自ら開発したアバターロボット「MELTANT-β」と粕谷氏(写真提供:MELTIN)

イギリスのロボット科学者であるピーター・スコット-モーガン博士は、全身の筋肉が動かなくなる難病ALSで余命2年を宣告されたことを機に、人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグとして生きる未来を選んだ(詳しくは「人類初『AIと融合』した61歳科学者の壮絶な人生」参照)。

「これは僕にとって実地で研究を行う、またとない機会でもあるのです」

彼はなぜ、そんな決断ができたのか。ピーター博士が自らの挑戦の記録として著した『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の自由を得る未来』が話題だ。NHK「クローズアップ現代+」で「ピーター2.0 サイボーグとして生きる 脳とAI最前線」としてとりあげられたほか、12月2日にはテレビ朝日「アメトーーク!」の「本屋で読書芸人」でカズレーザー氏が「みんなに読んでほしい!」と紹介した。

そんな本書を「行きつくところは自分と同じ」と語るのが、サイボーグ技術の実用化を目指すメルティンMMI(以下、MELTIN)代表の粕谷昌宏氏だ。MELTINが発表した「MELTANT-α」は人間の手の複雑な動きや力強さを恐るべき精度で再現し、世界中の研究者の度肝を抜いた。

日本が世界に誇るサイボーグ技術の雄は、ピーター博士の挑戦をどう見たのか。話を聞いた。

宇宙を解き明かすため、身体を拡張したい

『ネオ・ヒューマン』を読んで、もし自分がピーター・スコット-モーガンさんと同じ境遇になれば、きっと同じことをするだろうと思いました。


『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の自由を得る未来』(画像をクリックすると、特設サイトにジャンプします)

ALS患者の方と一緒に、発話できるうちに自分の声のモデルを作っておいて、症状が進行しても、そのモデルから生成したバーチャルボイスで発話できるようにするというアイデアを話し合ったこともあります。

ピーターさんと同じですね。行きつくところは『ネオ・ヒューマン』になるのかなと思っています。

僕は、生命維持のベーシックな部分だけでなく、自分がただ生きているだけでは満足できず、どのような状態でも自己表現をしたいという欲求が強い人間です。

僕がサイボーグ技術に興味を持ったのは、そのような技術を開発したいというよりは、自分自身が新たな存在になりたいという思いからでした。

僕は子どもの頃からブラックホールなど宇宙や物理学全般に関心を持ち、「宇宙のすべてを解き明かしたい」という欲望を抱いてきました。たとえば、万有引力などさまざまな物理法則があり、定式化や理論化もされていますが、なぜその法則が生まれたのかまでは解明されていません。地球にいては発見できない法則もまだまだあるでしょう。

これは100年では終わらない課題だぞと感じ、幼稚園の頃には、すでに自分の体をアップグレードしなければならないという結論に至っていました。中学生の頃には「サイボーグになることでアップグレードを達成する」という発想に行き着き、現在に通じています。

有限のものと無限のものに、明確な隔たりを感じてきたというところもありました。最後には必ず死ぬとわかっているのに、なぜ自分は生きなければならないのか? その問いへの答えを探るより、逆に無限に生きてやろうという、自分の現状に対するアンチテーゼでもあるのです。

人間のアップグレードはどこまで進んでいるか

身体のアップグレードには、延命(ハードウェア)と、思考能力の向上(ソフトウェア)があります。


粕谷 昌宏(かすや まさひろ)/メルティンMMI代表取締役 1988年生まれ。創造性の追求において身体がボトルネックとなっていることに1991年に気づき、以来解決策を追い求めてきた。1998年に医療と工学の融合分野が解決策となることを予想し、2002年からサイボーグ技術の研究を開始する。2006年に早稲田大学理工学部に入学。2011年にはロボット分野で活躍した35歳未満の研究者に贈られる日本ロボット学会研究奨励賞を受賞。2012年には電気通信大学大学院に移動。日本学術振興会特別研究員を経て2013年にサイボーグ技術を実用化する株式会社メルティンMMIを創業。2016年にはロボット工学と人工知能工学で博士号を取得。2018年にはForbesより世界の注目すべきアジアの30人として選出された(写真提供:MELTIN)

ハードウェアとしては、この先100歳に近づく頃までは、僕はまだ自分のこの身体に収まっていると思いますが、それ以降は無形のものになるだろうと想像しています。僕の脳にあたるものは、新しいなにかに物理的に収まってはいるけれど、それはネットワークにつながっていて、実質的には物理的な場所とは無関係に、僕は世界のどこにでも存在しているという状態です。

ソフトウェアとしては、ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)に注目しています。人間の表現には、言葉に出す、言葉には出さずに表情だけに出す、言葉にも表情にも出さずに身振り手振りで表す、文字を書く、などのいろいろな手段があります。そのなかの1つとして、BMIによって脳から直接伝える、という手段が加わる状態をイメージしています。

コンピュータやAIは、計り知れない速度で演算できます。人間の脳もまた、計り知れない速度で演算しているはずです。

ところが、人間の脳からコンピュータへ命令を入力するキーボードやマウスの入力速度は、演算速度の何百万分の1という凄まじい遅さです。これでは絶対にコンピュータやAIの性能を使いこなすことができません。インタフェースが遅いと、そこがボトルネックになってしまうわけです。

人間の能力全体を上げるというのはハードルが高いので、まずはそのボトルネックから解消していこうという発想で、僕はBMIに注目しています。

現在BMIは、ある程度実用化されていますが、それを使って人間のすべての思考を読み取るというところまでは至っていません。

たとえば、「これを掴もう」と考えるだけで、ロボットアームで物を掴むことができる、という研究があります。しかし、現在の技術では、やりたいことを直感的にアウトプットできている例はわずかです。

