慶応高で05年の甲子園に出場した福山氏。取締役を務めるギグセールスは野球部経験者の採用を強化中【写真:ギグセールス提供】

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「THE ANSWER the Best Stories of 2021」 ギグセールス取締役・福山敦士氏インタビュー前編

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は元甲子園球児で、現在はギグセールス株式会社の取締役を務める福山敦士氏へのインタビュー前編。

 2005年、春のセンバツで神奈川・慶応高の投手として8強入りに貢献。27歳で独立・企業し、これまでに4度のM&A(売却)を行った福山氏は、母校・慶応高では非常勤講師としてビジネス実践講座を担当。著書も14冊を数えるなど多方面で活躍している。

 IPOを目指しているギグセールスは現在、野球部出身者の採用を強化中だ。社会人侍ジャパンの元4番打者や独立リーグ出身の元プロ野球選手などが在籍。福山氏は経験則に基づき野球部を“贔屓”する理由、野球部出身者の長所・短所などを語ってくれた。前編は、採用強化までの経緯、野球と営業の共通点について。(聞き手=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

 ◇ ◇ ◇

――今日はよろしくお願いします。まず、野球部出身者の採用を強化されているギグセールスについて教えてください。

「よろしくお願いします。弊社はBtoB(『Business to Business』の略称、企業間取引)のマーケティング会社です。法人向けのクラウド/ソフトウェアサービス、SaaSプロダクトなどを預かり、代わりにマーケティング・セールス活動を行っています。『つくる力はあるけれど、売る力が足りない』という企業さん向けの事業をやっています」

――メンバー約78人(2021年12月時点)のうち、中学以降の野球部経験者が約27%を占めると聞きました。どんな雇用形態なのでしょうか。

「約8割は『プロ営業』と呼んでいる専業フリーランスです。弊社は入社面談時、社員になるかプロ契約になるかを選んでいただいています。報酬が上がりやすく、社員と同じく交通費などの諸費用は会社持ちなのでプロ契約の方が人気ですね」

――「プロ契約」と聞くとプロ野球球団の選手を思い浮かべます。

「組織体系自体がプロ野球の組織に似ています。所属してもらうけど正社員ではない。成果に応じてランクと報酬が変わる。報酬はフルコミッション(完全歩合)ではなく、ベース報酬が3か月ごとに上下します。毎月1 on 1を行い、社員になりたい方は、役員面接を経て正社員になることも可能です」

――野球部経験者の採用を強化している経緯を教えてください。

「あくまで個人の経験ですが、社会人になってから僕の周りでは野球部出身者が成果を継続的に出していました。嫌なことがあったり、結果が出なかったりしても辞めない、簡単には諦めないというのが野球部出身者に多かったんです。

 それと、単純に僕自身の人脈が野球出身者に偏っていたということもあります。もともとの思いとして、その身近な仲間に報いてあげたい、社会人として健全に暴れられる環境を提供したいと思っていました」

――野球部出身者の能力を活かす場を作りたいという思いがあったのですね。

「独立してからずっと野球部出身者を贔屓すると堂々と言ってきました(笑)。なぜかというと、自分が育成し、彼らに報いる自信があるからです。もちろん、他の部活はNGということはありません。ただ、より自分が『面倒を見たい』『頑張ってほしい』という人を受け入れられる環境を作ってきました」

ビジネスで活躍する野球部の共通点「実は補欠」

――野球部出身者が活躍できる場を作りたい思いは何がきっかけで生まれたのでしょうか。

「働き方改革の影響で、残業しづらい世の中になったことが大きいです。野球部の活動には残業の概念はない。むしろ、居残りや個人練習で差をつけないと、全体練習の1か所バッティングや投内連係で結果を出せない環境。でも、ビジネスでは大事な個人練習が制限される世の中になった。これをどう打破するかを考えたとき、取締役になってもらうか、業務委託、つまり雇用関係を外すかという壁にぶち当たりました。

 その後、『起業して、時間にとらわれる働き方をするな』ということを発信するようになったのですが、一方でみんながみんな起業したいワケじゃない。向き不向きもあると思い、業務委託という契約形態が実は優れているんじゃないかと。『あなたを守るけれども、成長も疎外しません』と双方の利益を同時に満たせる付き合い方。無期雇用ではない分、互いに緊張感を保ち、健全な関係を構築できる。これでどんどん人を増やす方が理にかなっている。

 ただ、『業務委託』というと下請け感が出てしまいますが、『プロ』という言い方をすると一気に見方が変わります。これがよく考えたらプロ野球と同じだなと。フリーランスだけど副業的な働き方ではなく、全て社員と同等の準備をした上で『(待遇の)上がり下がりはちゃんとするよ』という環境を用意することが、働き手にとって健全に成長できる場所。それをコツコツと作ってきました」

――プロ野球球団の営業集団版のような形を目指しているのですね。

「そうですね。プロ野球と違う部分を挙げるとすれば、例えば野球の技術はグラウンドから一歩外に出ると、凄いスイングや投球は活かせません。一方でビジネスでは、営業スキル自体はどの会社や組織に行っても普遍的に使えます。より個人のキャリアのベースを作れる点は自信を持っています」

――野球部出身のビジネスマンとも数多く関わって来たと思います。活躍できる人に、なにか共通点を感じますか?

