も気を抜かず、丁寧な演技を続けた。ただ、過度な緊張もあったのか、いつものような滑らかなスピード感はない。その代わりに、彼女のピンと張り詰めた気持ちを会場中に放射するような滑りだった。

 演技後半では徐々にスピードを取り戻した。「最初はすごく集中していたけど、最後のほうになってくるとだんだん五輪で自分が滑っているんだという喜びが出てきました」。そう話したように、表情も余裕と明るさを持って演技を締めくくった。

 すべての重圧から解放されきったような、安堵のほほえみを浮かべた浅田は、氷上で小躍りして完璧な演技ができた自分に称賛を送った。審判が出した得点は、自己ベストに2.06点及ばないだけの73.78点。彼女はその得点を、「ホント、ホント?」と何度も言いながら、確かめるように見つめていた。「自分では山場だと思っていたショートを、無事に滑りきれたことがすごくうれしかったんです」と素直に喜んだ。

【ハイレベルなふたりの演技】

 一瞬の静寂が再び戻ったリンクでは、キム・ヨナの演技が始まっていた。浅田に勝るとも劣らない、じっくりと熟成された演技。彼女もまたミスなく舞いきり、自己最高を2点以上上回る78.50点の高得点を獲得した。

 そんなキム・ヨナの演技の感想を求められた浅田は、「彼女の演技は最初のジャンプしか見なかったけれど、パーフェクトだったんですごいなと思いました。またフリーでもお互いにベストを尽くせればいいと思います」と言った。4.72点という得点差について質問されると笑顔でこう答えた。

「いつもよりはぜんぜん離れてないですし......。いつもは10点とか15点とか離れていたので、それと比べれば気持ちはすごくラクです」

 ふたりのSPのハイレベルな演技は、見ている者すべてを虜にした。観客は何のこだわりもなく、平等な拍手と歓声をふたりに送り続けたのだ。

 SP後に行なわれたフリーの演技順を決めるドローで、またしてもふたりが続けて演技をすることになった。今度はキム・ヨナが先で浅田があとという順番。誕生日は20日違うだけでともに同じ年の9月生まれ。隣国同士で生まれた不思議な因縁は、大舞台での演技順すら支配したようだった。

 セルゲイ・ラフマニノフの重厚さのある『前奏曲「鐘」』を滑った2月23日のフリー。浅田は最初のトリプルアクセルと2本目のトリプルアクセル+2回転トーループを決め、SPと合わせて女子史上初の1大会3度のトリプルアクセルを跳んだ。しかし、演技を終えた直後に笑顔はなかった。泣き出したいのを必死にこらえているようにも見えた。

【悔しいけど、すごくいい舞台だった】

「トリプルアクセルを2回跳べたことはうれしいけど、それ以外は納得していません。合計得点は自己ベストになりましたが、ミスが2つあったので悔いが残っています」

 演技後にこう話した浅田は、その時点ではキム・ヨナの得点は知らなかった。自分の前に完璧な演技で終えたことを知っているだけで、リンクへ出てきてからは得点の電光掲示板やモニターはいっさい見ていなかった。だが、自分がミスをしたことで、キム・ヨナとの戦いに敗れたと、わかっていた。

「アクセルを2回跳んでからは緊張が出てしまいました。なんでかはわからないけれど、体がなにかをすごく感じていたのかもしれない」

 こう語ったように、スピード感に欠けていた。丁寧に演技を続けることだけが、流れを支えているようだった。そして演技後半に入ってすぐの3回転+2回転+2回転の連続ジャンプでは最初の3回転フリップが回転不足になる。続く3回転トーループは踏み切り足のエッジが氷を噛んでしまって跳べず、慌てて1回転にしただけだった。

 フリーの得点は、キム・ヨナの150.06点に対し、浅田は131.72点。すべての演技を完璧に決めて1〜2点の加点を取ったキム・ヨナに比べ、浅田のジャンプの加点はすべて1点以下。技術点では13.62点差をつけられていた。

 思わぬ完敗とパーフェクトな演技ができなかった悔しさ。銀メダルを手にした表彰式後、記者に囲まれて話をしている時でも彼女の両目には、今にもこぼれ出しそうなほどの涙がにじんでいた。

 五輪の印象を聞かれた浅田は、「悔いは残っているし、悔しいけど、すごくいい舞台だと思いました」と言った。銀メダルの印象を問われると、30秒ほど考えたあと、ポツリとひと言、「悔しいです」と漏らした。

 完璧なSPで喜びのなかにあった彼女の五輪は、その2日後、心のなかいっぱいにたまった悔しさとともに終了した。

 その悔しさは浅田にとって、競技を続ける原動力になったのだろう。2014年ソチ五輪は6位だったが、世界選手権は2010年と2014年に優勝して計3勝とした。GPシリーズはファイナルも含めた7大会すべてで勝利するという歴史をつくり、引退する2017年まで日本の女子フィギュアスケートをけん引し続けたのだった。

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