ドラフト候補だった元選手も営業で活躍するギグセールスの仕事風景。野球部経験者の採用を強化中だ【写真:ギグセールス提供】

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「THE ANSWER the Best Stories of 2021」 ギグセールス取締役・福山敦士氏インタビュー後編

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は元甲子園球児で、現在はギグセールス株式会社の取締役を務める福山敦士氏へのインタビュー後編。

 2005年、春のセンバツで神奈川・慶応高の投手として8強入りに貢献。27歳で独立・企業し、これまでに4度のM&A(売却)を行った32歳は母校・慶応高で非常勤講師としてビジネス実践講座を担当し、著書も14冊を数えるなど多方面で活躍している。

 IPOを目指しているギグセールスは現在、野球部出身者の採用を強化中だ。社会人侍ジャパンの元4番打者や独立リーグ出身の元プロ野球選手などが在籍している。福山氏が経験則に基づき野球部を“贔屓”する理由、野球部出身者の長所・短所などを語ってくれた。前後編でお届けする後編は、仕事ができるのはセカンド、ショートと感じたワケ、経営者として成し遂げたい将来のビジョンについて。(聞き手=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

 ◇ ◇ ◇

――前編では、野球部出身で「補欠の選手」が実は活躍しやすいことなどを語ってくれました。それ以外で、野球部の経験が仕事に表れる特性はありますか?

「四六時中フォームを追究する姿勢です。自分にとって結果を出しやすいフォームを理解している人が野球部出身には多いです。投げ込みや素振りなどを、何百、何千と行う中で、自分なりのフォームを考える習慣が身についています。電車の待ち時間や、人と話している時に、自分のバッティングフォームを突然確認する人を野球部以外で見たことがありません。寝ても覚めても自分なりのフォームを身体に染み込ませようとする姿勢はビジネスでも確実に生きてきます。

 フォーム以外にも、プレースタイルもそうかも知れません。例えば、投手の場合『捕手にリードされたい』タイプと『投手がリードしたい』タイプがいます。好投手でも、組む捕手のリードによって結果を左右されてしまうことがあります。一緒に仕事をする仲間との関係性を瞬時に理解して、年齢・立場関係なく、どっちがリードするべきかなど、時と場合に応じて自分と相手をコントロールする能力も野球部出身者は持っています。」

――これまで経験した守備位置と仕事のやり方にも、関係性があるのですね。

「関係していると思います。完全なる主観ですが、これまでの経験上、セカンドとショート出身者は確実に、仕事はできます。これは言い切れます。組織の中で、一番活躍するのはセカンド、ショートだと僕は思います」

――二遊間の選手がですか。その理由はなぜでしょうか。

「連係する人が一番多いからです。捕手のサインを見て打球を予測し、外野手にも『こっち(打球が)来たら俺行くよ』『今、風はこっちに流れているぞ』と指示やサインを出す。当然、内野手とも連係する。投手にも『いい球いってるよ』、場合によっては『しっかり投げろ』と発破をかける。キャッチャーは意外と、指示を出すけれど、何かを聞くことがあまりない仕事。セカンドとショートが組織で凄く活きるのは、10年間経営をやってきて間違いないと断言できますね。

 逆にピッチャーはビジネスで結果が出るまでに時間がかかる傾向があります。いい意味で自分を捨てられる人は順応性が高いです。ビジネスで求められる成果は、相手を抑え込むことではなく、相手に気持ちよく打たせることです。自分の努力の方向性と、求められる成果とのアナロジー(類似性)が見つかるとツボにハマります。他のポジション出身者と比べて成長スピードの時間軸を長めに見るようにしています」

――まるで野球部の監督のような視点を持たれているのですね。

「実は大学(慶大)時代、準硬式野球部では、学生コーチとして、監督的な役回りをやっていたんです。チームの目標設定、戦略・戦術策定から、選手の採用・育成など。特に選手のコーチングについては、かなりこだわり、コーチングについての論文を2本書きました。選手自身の性格も分析しながら伝えるタイミングを図り、いかに自分で気付ける環境をつくるか考えたり、外部ゲストを呼ぶなど伝え方を工夫していました。

 自分で気付ける人もいるけれど、頑固な人もいる。能力だけでなく、性格や資質を見極めて采配・配置を行うことは、野球部時代のマネジメントの経験が直で活きていると思います」

