「ニベア」が50年で圧倒的な地位を築けた理由

写真拡大 (全3枚)


小売店の店頭スキンケア商品の目立つ場所に陳列されている「ニベア」。長年にわたる人気の秘密を探った。(画像提供:ニベア花王

寒さが厳しくなり、肌の乾燥が気になる時季となった。

小売店の店頭にもスキンケア商品が並ぶが、この季節になると長年、目立つ場所で陳列販売される商品がある。「ニベア」だ。

定番の「青缶」(商品名は「ニベアクリーム」)は男女を問わず、使った経験のある人は多いだろう。1968年の日本発売以来、半世紀もほぼ変わらない。当時と同じ青字に白いロゴのパッケージは、冬の風物詩のような存在だ。取材の前に、いくつかの大手小売店を回ったが、並べられた商品の数が減り、空きスペースが目立つ店もあった。それだけ売れているということだろう。

それにしても、これだけ流行の移り変わりが激しい美容商品の中で、なぜニベアは人気なのか。その秘密を探った。

オールパーパスクリーム市場でシェア33%

ニベアクリームの売れ行きは好調です。オールパーパスクリーム市場(※)は、市場全体で約120億円ですが、ニベアクリームの商品シェアは約33%(2018年実績)。2位ブランドが12〜13%です。比較的新規参入も少ない市場なのです」

ブランドマネジャーを務める、ニベア花王の雨宮綾子氏(ビジネスユニット1 マーケティンググループ)は、こう説明する。現在はニベアクリームをはじめ、ボディケアやボディウォッシュ商品などの責任者で、ブランド戦略、商品計画、消費者コミュニケーションなど、ブランド全般の業務を担う。

ニベア花王ではスキンケアクリーム市場のうち、ハンドクリーム(主要ブランドは「アトリックス」)やフットクリーム、医薬品などを除いた市場をオールパーパスクリームとして公表する。

新規参入が少ないのは市場特性もある。競合は高付加価値訴求を行い、高額商品も展開する。そうなると、ワンコイン(500円玉)以下で買える保湿クリームには参入しにくい。

ニベアの歴史は古い。発売されたのは1世紀以上前の1911年。日本発祥と思う人もいるが、ドイツ・バイヤスドルフ社の商品だ。ニベアクリームは現在200以上の国・地域で販売され、年間約4億3000万人以上が愛用。日本での累計販売数は2億個を超える。

ちなみにバイヤスドルフ社の前身は、1880年にドイツのハンブルク市で開業した薬局で、ばんそうこう製造工程の特許取得を機に、医療品メーカーとして成長した。日本で製造販売する「ニベア花王」は、バイヤスドルフ社と花王の合弁企業だ。

人種・性別・年齢を問わないクリーム

これまで10年以上、同ブランドに携わってきた雨宮氏は、「なぜニベアは売れ続けるのか」という筆者の質問に対し、まず特長から説明した。


ニベア花王のブランドマネジャー・雨宮綾子氏(筆者撮影)

ニベアクリームの商品特長は3つあります。白色のクリームと、リッチなテクスチャー(質感)、そして香りです。

スキンケアクリームには、ウォーターベース(水性)とオイルベース(油性)があり、多くの商品は水性ですが、ニベアクリームはオイルベースです。その特長は、肌へのうるおい補給に加えて、肌表面に油性の膜をつくることで肌を保護してくれる点。ニベアクリームはリッチなクリームで、このクリームが肌にしっとりとなじみ、乾燥から守ります」

そこは理解できるが、世界中で売れる理由が腑に落ちない。国や国民性が違えば消費生活も異なる。ヘアケア商品は、例えば日本と欧米では売れ筋が違うはずだ。

ニベアでは、人種・性別・年齢を問わず、基本の肌は同じという考えです。クリームの基本となる成分設計は、発売当初と今のものでほぼ変わらない。日本のニベアクリームは、スクワランやホホバオイルなども配合しますが、海外のニベアクリームと大きな違いはありません」(雨宮氏)

そう言われて容器の裏を見ると、「Made in Japan」と記されていた。後述するが、こうした機能性以外の価値も見逃せない。

ブルーの缶は1925年から販売

歴史のある都市では古くからの建築物が残り、「変わらないのも文化」と考える欧州の基本思想でいえば、ニベアはまさに欧州型の商品だ。

「NIVEA(ニベア)」はラテン語で“snow-white”(雪のように白い)という意味。純白のクリームがブランド名を象徴する。発売された1911年は日本では明治末期で、最初の容器は「アールヌーヴォー缶」と呼ばれる、アールヌーヴォー調の装飾的なデザインだった。

現在の「ブルー缶」の原型が登場したのは1925年で、すでに1世紀近くになる。

1968年の日本発売時、合弁相手の花王側スタッフを驚かせたのが、この容器と青色だった。「靴クリームの缶みたい」「日本の女性には好まれないのでは」といった花王側の意見に対して、バイヤスドルフ側は「清潔・シンプル・調和を表す、このパッケージこそがニベアブランドだ」と一切譲らなかったとか。これは17年前、筆者が取材で聞いた話だ。

