2月14日に発売されたホンダの新型フィット。部品関連の不具合が発覚し、当初予定から4カ月遅れの発売となった(写真:大澤 誠)

「3代目は売れ行きがパッとしなかったので、待ちに待ったという気持ち。発売遅れは大きな痛手だったけど、これから全力で売っていくしかない」


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神奈川県内にあるホンダの販売店(ディーラー)店長がそう力を込めるのは、ホンダが2月14日に全面改良して発売したコンパクトカー「フィット」についてだ。

発売前に部品関連の不具合が発覚し、当初予定から4カ月遅れでの発売となった。ホンダは6年5カ月ぶりの全面改良で、競合車や軽自動車の台頭で存在感が薄れ気味な「エース」の復権を狙う。

人気車種だが、以前より薄れる存在感

新型フィットの月間販売目標は1万台。ガソリンエンジン車と2モーターのハイブリッド車(HV)の2種類のパワートレインをそろえ、SUVテイストの「クロスター」、上質感のある「リュクス」など5つの内外装のタイプを設定。希望小売価格は155万7600円からで、HVは199万7600円からになる。

ホンダの寺谷公良・日本本部長は新型フィットについて「国内販売全体の牽引役。もっと言えば国内登録車の絶対エースとして育てていきたい」と語る。国内で安定的に70万台を販売する方針を掲げるホンダにとって、国内登録車市場の4割を占めるコンパクト&ハッチバックセグメントの看板車種であるフィットの刷新は重要な意味を持つ。

フィットはこれまで、国内累計269万台を販売してきた(2020年1月末現在)。保有台数はホンダ車全体の17%に当たる183万台に及び、ホンダ車では最多となる。

とはいえ、近年のフィットは一世を風靡した以前ほどの元気はない。2017年からは年間販売10万台を割り込み、7万4000台だった2019年は国内登録車モデル別販売ランキングでトップ10から消えた。国内の新車市場自体が縮小傾向とは言え、年間販売15万〜21万台を維持した2代目と比べても、「コンパクトカー」の代名詞でもあったフィットのブランド力の低下は明らかだった。

2001年6月に発売された初代フィットは、広い室内空間や高い燃費性能、手ごろな価格などが消費者の心をつかみ、爆発的なヒットとなった。2002年には25万台超を売り上げ、国内販売33年連続トップを守り続けてきたトヨタ自動車の「カローラ」をも上回り、国民的大衆車の地位を獲得した。

2代目も2010年からガソリンエンジンモデルに加えて、ハイブリッドモデルも追加し、ベストセラーとしての地位を盤石なものにした。

3代目リコールを教訓に、今回は発売延期

そんなホンダの看板車種がつまずいたのは、2013年9月に登場した3代目だった。海外サプライヤーと開発したデュアル・クラッチ・トランスミッション(DCT)を使ったハイブリッドシステムの不具合が発売直後に発覚。


リコールが相次いだ3代目フィット(撮影:梅谷秀司)

その後も、ほかの部位で不具合が次々と見つかり、発売から1年間で5度のリコールに見舞われた。大きなイメージダウンにつながり、販売面で最後まで尾を引いた。品質問題が収束し、ほかの新型車の投入を再開した後でも、ホンダの国内販売全体はしばらく低迷した。

そこから心機一転、新モデルで攻勢をかけようとした矢先に、再び品質問題が冷や水を浴びせた。2019年8月に全面改良した軽自動車「N−WGN(エヌワゴン)」で、海外サプライヤーから調達した電動パーキングブレーキ(EPB)の不具合が見つかり、発売間もなく生産を停止。同型のEPBを搭載する予定だったフィットも発売時期の先送りを余儀なくされた。

冒頭のディーラーでは、2019年12月末には3代目の在庫がなくなって販売を終了。量販車であるはずのフィットを旧型と新型を問わず、まったく販売できない緊急事態に陥った。その結果、N−WGNの生産停止の影響分も含めて、店全体の当初の年度販売計画から3割程度落ち込んでいるという。

ただ、3代目の品質問題の経緯があるだけに、新型フィットの発売遅れについては、ディーラー側も一定の理解を示す。店長は「3代目の品質問題では、客足が遠のく状況が長引いて、本当にまずい状況だった。その時と同じ轍を踏まないよう、発売を大きく遅らせた対応は致し方なかった」と話す。

3代目の売れ行きが伸び悩んだのは、女性客の心をつかみきれなかった点も大きかった。新型フィットの開発責任者を務め、3代目にも開発責任者代行として携わった田中健樹・本田技術研究所主任研究員も「女性からあまりいいフィードバックが得られなかった」と認める。

3代目ではグリルとヘッドランプが一体的につながり、男性的でシャープなフロントフェイスなどが女性に不評だった。田中氏によると、2代目では購入者に占める女性比率が4割程度だったが、3代目では3割程度に低下したという。ファミリーや夫婦で自動車を購入する際、女性が決定権を持つ割合のほうが高いとされるだけに、女性からの不評は誤算だった。


女性を意識した新型フィットのデザイン(撮影:大澤 誠)

その反省もあってか、新型の車体やヘッドライトなどは丸みを帯びたデザインとし、内装もシンプルにまとめ、女性的で優しい印象を打ち出している。日本本部長の寺谷氏は「3代目で男性寄りだったデザインを、ユニセックスに戻した。これでより幅広い層に受け入れてもらえると思う」と自信を示す。

本当の敵はヤリスではない

フィット発売で世間の注目を集めるのは、フィット発売のわずか4日前となる2月10日に発売されたトヨタの新型コンパクトカー「ヤリス」との対決だ。刷新を機に旧名「ヴィッツ」からグローバル名称に改められたヤリスは、2019年に8万1000台を販売。希望小売価格は139万5000円からで、HVは199万8000円から。フィットと価格帯も重なっており、強力なライバルであることには違いない。


トヨタの新型ヤリス(撮影:尾形文繁)

ところが、ホンダ関係者から聞こえてくるのは、「それほどガチンコ勝負にはならないのではないか」という声だ。ヤリスは疾走感を表現した鋭い顔付きで、どちらかと言うと男性的な印象を受ける。デザイン以外の商品性でも、フィットヤリスは方向性が異なる。フィットは「心地よい視界」や「座り心地」、「乗り心地」といった数値化できない“心地よさ”をアピールする一方で、ヤリスは走行性能の高さを前面に押し出す。

田中氏は「ヤリスとは発売時期も近いし、販売台数も競うだろう。ただ、コンセプトもまったく違うし、お客さんがどちらを買うかで悩むことはあまりないのではないか」と言う。

それでは本当のライバルはどの車なのか。多くの業界関係者が指摘するのが、軽自動車販売台数トップに君臨する自社の「N-BOX」との競合だ。軽自動車は近年、安全装備や外装デザイン、内装の質感などが向上し、登録車から軽に乗り換える人が増えている。N-BOXではオプション次第では200万円を超えるなど登録車並みの価格帯だ。3代目フィットからN-BOXに乗り換えたユーザーは多いとされ、寺谷氏も「そんなに食い合いは心配していない」としつつ、「顧客が多少かぶる部分があることは事実」と言う。

2020年内には日産自動車の主力コンパクトカー「ノート」も全面改良するとみられ、コンパクトカーと軽自動車が入り乱れての大混戦も予想される。フィットはあらゆる難敵に打ち勝ち、再び輝きを取り戻せるか。