野球部に欠けがちなのは「常識を疑う力」

――慶大準硬式野球部時代は、2年春からマネジメントを専任し、27年ぶりのリーグ優勝、57年ぶりの全日本大会出場なども経験されています。

「早大、明大、法大などは準硬式野球部にも野球推薦があり、相手校のメンバー表を見たら『甲子園経験者がたくさんいるぞ……』ということもありました(笑)。他大との明確な差は 入部選手の質でした。部の運営責任は毎年4年生が主体となって、マネジメント初心者のままプレー以外のことに気を取られ、気付いたら引退するという流れが続いていました。それらを専任のスタッフとして最終学年になる前からやった方が、組織力が高まるだろうと考えました。だから『僕がやります』と。4年生になってからマネジメントを行うのでは遅い。主将がプレーしながら采配するのではなく、今からそういう力を付けますということで2年生からやらせてもらい、部の歴史を塗り替えることができました」

――監督と経営者はリンクする部分があるのですね。

「凄くしていますね。監督と経営者に共通することで、一番大事なのは採用です。育成ノウハウや、活躍できる環境設定もあるけれど、誰を採るかでチームの色が一気に変わります。全国屈指の強豪である大阪桐蔭高の西谷浩一監督も採用に一番力を割いていると聞きます。もちろん他にも大事な仕事はあるけれど、チームの結果を変えるのは採用だなと」

――福山さんの当時の経験が書籍化されて、今も選手たちの部室に置かれているんですよね。将来はその経験をビジネスに活かそうという考えは、その頃からあったのでしょうか。

「それが、この先自分ができる野球に対する恩返しだと思いました。当時の本音は自分が選手として活躍して『最多勝です、イエイ!』とやりたかった。しかし、選手としての限界を感じてしまいました。せっかく10年以上続けてきた野球で培った力を、どう昇華するべきか考えました。1つの答えとして、当時はチームに還元しようと思いました。そしてその先に自分自身がその体験を抽象化して、別のフィールドで活躍することだと決めました。

 NPBも現役時代に結果を出した人でないと、なかなか監督やコーチにはなれない。正直、それはそういうものだと思います。結局、結果を出した人の方が、説得力がある。ビジネスも一緒で、いくらマネジメントの研究やMBAを取得している人がいても、ビジネスで圧倒的な結果を出した人の方が、納得感がある。自分自身が、ビジネスで結果を出して『でも、そのベースは野球だからね』と伝えることが僕の使命だと思っています」

――ここまで野球部がビジネスで長けている点を教えてもらいました。逆に、野球部に欠けていることが多いと感じる点はありますか?

「常識を疑う力です。例えば、グラウンドに挨拶する、先輩の言うことは絶対、などは日本の野球部のある意味、伝統です。『なんでこうなんだっけ。そもそもこれって代えられないの?』というイノベーション志向が少し欠けている傾向があり、良くも悪くも先輩の言うことを聞き過ぎます。

 ラクロスなどの新興スポーツ・マイナースポーツ系出身者の方がその感度が高い。自分の競技をどう説明したら伝わるかを一生懸命考える人が多いし、先輩がいないので、新しいルールを作ってしまう柔軟性と気概がある。

 野球部も今は変わりつつありますけど『野球部=丸刈り』というしきたりがまだまだある。ビジネスにおいても、ITやインターネットの世界はイノベーション思考が求められることが多いので『そもそもこれって無駄だよね』という考え方が少し足りないと感じます」

就活生への助言「野球部OBの話ばかり聞かないで」

――確かに、野球部は他の部活以上に伝統を重んじているようにも思えます。

「もう少し細かくお話しすると、野球部の中でも“常識疑う系”の野球部は『そもそも丸刈りって何の意味があるんだっけ?』『グラウンドに挨拶する必要があるの?』『キャッチボールで声出ししていたら、肝心な捕球音が聞こえないだろ』などとちゃんと言います。

 慶応高の野球部に関しては、常識を疑うことが是とされてきました。僕が在籍していた当時、上田誠監督が『俺が間違っていることを言ったら言ってこい』とおっしゃっていました。『なんで今のプレー、中継でカットしなかったんだ?』と聞かれて『彼が投げたほうが速いと思ったからです!』と平気で言える環境でした。

『常識を疑え』というのは、いわゆる弱者の戦いなんです。弱いチームは奇策を考える。中学野球でも一、三塁や二、三塁でエンドランをかけて『えっ!』と驚かせる時もあります。奇策を考えるのは伝統校よりは弱小校。一発逆転を狙っているチームは割とイノベーション志向があります」

