アドテク企業のメディアオーシャン(Mediaocean)が3月16日に従業員の業務をリモートワークに切り替えたとき、なかにはブランドン・スチュワート氏のように自宅で仕事ができない人たちもいた。スチュワート氏には職場から持ち帰るコンピューターさえなかった。受付係としてニューヨーク市にある同社本社に勤務するスチュワート氏は、これまで自宅に仕事を持ち帰る必要などなかったのだ。「私の仕事はオフィスでしかできない」と同氏はいう。そのオフィスに行けなくなったスチュワート氏は、もうすぐ自分は職を失うのだろうかとの思いにとらわれた。レストランで働いていた彼のルームメートたちはすでに、リモートでは仕事ができず職を失った何百万というアメリカ人の仲間入りをしていた。

しかし、幸いなことに、自宅隔離によってスチュワート氏の仕事はどうなるのかと考えている人物はほかにもいた。メディアオーシャンのCEO、ビル・ワイズ氏だ。ワイズ氏は、同社の人事責任者ジェシカ・ラミレス氏と、同社のプランニングおよび分析プラットフォーム「Lumina(ルミナ)」と顧客体験を担当するエグゼクティブバイスプレジデントのステファニー・ドーマン氏に対して、メディアオーシャンの1000名近い従業員のうち、リモートワークへの切り替えや同社が実施した雇用凍結によって業務が消滅または激減した人員をリストアップするよう求めた。両氏がリストアップした従業員は23名にのぼった。

受付やオフィス管理、人事採用などの業務に従事するその23名に対し、メディアオーシャンは一時帰休やレイオフを言い渡すことはしなかった。代わりに同社は3月26日、彼らにこれまでと異なる業務を割り当てることを決め、翌日にはそのためのトレーニングプロセスを開始したという。

簡単な決断ではなかった。景気が悪化すれば企業はコスト削減を迫られるし、継続的な収益が得られるSaaS(サービスとしてのソフトウェア)ビジネスを手がけるメディアオーシャンといえども「影響を受けないわけではない」とワイズ氏は述べ、実際この1カ月間に売り上げは低下していると明かす。それでも、一時帰休やレイオフに踏み切る前に、打てる限りの手は打つという姿勢を見せることは、短期の経済的打撃を埋め合わせるのに十分な長期的利益につながるとワイズ氏は考えた。

「根底には、メディアオーシャン従業員の雇用をひとり残らず維持したいという動機があった」と、ワイズ氏はいう。

プラスの側面に目を向けた

加えて、メディアオーシャンは助けの手を必要としていた。同社のソフトウェアを利用する広告主やエージェンシーのクライアントがテレワークを開始して以降、技術サポートチケットが5倍に増えたと、ドーマン氏はいう。さらに同社は、製品のトレーニングプログラムを対面からリモートに切り替えなくてはならなかった。

スチュワート氏のような従業員が手助けできるようになるには、まずそれら業務分野の訓練を受ける必要がある。しかしメディアオーシャンの経営陣には、そこを懸念する幹部もいた。助けの手が増えることは喜ばしいが、訓練は時間と労力を要するものであり、特にほんの数週間でテレワークが不要になることがあれば、それが無駄になるからだ。

ワイズ氏はこの懸念を理解しつつも、プラスの側面に目を向けた。これは従業員の士気に影響するだけでなく、スチュワート氏のような従業員にほかの業務分野の訓練を受けさせておけば、仮に人手不足に陥った場合に役立つ可能性がある。

トレーニングを施すという課題

それでもなお、23名の従業員に割り当てられる業務を特定し、彼らに訓練を施すという課題があった。

同社はまず、影響を受ける従業員たちとともに、彼らのもつスキルセットや興味のある分野の特定にあたった。また、それらの従業員を引き受けることになる管理職とともに、従業員にマッチングするのに適した業務の特定を行った。たとえばスチュワート氏には、顧客体験とサポートのスペシャリスト、およびドーマン氏のアシスタントという業務が割り当てられた。このマッチングプロセスはおおむね順調に運んだが、1名の従業員が新たな業務に転換されたあとに不満を訴えてメディアオーシャンを去っており、これは同社にとって、従業員にマッチングプロセスについて理解させ、納得させることの重要性を強く示すものだと、ドーマン氏は述べている。

なかには同社の連絡先リストを整理するなどの、特に訓練を必要としないタスク単位の業務を割り当てられた従業員もいるが、それ以外の業務には、ほかのメディアオーシャン従業員の関与が必要だった。

エキスパートに育てる代わりに

スチュワート氏の場合は、製品トレーニングのコーディネーター2名と組み、同社の製品トレーニングの調整業務に必要な知識を授けられた。その訓練プロセスは自身にとって非常にわかりやすいものだったと、スチュワート氏は話す。ウェビナーやトレーニングセッションのスケジュール調整といったタスクは受付でやっている仕事と似ていたし、カスタマーサポートに寄せられる質問に答えるためのチュートリアルも会社から提供された。

しかしカスタマーサポートの仕事も、分野によっては従業員がひとりで仕事をこなせるようになるのに何カ月もの訓練が必要になると、ドーマン氏はいう。そこで同社は、従業員を特定分野のエキスパートに育てる代わりに、短時間の訓練でこなせる「トリアージ(優先度の振り分け)」レベルのタスクを洗い出した。たとえば同社のカスタマーサポートには、VPNの問題についての問い合わせが多く寄せられていた。

「当社では、(技術サポート)チケットの対応に最低限あたれるだけのスクリプトとFAQを従業員に用意することができた。それでうまく対処できず、まだ質問があるという場合は、問い合わせを技術サポートチームへ引き継ぐことが可能だ」と、ドーマン氏は話す。

従業員たちの励みとなった

業務転換が必要となった従業員の訓練は4月3日に終了し、彼らの手助けはメディアオーシャンのビジネス運営に役立っている。同社はカスタマーサポートに殺到する問い合わせを処理できるようになり、サポートチームにいる特定分野の専門家は、クライアントの抱えるさらに大きな問題への対応に集中することができている。しかし、ワイズ氏やドーマン氏、ラミレス氏にとってさらに重要なのは、今回の取り組みが、ここ1カ月にわたる広告業界の苦境を目の当たりにしてきた従業員たちの神経を落ち着かせるのに役立っていることだ。

「この取り組みに大いに励まされたと、たくさんの従業員から直接フィードバックを受けた。それは彼らがこの取り組みを、メディアオーシャンが苦しい時期にもすべての従業員の雇用を維持したいと強く願っていることの表れと感じているからだ」と、ドーマン氏は語った。

Tim Peterson(原文 / 訳:ガリレオ)