"お金に興味ない"という若者は人生が詰む
■20代のリアルは「貯蓄ゼロ」
【高井】横川さんの新刊の『ミレニアル世代のお金のリアル』(フォレスト出版)、これ本当にリアルで、正直、「ここまでツラい現実を突きつけちゃっていいの?」という印象を受けました。でも、これこそ、既存のお金や経済の本とは違う、同世代だからこそ書けるものだな、と。資産運用や貯蓄の本って、私のような40代の団塊ジュニアよりもちょっと上、バブル世代から元祖・団塊世代あたりの、経済的にちょっと余裕がある人向けのものが多いですよね。
【横川】そうなんです。「貯蓄を」とか「資産形成を」とか言われても、私たち世代とはズレがあるなってずっと感じていました。同世代の友人は、例えば奨学金の返済が大変で結婚なんて無理とか、結婚していてもどちらかは派遣社員で貯蓄する余裕なんてないって人が少なくないです。20代の単身世帯の保有金融資産って、中央値で見ると「ゼロ」なんです。このデータ、衝撃的って言われるんですけど、「投資とか貯蓄って言われても、そんなお金ないよ」というのが私たちの世代の現実です。
■仕事や生活を回すので精いっぱい
【高井】問題は、貯蓄や資産運用に回す余裕なんてないんだから、お金や経済についても知識を得ようという気持ちが出てこないんじゃないかってことですね。
【横川】生まれた時から不景気育ちなので、ある程度お金については堅実な世代なのですが、漠然とした不安もありつつも、ひとまずは仕事や生活を回すのに精いっぱいという人も少なくはありません。政府が進めている「貯蓄から投資」といった政策も、私たちの世代はターゲットとして真剣に考えられていないんだろうなと感じます。
【高井】銀行や証券会社なんかのお得意さんも、金融資産の大半を握っている高齢者層ですね。いきおい、お金に関するセミナーも手数料を落としてくれる、そういった層がターゲットになりがちです。でも、本当は経済的に苦しい若者世代こそ、お金のことを考えなきゃいけないし、経済の基礎を学べる機会がもっと必要ですよね。
■「知らないと損する」から始める
【横川】今回の本を出したのは、同世代の人たちに「お金のことを考えないとヤバい!」という意識をもってもらいたかったからです。すごく基本的な話もいれつつ厳しいデータを示したのは、現実を知るのが大切というのが第一。それに「現状を変えるために、自分で動いてほしい」という気持ちがあったからです。行動経済学で考えると、誰かに行動を促すにはマイナスの情報が有効なんです。「知っていると得する」よりも、「知らないと損する」のほうが人は動くから。
【高井】金額が同じなら、利益よりも損失のほうが2倍の心理的インパクトがあると言われますよね。私が感心したのは、図表やグラフはしっかりしたデータ集で、丁寧に見れば「リアル」がしっかり分かるようになっているけど、本文は専門用語は極力避けて徹底的に分かりやすくしているバランスの取り方です。若い人に経済への興味を持ってもらうのって、本当に難しい。横川さんは同世代として語りかけられるのが強い。同じことをオジサンが書くとお説教になってしまうので、私の『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』(インプレス)は、中学生2人が主人公の青春小説という形にして若い人でも読みやすいよう、間口を広げています。
■少しの知識で差が出る“お金”
【横川】私、経済やお金の入門書の新刊は一通りチェックしているんですけど、『おカネの教室』は読んですぐ「これ、すごくいい!」と思いました。小説の形でお金や経済、社会の仕組みをわかりやすく解説してあって苦手な人でも読みやすい。生徒2人の何とも言えない関係がまた良くて、主人公の男の子を恋愛的な意味で「がんばって!」と応援したくなるし、先生も名言だらけのいいキャラで。子供向けに見えるけど、絶対大人も読むべき一冊だなって。
【高井】この本、元はわが家の家庭内連載小説だったんです。私、娘が3人いまして、経済や金融のことを知ってもらおうと書いたものが、いろいろあって本になっちゃった。日本だとお金のことをちゃんと学校で教えないから、ほとんどの人が考え方の軸や基礎知識がないまま社会に出てしまう。でも、それって、ルールも知らないのにギャンブルに参加するみたいなもので、本当にヤバい。お金には、イージーに手が出せるのに取り返しのつかない失敗につながる落とし穴があるから。保証人制度とか、『お金のリアル』で紹介されていたクレジットカードのリボ払いとか。ちょっと知識があるかないかで、ものすごい差が出る。
