大谷と菊池メジャー初対決で明暗。高校は同じも似て非なる育成だった
これほどまでにハッキリと明暗が分かれなくてもよかったのに──。
2019年6月8日(現地時間)、エンゼルスタジアムでマリナーズ菊池雄星とエンゼルス大谷翔平のメジャーでの初対決が実現した。結果は大谷の3打数2安打、1ホームラン。菊池は4回裏にトミー・ラ・ステラ、マイク・トラウト、大谷に3者連続ホームランを浴びて撃沈。4回途中7失点、79球でマウンドを降りた。
中4日のローテーションを1度飛ばして、万全の状態をつくるための中8日のマウンドだったが、菊池は対大谷だけでなく、先発ピッチャーとしても結果を残すことができなかった。
菊池雄星(写真左)と大谷翔平のメジャー初対決は、大谷に軍配が上がった
一方、6月に入って調子を上げている大谷は、上がらなかった打球が本来の弾道に戻りつつあり、この日のホームランも菊池のカーブを十分、引きつけての左中間へ高々と打ち上げた理想的な弾道の一発。ピッチャーとしてのリハビリの最中にバッターとしての結果を出さなければならない難しい状況のなか、徐々に真価を発揮している。ふたりは試合後、こう話していた。
「2打席目、3打席目と重ねていくほどにタイミングが取れてきていたので……(2打席目に凡退したのは)ボール球のカーブをファーストゴロだったんですけど、その中で軌道を確認できたのはよかったかなと思います。(菊池との対戦に対して)特別な気持ちは、何回やっても同じく持つんじゃないかなと思いますけど、打席のなかでやることは変わらない。(菊池は第1打席で)首を振って変化球も投げていましたし、熱くなってストレートだけ、という感じでもないのかなという印象を受けたので、2打席目以降はわりと冷静に、いいタイミングでいけました」(大谷)
「悔しいっていう気持ちですね。ここ3試合のなかで、ボール自体は少しいいのかなというのはありましたけど、まだまだ、いい状態にはもう少しかなと感じました。もともと四隅をつくようなピッチングではないんですけど、軌道が一定しないというか、いい時と悪い時がハッキリしているので、甘くなっても差し込めるようなボールはまだいってないのかなというところです。よくない試合が3試合続きましたけど、ここで自分自身がこの現状をどう捉えるかというところで、今後の結果とか、野球人生も変わってくると思っています。この苦い経験を必ずプラスにしたいなと思います」(菊池)
気になったのは、初回の菊池が投げるたびに右足の位置を確かめていたことだ。中8日の間のブルペンでインステップしていることに気づいた菊池は、その修正を試みてきた。インステップするとそれだけ上体に負担がかかり、力がボールにうまく伝わらない。菊池は手応えをつかみながらも、「いい時と崩れた時の形の違いを直したからといって、ボールにすぐ直結するかというと、そんな簡単な話ではない」とも話していた。
ゲーム当日、何度も踏み込んだ足の位置を一球ごとに確認していたということは、まだ修正したフォームが身体に染みついていたわけではない、ということでもある。
対する大谷は、左ピッチャーが打てない、打球が上がらないと、思うような結果が出なかった5月、いくつかの課題を指摘されていたが、大谷自身は「(ピッチャーが)左か右かによって(ボールの)軌道は違うんですけど、その軌道に合わせにいくとブレてしまうので、自分の感覚のなかでこういうふうに飛んでいくんだなという軌道で振れているかどうかが大事」だと話し、結果につながらなくてもブレることなく、やるべきことを見据えながら今年も経験値を上げてきた。
初対決では明暗が分かれたものの、同一リーグのライバルチームにいるふたりなのだから、この先も直接対決は続く。アメリカでは、岩手県の花巻東高校を卒業したNPBのトッププレイヤーが去年、今年と立て続けにメジャーへ来たという事実を受けて、”花巻東”とはどういう高校なのかと興味を掻き立てられていたようだ。実際、5月30日付のニューヨーク・タイムズにはこんな特集記事が掲載されていた。
『菊池対大谷、日本でのもう1つのライバル関係』
ふたりの初対決を前に150の記者席はすべて埋まり、日本では午前11時からテレビで生中継される、という書き出しから始まるこの記事は、同じ高校に通っていた菊池と大谷がメジャーで初めて対峙することは、日本で大いに注目されている、と綴っていた。さらに、日本の野球はアメリカのベースボールにはない独自の文化をいくつも育んできたとして、そのうちのひとつに、すぐれたピッチャーとバッターによる”名勝負列伝”を挙げている。
たしかに、かつての『村山実対長嶋茂雄』や『江夏豊対王貞治』、『江川卓対掛布雅之』や『山田久志対落合博満』、『野茂英雄対清原和博』、『松坂大輔対イチロー』など、日本ではピッチャー対バッターのライバル物語が伝説の名勝負としていくつも語り継がれている。ところが不思議なことにアメリカの野球には、そういうロジックで語り継がれている対決はない。
宿命のライバルといえば、ヤンキースとレッドソックス、カブスとカージナルス、ドジャースとジャイアンツといったチーム同士の対決であり、ピッチャーとバッターではない。
ベーブ・ルースやバリー・ボンズ、アレックス・ロドリゲスといった歴代のスラッガーにライバルと称されたピッチャーはいないし、ノーラン・ライアン、グレッグ・マダックス、ロジャー・クレメンスといった球史に残る名投手を見ても、同時代に凌ぎを削ったバッターとのマッチアップがクローズアップされることはない。
