欧米で人気という「植物ブリーダー」とは(写真:JGalione/iStock)

ブリーダーというと動物が対象というイメージが強いが、実は植物のブリーダー(育種家)のほうがはるかに多い。自身もブリーダーである著者が、ジャガイモ、梨、リンゴなど7種の野菜、果物の品種改良の歩みをたどる。そこには、ほかのビジネスと同様に、たくさんの胸が熱くなるような研究開発のドラマがあった。『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』を書いた、育種家の竹下大学氏に聞いた。

思ったとおりの品種が作れることのほうが少ない

──植物のブリーダーはタイムマシンが使えるそうですね。

例えば、リンゴはゴルフボールより小さかったのが、いろいろな変化を遂げ、今の形になりました。ブリーダーは現在の品種とその祖先である野生種を交配させることで、その品種の進化の過程を確認できます。過去に戻れるのはこの仕事の役得、特権ですね。

自分が立てた仮説と同じ方向で、しかも想像を超えた結果が出るのが最もうれしい。また、育種に携わるうちに、「俺がいちばん知っている」と傲慢になりがち。でもまったく想像していない方向で驚くような結果が出ることもあり、そんなときは「よくわかっていなかった」と謙虚な気持ちになります。

──つらいことは?

思ったとおりの品種を作れることのほうが少ないんです。そして、思い描いていたより劣ったものでも、妥協して商品化することがある。数多く作ればいい品種が生まれる可能性が高まるが、決まった研究開発費の範囲内でやらなければなりません。

開発競争で余裕がないと、つねにいちばんよいと思われる品種を出し続けることになり、そんなときは、ほかの人にすぐ追いつかれてしまう。まねをするほうが楽ですから。理想的なのは、カードゲームに例えれば、最高のカードはあえて出さず、ちょっと下のカードで勝負していくことです。

──欧米先進国ではブリーダーは人気の職業だそうですね。

海外の集まりに参加すると、ブリーダーというだけで、皆さんが目をキラキラさせて迎えてくれます。日本ではまったく考えられません。欧米では園芸がややアカデミックな一般教養的趣味として位置づけられており、品種改良やブリーダーに関心を持つ知的レベルの高い人が多い。一方、日本では育種という言葉を知っているのは農業関係の人くらい。マイナースポーツの選手の気分ですね。

3大発明家の1人といわれた「植物の魔術師」

──育種に関わるドラマが描かれていますが、「育種家は無限界に侵入する探検家である」と語った「植物の魔術師」、ルーサー・バーバンクの話はとくに印象的です。

バーバンクはトーマス・エジソン、ヘンリー・フォードとともに、当時はアメリカの3大発明家と称されました。私財を投じてたくさんの品種を作ったが、新品種の権利保護がいっさいなされなかったので生涯貧乏でした。まさに育種のパイオニアといえる存在で、その“遺産”によって後のブリーダーは開発を進めることができたのです。


竹下 大学(たけしただいがく)/1965年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、キリンビール入社。同社の育種プログラムを立ち上げる(花部門)。現在は一般社団法人食品産業センターに勤務。技術士(農業部門)。2004年にAll-America Selections主催「ブリーダーズカップ」初代受賞者に。(撮影:今井康一)

今後、育種の分野でバーバンクのような大発明家が現れるかといえば、なかなか難しいでしょう。こういうものが人間にとってはいいと改良されてきた結果として、今の品種がある。品種の完成度が高まっているわけです。現在はより収穫量が多いとか、病気に強いとか、マイナーチェンジに近い改良が多く、とんでもない品種は作りにくくなっています。

ただ、日本で食べられていなかったキウイが国内でも栽培されるようになるなど、地域をまたいだ形で目新しいものが出てくることはあるでしょう。また、遺伝子組み換えは1つの切り口になる。ただ、人の口に入れるものなのでどうかという問題はあります。

──梨の幸水やリンゴのふじなど、最初は落ちこぼれのような存在だったのに、後に大ヒット品種に化けるというのも面白い。

どの段階でいい品種と判断するかは難しい。工業製品と違い、同じ品種を育てても、消費者が手に取る段階では同じスペックになりません。土地や生産者の栽培方法などが変われば味は変わります。いい品種とされると、多くの生産者が作り始めるからB級品も流通し、評価が下がってしまうこともある。逆に、最初は低い評価を受けた品種も、その能力を発揮させるような栽培方法を見つけた生産者に出会えれば、スターになることもあります。品種、育種家、生産者の3者が一緒になって世の中に広げていくんです。

日本の育種レベルの上げるには?

──日本のブリーダーの水準は世界的に見て高いのですか。

平均的には優れていると思います。海外では分業体制が進んでいて、ブリーダー以外に現場の作業員が大勢います。一方、日本では作業的な部分もブリーダーが自ら行う場合が多い。そのため植物の変化に気づきやすく、それが成果に結び付いているのではないか。もちろん、ブリーダーはつねに忙しくなり、育種の効率性の点でどうかは別の議論になりますが。


──日本の育種のレベルを上げるために、どうしたらいいですか。

研究開発の才能がある人に、もっとこの分野に来てほしいと考えています。身体能力が高い人はマイナースポーツに行かない。育種という仕事を若い人に知ってもらい、層が厚くなれば、すごいことが起きるかもしれないというのが、この本を書いた動機の1つです。

また、現役のブリーダーにはビジネスマンとしてのバランス感覚を持ってほしいですね。みんな育種が好きでブリーダーになるんですが、好きが募りすぎると危ない。世の中に価値を提供するための育種ということを忘れてしまう可能性があります。深く狭くという人が多いけれど、ファッションでも芸術でもいい。植物以外にもアンテナを立てたほうが、イノベーションが生まれるのではないか。

──自分は植物に操られているかもしれないと思うときがあるとか。

植物が人間に進化の後押しをさせているのかなと。品種とブリーダーは競馬の馬とジョッキーの関係に似ています。競馬で勝っていちばん注目されるのは馬であり、育種では品種です。ブリーダーはジョッキー。「俺がやったんだ」と言いたがる人もいますが、どうでしょうか。命あるものを変えていくのは、人間にはできない部分も大きい。植物が自ら頑張って変わっていくのを、私たちは手伝っているんだと謙虚に考えたいと思っています。