アメリカの小学校で学ぶ「ブラック・ライブズ・マター」運動<現地レポート>
コロナ禍のなか、黒人への人種差別の廃絶を求める「BLM」(ブラック・ライブズ・マター)運動が起きている激動のアメリカ。
現地の子どもたちはどんなふうに学び、どんなケアを受けているのでしょうか。
ここではシアトルで暮らし、小学生の息子をもつライターのNorikoさんに、日本とは違う情操教育事情についてレポートしてもらいました。
ブラック・ライブズ・マターのアート
●米国の教育現場に取り入れられる「ソーシャル・アンド・エモーショナル・ラーニング」
新型コロナウイルス感染防止のため3月中旬から学校閉鎖となったまま、6月中旬から夏休みに入ったシアトルの子どもたち。新学年がスタートする9月初めまで、アクティビティーが限定されるなか、引き続き長い時間を自宅で過ごすことになります。
本格的に遠隔学習が始まってから約2か月半、小学生の息子が課題に取り組めるようサポートをするのは、共働きでテレワークとなった私たち夫婦にとって過酷なチャレンジでした。しかし、子どもがどんなことを学習しているのか、なかなか見えにくかった内容に触れることができたのはよかったと思っています。
個人的に関心をもったのは、読み書きや算数といった基礎教科以外のアクティビティーです。
たとえば、「SEL」(ソーシャル・アンド・エモーショナル・ラーニング)のプログラム。これは、子どもたちの社会性や行動、態度、対人スキルなどを育みながら、学習意欲を高めていこうという取り組みです。ここ数年で、全米各地の公立学校にまで広がっています。
この教育法では大きく以下の5つの要素を通して、子どもたちにアプローチします。
(1) 自分の思考や感情、強みを理解する「セルフ・アウエアネス」
(2) 自己管理によるゴール達成を目指す「セルフ・マネジメント」
(3) 他者に共感して尊敬する心を育てる「ソーシャル・アウエアネス」
(4) コミュニケーションや人間関係構築について学ぶ「リレーションシップ・スキル」
(5) 建設的に問題解決できるようにする「リスポンシブル・ディシジョンメーキング」
●気づきを与え、子どもを成長させる言葉「グロース・マインドセット」
学業を含め、人生の成功には欠かせない社会性や感情のコントロール、自己管理能力。アメリカでは幼稚園年中から高校生までの長い学校生活で、このSEL教育法により少しずつスキルを身につけていくということです。
日本の小学校で履修する「道徳」の授業とはちょっと異なり、どちらかというと「自己分析」や「自己啓発」、または「コーチング」と呼ばれているものに近いような気がします。今の大人がビジネス書やセミナーで習得するような知識・スキルを、アメリカの小学生は幼い頃から得ていることになりますね。
息子への課題のなかで、「グロース・マインドセット」というものがありました。「自分に向かってどんな言葉をかけられる?」というサブタイトルがついた解答用紙に、以下の2項目が羅列されています。
(1) フィックスト・マインドセット:固定観念で決めつけてしまっている言葉
(2) グロース・マインドセット:成長の機会に変えられるかもしれない可能性を広げる言葉
たとえば、
(1)が「私にはできません。」なら(2)は「私にはまだできません。」
(1)が「私はあきらめます。」なら(2)は「私にはもっと練習が必要です。」
という具合に変更します。そうして、先入観や思い込みに気付き、考え方を軌道修正すれば、成功につなげられるということを学びます。
何事も境遇、能力、才能次第であると、周りのせいにして諦めてしまう子どもと、困難や失敗も成長の機会と捉え、ゴールを達成するために前向きにチャレンジし続けられる子どもとでは、同じことをしていても結果が違ってくるというわけです。
●実際に「BLMアート」をつくることで学ぶ子どもたち
新型コロナウイルスの出現によりパンデミックの不安に襲われる子どものために、精神的なサポートとして、さまざまな資料や動画、アクティビティーも紹介されています。最近では、警察による黒人差別に端を発した、黒人への人種差別の廃絶を求める「BLM」(ブラック・ライブス・マター)運動について、子どもたちをケアする試みが行われました。
そのひとつが、絵本の読み聞かせをした動画の紹介です。『Something Happened in Our Town』(わたしたちのまちでおきたこと)という絵本は、子どもたち自身に置き換えて考えられるように、わかりやすく人種問題を伝えています。
「ブラック」とはアフリカ系アメリカ人を指すこと、抗議活動が起きている歴史的背景、警察との対立、人権運動について説明するとともに、人種間で不公平があることは間違いで、「公平ではない」と感じたら自ら行動する大切さを教えています。
