■ラーメン店をスペインに出店して大失敗

あたしは、人から教わった古典のまくらは使わないんです。自分が実際に体験したおもしろい話をまくらにする。なぜなら、それが一番おもしろくてお客さんにもウケるからです。本当にあったことなら、聞いた人が自分の体験と重ね合わせて「なるほどな」と思ったり、「そんな世界もあったのか」と食いつくんですね。

写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat

なかでもウケがいいのが失敗談です。人間が一生懸命やってるのにちっともうまくいかないおかしさっていうのを感じると、笑えるし、ホッとするんですね。「そうそう、おれもそうなんだよな」って。そこんとこを切り取ってしゃべると、聞いてる人は共感したり優越感を持つんですね。

例えばまくら(枕)で「スペインのバルセロナでラーメン店を開業したときの話なんですがね」、なんて話すと、まずスペインとラーメンというのがお客さんにとっては意外だから興味を持つ。で、「バルセロナは火山灰地の上につくられた街なので、水道水が塩素が多くて白濁で、メンマを茹でることができないんです。これにはびっくりで浄水器を買うところから始めました」と話すと、「え、そこから?」と軽く笑いの声が上がる。さらに、「でも注文が来たらゆだってないのに麺の上に載せて出しちゃう。スペイン人はメンマなんか食べたことないから大丈夫」とオチをつけると、爆笑が起きるんです。

あと、どの地方に行っても関係なく受けるのが「葬式・結婚・選挙」。お祭りは地域性があるでしょ? だからネタとしてはイマイチ。その点、冠婚葬祭はいいですね。「すごく楽しい結婚披露宴でした。また呼んでください」とかね。ちょっとした誰も不快にならない程度の毒をスパイスとして最後に振りかけるのがコツですね。

それと、あたしは自分の出番の前に前座を見るんです。しゃべってるほうじゃなくて客席ね。お客さんの反応を見て、今日のまくらはこのネタでいこうとか、このネタはやめておこうと判断します。その場にいる人がどんなタイプなのかを把握することがとっても大事です。

■昨日、入金があったんですよ

落語家じゃなくても日常生活でおもしろいことはたくさん起きます。例えば先日あたしの演芸の記事が新聞に大きく載ったとき、うちの孫に「ほら見て、じいじが新聞に載ってるよ。偉いだろ?」と自慢すると、孫が新聞の上に乗ってこう言ったんです。「僕も乗ってるよ。偉いでしょ?」って。子どもならではの発想ですよね。

落語家 林家木久扇師匠

こういったおもしろい出来事に出合うと、すぐ「まくら袋」に溜めておくんです。あたしはメモ魔でね。常にメモ帳を持ち歩いています。すぐ書かないと忘れちゃうからね。それで書いたメモは大きなスケッチブックに貼り付けるの。

あたしは落語家だから半分職業病みたいなもんだけど、別に仕事という意識はなくて、おもしろいからやってるだけ。生きることそのものをおもしろがっていれば、自然と話すこともおもしろくなっていくものです。

言葉を流行らせるのも好きでね。今、あたしが流行らせようと思ってる言葉が「入金」です。「師匠はいつも楽しそうですね」と言われると、「ええ、昨日入金があったんです」って答えるとみんな笑うんです。入金って嬉しいでしょ?

それと、気をつけているのが人の悪口は言わないこと。それで笑いを取ってもしょうがない。例えば、ひどいことをされたら「弱ったもんだ」と言うんです。「弱ったもんだ」という言葉は柔らかいでしょ。「あいつはおいしいものを自分が最初に食べちゃって人に勧めないんだよ、弱ったもんだ」と。こう言えば誰も傷つかないし、笑えるじゃないですか。

■つまんない敬老会は、けぇろうかい

それから、人に話すときはまず表情をにこやかにしましょう。仏頂面ではどんなことをしゃべっても、誰も笑ってくれないから。そのために、話す前にお腹をいっぱいにするほうがいいですね。お腹が空いてると飢餓感が顔に出てこわばっちゃうから。

キアヌ・リーブスがSNSでつぶやいていたことを見て思いついたメモ。木久扇師匠は思いついたことをすぐにメモしているそうだ。

体験した出来事をおもしろおかしく話して人を笑わせるのは技術の問題だから、場数を踏んで技を磨くしかありません。おもしろいと思ったことはすぐ誰かに堂々と話す。「話してもスベるんじゃないかな」と思っていると言葉や表情に出ちゃって、ますますウケなくなるんですよ。でも堂々としていればおもしろく感じるものです。

おもしろいことがなかったら、ダジャレでもいいんですよ。日本語には同音異義語ってたくさんあるでしょ? それだけでおもしろい話はできるんです。例えば敬老会の集まりに呼ばれたときは、「皆さん、今日はよくいらっしゃいました。あたしの落語がつまんなかったら、けぇろうかい(帰ろうかい)」なんて言うんですよ。ちょっとしたことなんですが、しょっちゅうバカなことばっかり言っててそれに慣れてくると、おもしろい話が次々と出てくるようになるものです。

そういうことを繰り返していけばいつの間にか周りからおもしろい人と言われるようになるんじゃないでしょうか。

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林家 木久扇(はやしや・きくおう)
落語家
1937年生まれ。60年三代目桂三木助門下入門。三木助没後は八代目林家正蔵(彦六)門下へ移る。73年真打昇進。2007年親子W襲名により林家木久扇に。20年、芸能生活60周年を迎える。新刊『イライラしたら豆を買いなさい 人生のトリセツ88のことば』が好評発売中。
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(落語家 林家 木久扇 構成=山下久猛、撮影=和田佳久)