「これまで築かれてきたブランド資産を大切にする一方で、飽きさせない工夫をしてきました」(雨宮氏)


(左上から)アールヌーヴォー缶、初代ブルー缶、日本発売時の缶(左下から)メルヘン缶、キッズ缶、さくらももこさんデザイン缶、2019年デザイン缶(画像提供:ニベア花王

その1つが1982年から始めた限定販売の「デザイン缶」だ。初代は通称“メルヘン缶”と呼ばれ、以後、「花」(1987年)、「ペンギン」(1995年)、「うさぎ」(1997年)などのデザイン缶も登場。「ちびまる子ちゃん」で知られる、さくらももこさんデザインの缶は話題を呼んだ。現在もデザイン缶は限定販売され、「完全収集」を目指すファンもいると聞く。

美容サイトの「コスメ大賞」も追い風に

安定していた日本のニベアの勢いが増したのは、2011年の取り組みからだ。

「グローバルでの発売100周年を機に中断していたCMも再開。これを機に売り上げが拡大しました。ニベアクリームの売れ行きは現在、日本がナンバーワンです」(雨宮氏)

2年後、追い風が吹く。コスメ・美容の情報サイト「アットコスメ」(@cosme)の「2013年@cosmeベストコスメ総合大賞」を受賞したのだ。これ以降、10代や20代の注目度も高まり、メーカーが言ってこなかった「青缶」という言葉がネット上で沸騰した。

また、「顔にも使えるスキンケアクリーム」という性能も再訴求するようになった。

ニベア=ハンドクリームと誤解される人も多いのですが、手にも顔にも身体にもご利用いただける商品です。顔用に使う娘さんが、お母さんに勧めてくださるケースもあります」(雨宮氏)

さらにネット上で「実はニベアの成分は、高級ブランド『ドゥ・ラ・メール』に近い」という情報が流れ、美容意識の高い女性の注目も浴びた。

今回、筆者は仕事上で付き合いのある、何人かの“美容番長”(20代と30代)にも聞いたが、全員が「ドゥ・ラ・メールとニベア」の話は知っていた。そのうちの1人は「ニベアをまつ毛に塗ると、伸び効果が実感できる」という話もしていた。

「SNS時代となり、そうした消費者起点の情報が増えました。メーカーとして発信しているわけではありませんが、ご使用の仕方が広がっているのを感じます」(雨宮氏)

これ以外に、例えば「アイシャドーと混ぜて使う」「ヘアケアの保湿としても使える」といった情報も活発に発信されている。いずれも全否定される話ではないようだ。

クリーム+愛情の「情緒的価値」

マーケティングの視点では、商品の訴求には「機能的価値」と「情緒的価値」がある。

前述したニベアクリームの商品特性は機能的価値だ。お客は品質を信頼し、保湿面での効果・効能を期待する。一方の情緒的価値は、消費者の感性にも訴えるものだ。

ニベアクリームには、幼い頃、冬になるとお母さんやお父さんに塗ってもらった記憶を持つ大人の方も多いのです。クリームと愛情や思い出が結び付いている。そうした情緒的なつながりも、ニベアが長く愛されてきた理由の1つだと考えています」(雨宮氏)

2018年の日本発売50周年で、その記憶を呼び起こす訴求も始めた。

「『うるおいつないで50年』をテーマにお客さまとの絆をさらに深めるキャンペーンを実施しました。『ニベアクリーム親子3世代篇』CMでは、当時と現在の通学バスの前でクリームを塗るシーンで紹介しています」(雨宮氏)

花王グループが得意な“説明調”の映像だが、それもまたニベアの世界観を示している。

「身の丈消費」の象徴

筆者は、ニベア人気の再燃は「身の丈に合った消費の象徴」だと思う。一生懸命に働いても思うように報酬が伸びない時代。例えば、新生銀行が毎年発表する「サラリーマンのお小遣い調査」では、20代から50代までの世代(男性・女性)の大半が4万円未満だ。

そんな時代に消費活動の根幹をなすのは「コスパのよさ」だろう。何万円もするクリームは憧れるが、現実的には買わない。多くの消費者がワンコイン以下のニベアクリームを買い、惜しみなく使う。美容意識の高い人は使い方を一工夫する。

外食に例えれば、「豪華食材の高級フレンチには憧れるけど、家庭的な洋食店でも味はいいし、おサイフにやさしい」に近い意識だと思う。それだけ消費者が賢くなったのだ。

商品やブランドの世界では「定番」という言葉もある。筆者は「見慣れた景色の一部になること」と解釈している。小売店の店頭、家庭の浴室や洗面台に置かれる“景色”が続くかどうかに、ニベアブランドの未来図があるはずだ。