子どもでも理解できるように、「もしお誕生会にクラスでひとりだけ人種を理由に呼ばなかったら…」「珍しい名前をからかわれた子がいた」などと、子どもの世界で起こり得る具体的な事例を加えています。
アート・レッスンもありました。全米でもリベラルな土地柄で人権運動も活発なシアトルでは、世界中でニュースになっているデモ隊が占拠した自治区に限らず、街中の至るところでBLMの文言が壁の張り紙やウォールアート、路上のチョークアートなどで表現されています。そうした「BLMアート」を子どもたちもつくってみようというプロジェクトです。
どんな文言が使われるのか、どんな文言が使うべきではないとされるのか、どんなアートがふさわしいのか、インターネットでリサーチしながらつくったBLMアートは、6月19日の奴隷解放記念日、学校のフェンスにみんなで取りつけました。
「僕もアクションができたね」と、息子。絵本が教えてくれた「行動する大切さ」をアートづくりにより実践できたことにもなります。
南北戦争が終わり、最後まで抵抗を続けていたテキサス州でも奴隷解放が宣言された日を、アメリカでは「Juneteenth」(ジューンティーンス)と呼んでいます。今年は抗議デモ参加者、SNS、さらに大手企業、セレブ、あらゆるコミュニティーがこぞって祝ったことで注目を浴びました。
●今の子どもたちが担うこれからの共生社会に必要なこと
普段から学校で人種の公平性についてたびたび学習していたと話す息子は、奴隷制度などの歴史的背景やたびたび起こる悲しい事件について、すでにある程度の知識を持っていました。5月にミネソタ州で起きた警察による拘束中に亡くなったジョージ・フロイドさんの事件とそれに伴うBLM運動、学校によるアクティビティーを通して、いっそう理解が深まったようです。
前述のSEL教育法もあり、今の小学生が他者を思いやり、これまでの固定観念を変え、自分たちの可能性を広げて、アメリカに限らずグローバルに未来の共生社会をつくっていくのかと思うと頼もしい限りです。
【Norikoさん】
アメリカ・シアトル在住で現地の日系タウン誌編集長。フリーランス・エディター/ライターとしても、日米のメディアに旅行情報からライフスタイル、子育て事情まで多数の記事を寄稿する。著書に『アメリカ西海岸ママ〜日本とは少し違うかもしれない、はじめての妊娠&出産〜
』(海外書き人クラブ刊)、共著書に『ビックリ!! 世界の小学生
』(角川つばさ文庫)。
現地の子どもたちはどんなふうに学び、どんなケアを受けているのでしょうか。
ここではシアトルで暮らし、小学生の息子をもつライターのNorikoさんに、日本とは違う情操教育事情についてレポートしてもらいました。
ブラック・ライブズ・マターのアート
アメリカの「BLM」(ブラック・ライブズ・マター)。子どもたちはどう学んでいる?
新型コロナウイルス感染防止のため3月中旬から学校閉鎖となったまま、6月中旬から夏休みに入ったシアトルの子どもたち。新学年がスタートする9月初めまで、アクティビティーが限定されるなか、引き続き長い時間を自宅で過ごすことになります。
本格的に遠隔学習が始まってから約2か月半、小学生の息子が課題に取り組めるようサポートをするのは、共働きでテレワークとなった私たち夫婦にとって過酷なチャレンジでした。しかし、子どもがどんなことを学習しているのか、なかなか見えにくかった内容に触れることができたのはよかったと思っています。
個人的に関心をもったのは、読み書きや算数といった基礎教科以外のアクティビティーです。
たとえば、「SEL」(ソーシャル・アンド・エモーショナル・ラーニング)のプログラム。これは、子どもたちの社会性や行動、態度、対人スキルなどを育みながら、学習意欲を高めていこうという取り組みです。ここ数年で、全米各地の公立学校にまで広がっています。
この教育法では大きく以下の5つの要素を通して、子どもたちにアプローチします。
(1) 自分の思考や感情、強みを理解する「セルフ・アウエアネス」
(2) 自己管理によるゴール達成を目指す「セルフ・マネジメント」
(3) 他者に共感して尊敬する心を育てる「ソーシャル・アウエアネス」
(4) コミュニケーションや人間関係構築について学ぶ「リレーションシップ・スキル」
(5) 建設的に問題解決できるようにする「リスポンシブル・ディシジョンメーキング」
●気づきを与え、子どもを成長させる言葉「グロース・マインドセット」
学業を含め、人生の成功には欠かせない社会性や感情のコントロール、自己管理能力。アメリカでは幼稚園年中から高校生までの長い学校生活で、このSEL教育法により少しずつスキルを身につけていくということです。
