千賀 滉大投手（蒲郡−福岡ソフトバンクホークス）「育成ドラフト4位指名から‟お化けフォーク”で大ブレイクした原点は準備の心」
愛知県の無名の公立校から、ソフトバンクの育成ドラフト4巡目の選手として指名された千賀 滉大。球団としても、「万が一出てきたら儲けもの」みたいなところもあっただろうが、そこから這いあがってきた。スタートは二軍のもう一つ下の三軍だった。だから、1年目はファーム公式戦のウエスタンリーグでの登板機会すらなかった。それがいつしか、日本代表メンバーの一人として、侍ジャパンの投手陣の一角をなす存在となった。そんな千賀の高校時代はどんな選手だったのだろうか。当時、蒲郡高で指導していた金子 博志（現豊橋商）監督に聞いてみた。
金子 博志監督（現・豊橋商）
小学2年生の頃から野球に触れ始めた千賀少年は、学童野球のクラブチームを経て普通に地元の蒲郡市立中部中学に進んでいる。そして、その野球部（軟式）に入部して三塁手としてプレーしていた。身長は高かったが、特に目立った選手というわけでもなかった。だから高校は、特に強豪校を目指すということはなく、地元の蒲郡高校に入学して野球部に入部した。
最初の印象について、金子監督はこう振り返る。「身長はありましたけれども、体重がなくてマッチ棒みたいでしたね。本人も、特にどうしたいということではなく、当初はボクシング部にしようかどうしようかなんて迷っていたくらいだったと思います」
千賀の入学した蒲郡高校は、愛知県の東三河地区にある普通の公立校だったが、県内では珍しいボクシング部があるということで知られていた。そんなこともあって、千賀も心が動いたところもあったようだ。いずれにしても、中学時代にある程度野球選手としての実績があって、それが評価されていたという存在ではなかったことだけは確かだ。
そんな千賀だったが、金子監督はキャッチボールをしている千賀を見て、「これは、もしかしたら面白い存在になるかなと思った」というくらいに、いい球を投げていたという。プロのスカウトがよく口にする、「球の軸がしっかりしている回転のいいボール」をキャッチボールの段階で投げていたのだ。金子監督も、入学前まではとりたてて情報のなかった千賀という選手だったが、その球筋に惚れ込んだ。ただ、千賀選手は、中学時代は三塁手としてやってきていて、高校でも、内野手として何とか試合に出られればいいかなという程度の意識だったという。
金子監督は、何とか千賀をマウンドで投げさせたいと思っていたが、機を見てブルペンで投球練習をさせてみた。すると、思った通り、いい球筋で投げていた。「もちろん、投手なんかやったことないですから、コントロールは目茶苦茶ですよ。だけど、ボールがいいなぁという気はしました。それで、練習試合も使ってみたんですよ。そうしたら、相手の監督さんからも『楽しみな投手になるんじゃないですか』というような評価は戴いていました」
千賀自身も、何となく投手としてやれるのではないかと、最初にそんな気持ちになってきていたところでもあった。期待も込めて、1年生で、千賀は夏の大会のベンチにも入っていた。豊田大谷との負け試合ではあったが、最後に1イニングを投げ無難に抑えた。これで、金子監督としても、千賀を投手で育てていこうという意識は固まった。千賀としても、投手でいこうという意識が固まってきた時だった。
社会人野球などを見させて上で野球をやりたい思いにさせていた高校時代の千賀 滉大投手
ただ、元々投手としての肩を作っていなかったので、肩を痛めることもあり、秋季大会はあまり投げることができなかった。チームも東三河のブロック予選で敗退。「結局、公式戦ではほとんど投げていないんですよ。人を育てるということを指導方針の意識としては大きく持っていますから、教育的な意味もあって、登録を外していた時期もありました。そんなこともあって、実は千賀のいた時代は春と秋のブロック予選は、一度も突破したこともないんですよ。まあ、それは監督としての私の力不足かもしれませんけれども…（苦笑）。2年の夏も、（栄徳に）初戦敗退でした」
その後、期待はされていたが故障もあって、新チームとなった2年の秋もほとんど投げていないという状態で冬を迎えることとなった。
「この冬を越えて、大きく成長したなという気がしました。この時期は、よく走っていましたし、身体もしっかりしてきて、それでフォームも固まってきたのだと思います。いろいろなフォームを試してみたりもしていたのですが、腕が横振り気味だったので、それでスライダーが切れていくものですから、苦しい時にはスライダーで逃げていくということになっていたんですね。それが、フォームを修正したことで、スピードが出てきました。そのフォームが本人にもしっかりハマっていたんでしょうね。最速では144キロくらいまで出ていたのではないでしょうか」
金子監督が語るように、2年目の冬にしっかりとトレーニングも重ねて走って下半身を作ったことも大きかった。春になって、マウンドで投げ始めたときに、金子監督も、「これは、行けるぞ」という意識になってきたという。