【横川】私自身は実家が会計事務所を経営していたこともあって、子供のころからお金の仕組みを学ぶ機会が多かったんですけど、同年代の友人と話すと、本当に基礎的な日本のお金のルールや経済について知識も関心も低い人が多く、「これはまずい」って思い続けてきました。同世代の人たちに、そのままだとすごく損してしまうことがたくさんあるよと知ってもらいたいという考えで、今回の本も含めて等身大のお金の知識を啓蒙するという活動をしています。
■デジタルネイティブにはアドバンテージもある
【高井】経済的に余裕がある上の世代と比べて、下の世代はディスアドバンテージを抱えているっていう現実と同時に、ミレニアル世代ならではのアドバンテージとして情報収集能力を挙げているのが面白い。
【横川】デジタルネイティブで、ネットで情報を集めてそれを取捨選択するスキルが身についているのが私たちの世代の強みです。家計簿アプリやネットバンク、シェアリングエコノミーといったツールを自在に扱ったり、副業の容認が増えて、ネットを通じて不用品や自分のスキルを換金したりする道も広がっています。これまでの世代とは違った形でお金を作ったり節約したりできる。うまく活用すれば、給与が伸びないなかでも貯蓄や投資、趣味にお金を回す余裕をもてる。
■キャリアアップのためにも余裕資金を
【高井】私は若いうちは自分のスキルと健康に投資するのが一番リターンが高いというのが持論なんです。キャリアアップして、そのうえで長く働ける人間になるのが最高のリスクヘッジだから。人生100年時代なら、なおさらです。そのためにも、まずはちょっとした余裕資金を作らないと、ですね。本を買うにも資格を取るにもお金がかかるから。
【横川】キャリアアップについても、ミレニアル世代は上の世代より柔軟な発想ができるというアドバンテージがあると思います。終身雇用の正社員が当たり前だった時代と違って、待遇が良くなるのならどんどん職場を移って行けばいいという考え方を自然に持っている人が多い。『お金のリアル』では、勤め先がいわゆるブラック企業で残業が支払われないと、長い目でみてどれぐらい経済的に損をするのか、データを挙げて紹介しました。そういう知識をもっているのといないのとでは、働き方についての姿勢がまったく違ってくるはずです。資産運用や貯蓄も、若いうちからきちんと取り組めるかどうかで、複利効果ですごく差が出ます。
■若者の投票率が1%下がると約13万円の損
【高井】『おカネの教室』は、経済のルールを若いうちに学んでもらおうという狙いで書いたものです。物語を楽しんでいると、働いて富を生み出すこと、その富を株式市場などを通じて投資して「回す」ことが経済全体にどんな意味があるのかといったテーマがストンと腹に落ちるようになっています。それは、ルールも知らないでゲームに参加するのは危なっかしいからというのが第一の理由なんですけど、もう1つ、「このルールはおかしい」と思ったら変えていくのが若い世代の権利だし役割だという思いもあったんです。だから、横川さんがご著書で、若者が投票という形で政治に参加するべきだと強調していた部分に強く共感しました。
【横川】東北大学大学院の方の研究に、若者の投票率が1%減ると若者1人当たり1年で約13万円も損をするという推計があります。実際に若い世代は税金や社会保険料など払っている分よりも社会保障にまつわる恩恵を受けている分のほうが少ないと思っている人も多いはずです。私自身は親から、かならず選挙権を行使すること、そのために政党や候補者の情報をしっかり調べることが重要だと教育されました。ただでさえ少子高齢化で若い世代は減っていくのに、選挙へいかなければ人数の多い高齢者層が優遇される社会保障の政策が通りやすくなって、その分、若い世代にしわ寄せが来るからです。そういった背景もあり、お金と選挙の関係についても知ってもらいたく、選挙の話も入れたいなと思っていました。
■若い世代もお金に関心がないわけじゃない
【高井】日本の若者は、見ていてちょっと歯がゆいですね。私は2016年から2年ほど仕事の関係で欧州にいたのですが、格差問題や富の集中を是正しようという機運が高まって、イギリスやフランスでは若い世代の政治参加意欲が盛り上がっています。米国でもオカシオ=コルテスという史上最年少の女性議員が注目の的ですね。彼女の主張も「若者や低賃金労働者にもっと経済成長の果実を分配しよう」というもので、それを若者が熱狂的に支持している。最近、英『エコノミスト』誌が「ミレニアル世代の社会主義」という特集を組んだくらい注目されているムーブメントです。日本でも同じような、新自由主義に対抗するうねりのようなものが出てくると面白いんですけどね。