実際には、例えば、頭の中で頑張って九九を演算すればアームが動く、というように、「このスイッチを押せば、ロボットが動く」という変換が1段階入っていることが多いのです。

従来の義手も同じで、5本の指が動く義手は市販されていますが、思ったように動かせるのではなく、実際には手を「手前に曲げる」「外に反らす」という2つの生体信号しか認識できないものがほとんどです。

それらを組み合わせて、例えば「手前⇒手前⇒外」と動かせば「ピース」になり、「外⇒手前⇒手前⇒外」と動かせば「人差し指を立てる」など、格闘ゲームのコマンドのような制御をしており、その動きのバリエーションと切り替えの速度には限界があるのです。

僕たちのコア技術である生体信号処理技術は、その人の生体信号にシンクロさせて、「チョキ」の信号であれば実際チョキの動きをする、「手首を回す」信号であれば手首が回るというものです。


MELTINが開発した「MELTANT-α」。その繊細で力強い手の動きは世界の研究者を驚かせた(写真提供:MELTIN)

2016年には、この技術を用いて国際大会にも出場し、その制御の直感性と精度はさまざまな国の研究者に驚かれました。人が思考であらゆることをコントロールできるようなBMIは、10〜20年後には実用化できると考えています。

ブレイン・マシン・インタフェースと世界平和

僕は、BMIにはさらなる可能性があると考えています。人とコンピュータだけでなくBMIで人と人の脳をつなげるという可能性です。

もちろんまだ先の話になりますが、これが実現すれば、人間同士のトラブルも減るのではないかと思っています。

トラブルが起きるときは、大抵、相手を理解できていないタイミングですよね。同じ揉めごとでも、長年の友人が相手なら、赤の他人の場合とは違って、「こんなことをしてしまったけれど、あの人も苦労をしてきた人だから、大目に見てあげようかな」という心理が働くこともあります。インスタントなコミュニケーションでは、そのような共有はできません。

しかし、お互いの人生を、脳と脳で5秒で語り合えるような世界になれば、理解が深まり、世界平和も訪れるだろうと思います。

人間の思考能力とコミュニケーションの高速化は、情報化社会や工業といった特定の分野だけの話ではなく、人類の生活スタイルやクオリティにも影響するわけです。

BMIが進化すれば、どんな人でもお互いに相互理解できるような世界が訪れます。そして、それは思考が勝手に漏れるということではありません。今現在の人間が、ただ考えるのか文字で書くのか言葉で伝えるのかを選べるように、自分の意思で完全にコントロールすることができる。そんな世界をつくっていければと思っています。

サイボーグ化と未来へのコンセンサス

僕は自分のことを、先入観を取り払って、合理的に物事を考える人間だと分析しています。

たとえば、自分の手足は当たり前のように自由に動きます。それは、自分の脳と手足が神経を介してつながっているからです。ならば、そのつながりは有線だけではなく、無線でもいいでしょう。つながってさえいれば、どちらでもいいわけです。

このようにフラットに考えるからこそ、「周りにあるものを自分の身体として使うこともできるだろう」という発想につながり、MELTINのビジョンである「創造性の最大化」のための「精神」「身体」「環境」の3つが揃うことになります。また、アバターという発想もその中で生まれてきました。

人間がサイボーグ化することに対して問題があるとは思いませんし、ピーターさんの行っていることは現実的で共感できます。一方で、僕がそれを実行しようとしたときに、周りの人からそれを問題視されるだろうなとは思っています。

そのために、国際サイボーグ倫理委員会などを作って、カンファレンスイベントを開催したり、未来が到来したときの思考実験を行ったり、ISOの国際ワークショップや、その他講演会で情報発信を行っています。その中でサイボーグ技術とは何かという定義をして普及させていくところから始める必要があると考えていて、事前に打てる手を打つ活動をしています。

人間がいちばん拒絶するのは、「なにか得体の知れない未知のもの」です。ですから、正しい知識を持ちさえすれば、それとどう関わっていけばよいのかはおのずと見えてきます。

ここから先は、サイボーグ技術が次第に現実味を帯びて社会に進出してくるフェーズになっていきます。そのため、中には誤った使い方をすることで、サイボーグに対する危機感が社会の中で大きくなってしまうリスクがあります。ですから、国際規格化や周知活動、倫理観の醸成といった、非技術的な社会的な活動と一体になって進めることが大事だと考えているのです。

ピーターさんは、病気を克服するために新しい人間の姿になった。僕は、現状の身体では宇宙を解明できないという課題を克服するために新しい人間の姿になる。自分のやりたいこと、願いを実現するために自分を変えていくというところには、違いはありません。

そもそも「健常者」「障害者」は、人間が勝手に定義しているだけで、そこを区分けすること自体がナンセンスなのではないかと僕は思います。自分がやりたいことを実現できるか否かの問題であり、身体的な特徴で分類されるものではないと思っています。

MELTINはサイボーグ技術の実現を通して、そういった思いを持つどんな年齢、どんな身体の人でも、自分のやりたいことができる、そのための選択肢を提供できる会社になりたいと思っています。

選択肢の提供というところが重要であり、すべての人がサイボーグ化するのを強要するのではなく、ピュアな人間でありたいという人もいます。でも、希望する人には、それが届く世界にしていきたいですね。

(構成:泉美木蓮)