日本の小学校で履修する「道徳」の授業とはちょっと異なり、どちらかというと「自己分析」や「自己啓発」、または「コーチング」と呼ばれているものに近いような気がします。今の大人がビジネス書やセミナーで習得するような知識・スキルを、アメリカの小学生は幼い頃から得ていることになりますね。
息子への課題のなかで、「グロース・マインドセット」というものがありました。「自分に向かってどんな言葉をかけられる?」というサブタイトルがついた解答用紙に、以下の2項目が羅列されています。
(1) フィックスト・マインドセット:固定観念で決めつけてしまっている言葉
(2) グロース・マインドセット:成長の機会に変えられるかもしれない可能性を広げる言葉
たとえば、
(1)が「私にはできません。」なら(2)は「私にはまだできません。」
(1)が「私はあきらめます。」なら(2)は「私にはもっと練習が必要です。」
という具合に変更します。そうして、先入観や思い込みに気付き、考え方を軌道修正すれば、成功につなげられるということを学びます。
何事も境遇、能力、才能次第であると、周りのせいにして諦めてしまう子どもと、困難や失敗も成長の機会と捉え、ゴールを達成するために前向きにチャレンジし続けられる子どもとでは、同じことをしていても結果が違ってくるというわけです。
●実際に「BLMアート」をつくることで学ぶ子どもたち
新型コロナウイルスの出現によりパンデミックの不安に襲われる子どものために、精神的なサポートとして、さまざまな資料や動画、アクティビティーも紹介されています。最近では、警察による黒人差別に端を発した、黒人への人種差別の廃絶を求める「BLM」(ブラック・ライブス・マター)運動について、子どもたちをケアする試みが行われました。
そのひとつが、絵本の読み聞かせをした動画の紹介です。『Something Happened in Our Town』(わたしたちのまちでおきたこと)という絵本は、子どもたち自身に置き換えて考えられるように、わかりやすく人種問題を伝えています。
「ブラック」とはアフリカ系アメリカ人を指すこと、抗議活動が起きている歴史的背景、警察との対立、人権運動について説明するとともに、人種間で不公平があることは間違いで、「公平ではない」と感じたら自ら行動する大切さを教えています。
子どもでも理解できるように、「もしお誕生会にクラスでひとりだけ人種を理由に呼ばなかったら…」「珍しい名前をからかわれた子がいた」などと、子どもの世界で起こり得る具体的な事例を加えています。
アート・レッスンもありました。全米でもリベラルな土地柄で人権運動も活発なシアトルでは、世界中でニュースになっているデモ隊が占拠した自治区に限らず、街中の至るところでBLMの文言が壁の張り紙やウォールアート、路上のチョークアートなどで表現されています。そうした「BLMアート」を子どもたちもつくってみようというプロジェクトです。
どんな文言が使われるのか、どんな文言が使うべきではないとされるのか、どんなアートがふさわしいのか、インターネットでリサーチしながらつくったBLMアートは、6月19日の奴隷解放記念日、学校のフェンスにみんなで取りつけました。
「僕もアクションができたね」と、息子。絵本が教えてくれた「行動する大切さ」をアートづくりにより実践できたことにもなります。
南北戦争が終わり、最後まで抵抗を続けていたテキサス州でも奴隷解放が宣言された日を、アメリカでは「Juneteenth」(ジューンティーンス)と呼んでいます。今年は抗議デモ参加者、SNS、さらに大手企業、セレブ、あらゆるコミュニティーがこぞって祝ったことで注目を浴びました。
●今の子どもたちが担うこれからの共生社会に必要なこと
普段から学校で人種の公平性についてたびたび学習していたと話す息子は、奴隷制度などの歴史的背景やたびたび起こる悲しい事件について、すでにある程度の知識を持っていました。5月にミネソタ州で起きた警察による拘束中に亡くなったジョージ・フロイドさんの事件とそれに伴うBLM運動、学校によるアクティビティーを通して、いっそう理解が深まったようです。
前述のSEL教育法もあり、今の小学生が他者を思いやり、これまでの固定観念を変え、自分たちの可能性を広げて、アメリカに限らずグローバルに未来の共生社会をつくっていくのかと思うと頼もしい限りです。
【Norikoさん】
アメリカ・シアトル在住で現地の日系タウン誌編集長。フリーランス・エディター/ライターとしても、日米のメディアに旅行情報からライフスタイル、子育て事情まで多数の記事を寄稿する。著書に『アメリカ西海岸ママ〜日本とは少し違うかもしれない、はじめての妊娠&出産〜
』(海外書き人クラブ刊)、共著書に『ビックリ!! 世界の小学生
』(角川つばさ文庫)。