【横川】若い世代の人たちも、お金に関心がないわけじゃないんです。男子学生向けのファッション誌『FINEBOYS』(日之出出版)で連載している「ハタチの経済学」の読者の方からも、「いつもわかりやすくて勉強になります」という反応がけっこうあるんです。
■ファッションの裏にも経済のメカニズムあり
【高井】経済って、伝え方を工夫すれば、誰だって興味が持てるし、面白い分野のはずなんですよね。お金を使わない人はいないわけだし、消費者として普段使っているスマホやファッションなんかも裏側には経済のメカニズムがある。会社員や起業家になれば経済はど真ん中のテーマです。しっかりした視点が持てると全体のつながりがわかってきて「もっと知りたい」と興味が広がるはずです。私自身、経済記者になって1〜2年たってから、「世の中、全部つながってんのか!」と加速度的に経済が面白くなりました。
【横川】『おカネの教室』はそういう視野の広がりみたいなところまでカバーしているのが、実用書やノウハウ系が多いマネー本と違いますよね。生活保護とか政治や仕事への向き合い方なんかの、大人もきちんと知っておくべき内容が盛り込まれてる。
■若者が変わらないと日本全体も「詰む」
【高井】経済について学ぶのをパスしてきた大人も、若者と並ぶメインターゲットで、実際、読者の大半は大人です。「子どもに読ませようと思ったら自分もよくわかってなかった」って声はすごく多い。でも、やっぱり一番読んでほしいのは若い世代かな。若者が世の中を変えてお金と経済をうまく回す主役になってくれないと、大げさじゃなく、日本経済が行き詰まっちゃうんです。そのためには、社会を若者のためのものに変えていかなきゃいけないし、若者自身にも変わってほしい。
【横川】『お金のリアル』では、最初に「お金は人生の選択肢を増やすためのもので、そのためにお金と向き合っていくことが大切」ということ、締めくくりでは「お金も人生も、自分で豊かにしていかないといけない」というメッセージを書きました。これからを生きていく私たちやもっと下の世代は、知識をしっかり身に付けて、新しいモノはどんどん取り入れて、自分たちの環境を自分たちで変えていかないと、何もしない人は取り残されて行ってしまう。今もそうだし、これからもっとそういう時代になっていくと思います。
【高井】世代論で物事を単純化するのは好みじゃないですけど、団塊の世代やバブル世代、その下の私たちの世代は、若者を応援して、邪魔しないようにしますね(笑)。これは大学生、高校生、中学生の三姉妹のお父さんである私の切実な願いでもあります。
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経済評論家
1990年生まれ。お金の教育を幼少期から受け、明治大学卒、同大学院を経て、経営学修士(MBA)、ファイナンシャルプランナー(AFP)などを取得。現在は唯一のミレニアル世代のお金の専門家/経済評論家として活動。金融教育普及のため幼稚園児向け雑誌でのマネー知育の監修や、若い層をターゲットにしたファッション系、オタク向けの記事や経済と恋愛を絡めたメディアまで、多方面で活躍している。Twitter
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新聞記者
1972年、愛知県生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験をもつ。専門分野は、株式、債券などのマーケットや資産運用ビジネス、国際ニュースなど。三姉妹の父親で、初めての単著となる『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』は、娘に向けて7年にわたり家庭内で連載していた小説を改稿したもの。趣味はレゴブロックとスリークッション(ビリヤードの一種)。
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(新聞記者 高井 浩章、経済評論家 横川 楓 構成・撮影=インプレス「しごとのわ」編集部)