特別、本人には告げていなかったものの、噂を聞きつけて大学や社会人のスカウトが訪れるようにもなっていた。それを聞いた耳聡いプロのスカウトも、訪れてきた。ただ、素材としては面白そうだけれども、やはり「大学か社会人でやってみてどうかな…」という評価だった。だから、積極的に、是非ともプロへ、というスタンスでは見られていなかったようだ。その頃の千賀本人には、周囲からどのような評価なのかということは、特には伝えていなかった。
ただ、大学や社会人から声をかけてもらえるようにはなっているので、その気持ちがあれば、上でやることを目指してみたらどうだということは言っていた。それに対して、千賀本人も、その気になってきていたのだ。自分でも、投げるボールに力が出て来ているなということは感じていただけに、上でやりたいという意識は強くなっていった。
高校時代に、「上でやりたい」という意識が芽生えてきたときには、金子監督の方針として、そのレベルを自分の目で確かめてみなさいという意味も含めて、その野球を見に行かせるようにしている。だから、千賀にも社会人野球の試合を見に行かせたこともあった。「見てきて、『レベルは高いですね、ちょっと甘く見ていました』ということは言っていましたけれども、『自分では無理です』とは言わなかったので、ある程度自分でも行けるという気にはなったのではないでしょうか」と、社会人野球のレベルを見ての千賀の意識を振り返っていた。
目指す世界の選手たちのプレーを見て、その意識を育てていくということも大事なことである。まさに、百聞は一見に如かずである。
三軍制があったことが千賀にとって幸運だった実は当時、蒲郡にはもう一人190cmを超える投手がおり、金子監督としては、千賀と使い分けながら夏の大会を戦っていこうと考えていた。その初戦は、愛知商に対して、千賀が期待通りに好投して快勝。しかし、次の試合では、後半に千賀を予定していたところ、序盤に点を取られたものを返すことが出来ずに結局敗退。千賀の夏は終わった。ただ、すでに次を見据える意識になっていた千賀は、次への進路を意識していていたということもあってか、意外とあっけらかんとしていたという。試合は負けたけれども、最後に投げて自分は納得のいく球を投げられたということも大きかったようだ。
ただ、それから1カ月半、最終的にプロ志望届を出すまでには本人は悩んだという。最終的には、「今、声かけられてやってダメだったら、結局4年後もダメだということ」という言葉が、気持ちを動かした。親は、将来の不安を気遣って大学進学を進めていたが、どうせならば一番高いところのレベルで鍛えてもらおうという意識が固まっていった。それで、ほぼ内定をもらっていた地元の大学も断って、志望届を提出。プロの自分に対する評価に賭けた。
千賀にとってラッキーだったのは、ソフトバンクがその年から三軍制を敷くようになっていて、素質のある選手を鍛えていこうという方針を取って育成枠を広げていたことだった。そして、入団1年目はファームの公式戦でも試合登板もなく、しっかりと鍛えられて、2年目に支配下選手に登録され、背番号も21を与えられ一軍デビューも果たした。3年目には初勝利も記録。（現在は背番号41）5年目は、肩の故障もあって出番が少なかったが、6年目となった2016年に12勝を挙げるなど大ブレイクした。
金子監督は千賀の高校時代の一番の印象としては、こう語っている。「ストレッチというか、準備運動はよくやっていました。人の倍以上はやっていたのではないでしょうか。それを自分がよりいいパフォーマンスを発揮するためという意識で、しっかりと取り組んでいたと思いますね。このあたりは、今にも繋がっているのではないでしょうか」
準備の意識の大事さを強調する。地区大会でも、ほとんど勝っていないような無名校からのプロ入り。そして、侍ジャパンの投手陣に選出されるまでの成長を果たした千賀。「会う度に、どんどん野球に対してどん欲になっていっていますね」金子監督は、まだまだ心身ともに成長していく教え子の活躍に目を細めている。
「今の選手たち（豊橋商）には、上でやっていくことができる選手は高校時代には、こうだったよということで話しています。千賀が2年の冬によく走っていたことや、ストレッチなどの準備が入念だったということは話します」
最後に、金子監督から、千賀 滉大へのエールも送られた。「自分らしさは失わないで、どん欲に、何でもどんどん吸収していこうという姿勢、それはもっと伸ばしてください。準備が9割という意識も、忘れないでほしいですね。精神的にも成長して、活躍していく姿を見ると、私自身も『負けちゃおれんな』という意識にもなっていきます。お互いに、頑張りましょう」
（文・構成＝手束 仁）
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