アメリカの文化が大事にするのは個性、日本では組織を重視するイメージが強いのに、日本の野球が個の対決をおもしろがり、アメリカのベースボールはあくまでもチーム同士の対決を重視する、というあたりが興味深い。ニューヨーク・タイムズの記事を書いたブラッド・レフトン記者は「土俵の上で力士が一対一の対決をする相撲が国技の日本」だから、野球でもこうした一対一の対決に魅了されるのではないかと考察している。
菊池は以前、こう言っていた。
「僕と大谷って、高校は入れ替わりなんですよ。僕が卒業した年に大谷が(花巻東に)入ってきたんで、僕、じつは大谷のことをあんまり知らないんです。ただ、大谷にしても僕にしても、(花巻東高校の佐々木洋)監督の指導は大きく影響していると思います。僕は監督から常に目標、目的を描くということを教えてもらいました。今でも会うたびに『子どもたちのお手本となるような振る舞いをしなさい』と言ってもらっています。その言葉はいつも僕のなかにありますね。ちょっと浮かれているかなと感じたときには、ああ、監督の言葉を思い出さなきゃいけないな、と自分に言い聞かせています」
大谷はこんな話をしていた。
「雄星さんが高校時代に地元にいて、全国で活躍して、プロにドラフト1位で指名されて注目されたことはすごく衝撃的でしたし、こんな人が身近にいるんだなと思いながら、僕も頑張ればそうなれるんじゃないかという思いは強かったと思います。僕が雄星さんを見て、できるんじゃないかなという可能性を持てたことはよかったと思いますし、もし雄星さんがいなかったらそういうふうになれたのかなと思うところもあるので、そういう人が岩手にいたのは僕のなかではすごく大きかったと思います」
ア・リーグ西地区のライバルチームのピッチャーとバッターであり、ともに岩手出身、花巻東高校の先輩、後輩対決──もちろんその通りなのだが、イメージとして近いのは、兄と弟なのではないかと思う。同じ監督に育てられたふたりの関係は、”兄弟”対決と捉えたほうがわかりやすい。花巻東の佐々木監督がこんな話をしていたことがある。
「私は、雄星のような選手は岩手からは二度と出てこないと思っていました。あんなにすごい選手が岩手から出てくるわけがないだろうと思っていたからです。それが、雄星が卒業した途端、大谷が入ってきた。雄星が最初で最後じゃなかったんです。だから私は、大谷を育てるにあたって雄星の時の経験を参考書として使わせてもらいました。
私は雄星をうまく育ててあげられなかったと思うところがあって、それは参考書がなかったからだと思います。でも大谷の時には、雄星を育てた時の参考書があって、私が雄星を通じて得たものを大谷に伝えることができました。雄星には申し訳ないと思いますが、エスカレーターでトンと行かせるんじゃなくて、階段できちっと育てていかなきゃいけないということを大谷の時に意識できたのは、雄星のおかげなんです」
大谷が入学してきた時、佐々木監督は大谷の目標を「160キロ」に設定した。もうひとつの目標、「プロ8球団からの1位指名」も、6球団から1位で指名された菊池を超えるところに目標を設定しなければ菊池の域にも達しない、という佐々木監督なりの大谷への叱咤だった。そして大谷自身は目標を掲げる時、160キロではなく、あえて「163キロ」と書いた。その理由を彼はのちにこう説明している。
「期待は応えるものではなく、超えるものですから」
先に巣立った菊池もまた、佐々木監督からの『岩手の中学生、高校生がプロを身近に感じられるよう、これからはお前が特別な存在であり続けてくれ』という言葉を励みに、大谷に先んじて日本で戦ってきた。菊池はその言葉をこう解釈している。
「結果だけじゃなくて、練習でも一番でなくちゃいけない」
菊池が日米の球団から高い評価を受けたことで、岩手からもメジャーへの道がつながっていることを示した。その事実が先入観を打ち破り、当時、岩手の中学生だった大谷の価値観を育んだ。そう考えると、菊池雄星と大谷翔平は、やはり花巻東の佐々木洋監督が育てた”兄弟”なのだ。
長男の菊池、次男の大谷――まさにキャラクターもそのイメージどおり、男気に溢れていて責任感の強い長男と、やんちゃで奔放な、要領のいい次男。打たれた長男は、”兄弟”が同じグラウンドに立ったことについて訊かれ、こう話した。
「投げることに必死というか、まだそういうことを考えられる立場でもないですし、個人的な部分で言えば、自分自身がレベルアップした先に、そういうもの(対決)を楽しめるときがくればいいなと思っています」
打った次男は、こう言った。
「(ふたりの対決は)僕よりも(花巻東の)監督、コーチの方が楽しみにしている部分があったのかなと思うので、ホームランを打った、打たないとか、抑えられた、抑えられなかったというところではなくて、この舞台で対戦することができたというのがすごく大きいんじゃないかなと思います」
岩手県花巻市は、『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』を生んだ宮沢賢治の故郷として知られる”イーハトーブ”の里である。イーハトーブとは宮沢賢治の作品に登場する心象世界のなかの理想郷で、そのモチーフは岩手ではないかと言われている。
菊池雄星と大谷翔平──イーハトーブの里が育んだ、同じ”野球遺伝子”を持つ2つの才能は、まず、アナハイムで交錯した。メジャーでの次の”兄弟”対決はオールスター明け、1カ月後にふたたび巡ってくる。