「僕の視点では、活躍している人の共通点が『実は補欠』ということ、または挫折の経験を持っていることが重要ということに気づきました。一見、野球のエリート街道を走ってきたように見える人も、より高いレベルで挫折したなどの経験をしていることがあります。僕も甲子園に出たことがありますが、次の夏の大会でベンチを外れて悔しい思いをしました。そういう経験がある人に強さを感じます」

――その共通点は興味深いですね。補欠だったことが、なぜビジネスに活きるのでしょうか。

「ビジネスの構造は、ほとんど『誰かの代わりにやってあげること』で成り立っています。だから補欠やベンチ外として、レギュラーを支える仕事をやってきた人が活躍しやすい。前職でも野球部出身の同僚がいましたが、活躍している人は『俺、背番号もらってないから』という人が意外と多かったです。

(補欠だったことへの)悔しさもあるし、野球の試合が健全に行われるための準備をする経験が、実はビジネスの順応度を高めている。間接的に聞く中では、逆にずっとエリートで来た子の方が順応度は遅いと感じています。野球の場合、例えば、甲子園は注目される選手と応援する選手がはっきり分かれている。挫折の体験という共通項があると、『頑張ろうぜ』と言いやすいです」

イチロー氏に見る野球と営業の共通点とは

――野球部のどういう環境が、社会で活躍できる要素を作り上げていると思いますか。

「控えやベンチ外の選手も周りを支えることが仕事とはいえ、個人練習は欠かせない。チーム成果を最大化するために貢献しながら、裏で『レギュラーのあいつに勝ちたい』と個人を高め、表に立つ時は自分の技能が問われる。これがビジネスとも共通しているし、個人競技では成し得ない野球の良さ。他競技でも全般に言えるでしょうが、特に野球の場合はよりその色が強いと感じます。

 例えば、サッカーは流れの中でフォワードの選手がディフェンスをやることもあるし、その逆もある。でも、野球はワンプレーの流れでキャッチャーが他のポジションをやることは、ほぼ起こりえない。職人芸というか、団体競技でありながら個人技能が求められることが競技の特性と言えると思います。これが凄くビジネスに近い。もっと言うと、ベンチャービジネスに近いですね」

――何かしら専門領域で、強い分野があった方が良いということでしょうか。

「そのための努力を怠らないことが重要だと思います。ビジネスでもコンバートはあります。明日から営業やってくれ、バックオフィスに行ってくれ、マネージャーをやって……そんな風にコンバートごとに仕事内容が変わってくる。ピッチャーからキャッチャー、急に代打の切り札になるなど、ポジションが変わることはビジネスで見ると結構あること。その都度、個人技能を高めていくということも野球に近いと思います」

――ギグセールスでは、ドラフト候補だった選手も引退後に営業として活躍されていると聞いています。ずばり、野球と営業の共通点にはどんな所があるでしょうか。

「追究できる力です。NPBに行けなくとも、より高いレベルで何かを10年以上続けてきた人は追究・研究する持久力を持っています。PDCAなんて言葉を知らなくとも、できるまでやる。できるようになったら更に上を目指す。これは一朝一夕には身につきません。例えば、イチロー選手の言葉が全ビジネスパーソンに刺さるのは、世界一まで突き詰めた人だから。

 野球以外の分野であっても、追究する姿勢を持っていると、自分の得意分野と営業とのアナロジー(類似性)を見出せる。うちの会社だと太鼓の達人や声優業を突き詰めた後にプロ営業となって活躍されている方もいます。

 その他で野球との繋がりで言えば『確率論的な考え方』はリンクすると思います。10分のいくつ、100分のいくつというのが、営業と数字の感覚が似ていますね。成功率をどれだけ上げていくか、失注率をいかに下げるか。分母を増やす努力などもそうですね」

――先に打席に立った選手が、他の選手に相手投手の情報を与える部分などは、営業にも同じようなシチュエーションがあったりするのでしょうか?

「情報を共有することで、初対面の相手を攻略しようとする動きはあります。ただ、打席で事前情報ばかりを考えても絶対に打てません。これも、野球と営業で凄く近いと思います。現場に行ったら一度、事前情報を忘れないといけない。打席同様、その場の対応が一番大切だからです。『フォークが決め球』『初球はストレートが多い』などと一度インプットした後、頭をクリアにして打席に立つことは凄く大事。ずっとデータを頼りにして、タブレットだけ見て『え〜っとですね……』なんてやっていると、成果は出ない。インプットは大事だけど、現場ではオープンスキル、その場の対応が求められます」

(明日26日掲載の後編へ続く)

■福山敦士(ふくやま・あつし)/ギグセールス株式会社取締役

 1989年生まれ、神奈川県出身。慶応高では投手として2年春の甲子園8強入りに貢献。慶大準硬式野球部では学生コーチとして、同校を57年ぶりの全日本大会出場に導いた。卒業後の11年に新卒でサイバーエージェントに入社。25歳でグループ会社の取締役に就任。16年に独立し、株式会社レーザービームを創業。同社を含め4度のM&A(売却)を行い、20年にギグセールス株式会社の取締役に就任。21年から慶応高にてビジネス実践講座を担当。ビジネス書の作家としてもこれまでに14冊を手掛けており、著書に『仕事の鬼100則(明日香出版)』『紹介営業の教科書(同文館出版)』『新しい転職面接の教科書(大和書房)』など。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)