――むしろ強豪校の方が、常識を疑う力が欠けている可能性があると。

「古豪と言われるチームはそうだと思います。歴史を遡ると、高度成長期の中で、製造業が日本の経済を支えていた頃は、リーダーに言われたことを忠実にこなすことで、継続的な経済成長を実現できた。当時の野球部的な思考、取り組み姿勢は、その時代にフィットしていたと思います。これが、平成後期から令和にかけては、明確に変革を求められるようになりました。既存事業や理念をキープしたまま、いかにイノベーション要素を取り入れるか、野球に限った話ではないですが、旧来型の野球部の考え方が現代にハマらないことはあります」

――今後、就職活動に臨む野球部の学生に何かアドバイスはありますでしょうか。

「野球以外で活躍している人の話を聞くこと。野球部は特に、接する大人が限定されるケースが多い。監督・コーチ、OBなど野球関係者の話を聞いていると、それが世界の全てと思ってしまう。1つの例ですが、慶大準硬式野球部の学生の就職先は毎年ほぼ変わらない。過去10年、20年と並べてみても、進学、留年も含めて、見事に変化がありません。

 これは接する大人が変化していないことが最大の理由だと思います。先ほどもお話ししたマイナースポーツ系は先輩が少なかったり、毎年接する大人が変わったりするので多様性が出てくる。そういう意味では、OB訪問をあまりしない方がいいのかもしれません。野球部のOBを辿ると、同じことを言われてしまう。『お前ら優勝しているんだから大丈夫だよ』って(笑)。僕も言われましたが、それは同じ野球部の世界でしか通用しないので」

――違う世界の話を聞くことで、今までになかった考えも生まれる可能性があるんですね。

「体育会の人間は、全国の大学生の比率で7〜8%と言われています。50万人いたら、5万人に満たない。だから、そもそもマイノリティ(少数派)の話なんです。野球部同士でお互い共感はするけれど、実社会のマジョリティ(多数派)の感覚とずれるケースがあることは理解した方がいい。そもそも『体育会』以前に、大学に進学をしない人も半数いて、野球を続けたくても続けられない人もいますから」

――体育会以外の世界を知ることの重要性が伝わります。

「ただ、野球部出身の採用担当者も『甲子園に出た』とか言われるとぐらっと来ちゃうんですよ(笑)。全然ビジネスとは関係ないんですけどね」

――最後に、福山さんが今後に経営者として成し遂げたいビジョンをお聞かせください。

「野球強豪校のような会社を作りたいですね。“その企業出身”という人がカッコいいというブランドを作ること。野球界で『横浜高校出身です!』と言われたら『ええっ!』と一目置かれ、『すげぇ。どんな練習していたんだろう』と興味を持たれる感じ。これはビジネス界ではリクルートがそうなっていますし、サイバーエージェントもそうなりつつあります。

 セカンドキャリア、サードキャリアが当たり前の時代になってきて、兼務も普通になる時代。『ここにとどまれ』というメッセージは絶対送りたくない。循環する中で(会社に)入ることも辞めることもあるし、もう一度戻ってくることも兼務することもある、ということを念頭に置く。ただ、『ギグセールス出身』というと、一目置かれるような状態を作りたい。

 難しいチャレンジだと思いますが、現業でも結果を出しつつ、次のステップを選んだとしても、ちゃんと活躍してもらうことが大事です。綺麗ごとですが、これを堂々とやっていくことが次の時代に求められる発想。ギグセールスを一つのキャリアとしてとらえて、次のステップも見据えたうえで必要な力をつけてほしいです」

■福山敦士(ふくやま・あつし)/ギグセールス株式会社取締役

 1989年生まれ、神奈川県出身。慶応高では投手として2年春の甲子園8強入りに貢献。慶大準硬式野球部では学生コーチとして、同校を57年ぶりの全日本大会出場に導いた。卒業後の11年に新卒でサイバーエージェントに入社。25歳でグループ会社の取締役に就任。16年に独立し、株式会社レーザービームを創業。同社を含め4度のM&A(売却)を行い、20年にギグセールス株式会社の取締役に就任。21年から慶応高にてビジネス実践講座を担当。ビジネス書の作家としてもこれまでに14冊を手掛けており、著書に『仕事の鬼100則(明日香出版)』『紹介営業の教科書(同文館出版)』『新しい転職面接の教科書(大和書房)』など。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)