サントリーホールディングス社長 新浪剛史(にいなみ・たけし) 1959年生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了、MBA取得。95年ソデックス社長。2002年3月ローソン顧問、5月社長就任。14年5月から7月までローソン会長。14年10月より現職。サントリーでの創業家以外の社長は初めて。

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■「何とかなるさ」で社長を引き受けた

【弘兼】新浪さんがサントリーの社長になる、と聞いたときには大変驚きました。ああいうトップ人事の打診は、どれぐらい前からあるのですか。

【新浪】いま(2015年12月)からだと、2年くらい前です。

【弘兼】佐治信忠さん(現会長)からの誘いだったわけですよね。

【新浪】そうですね。

【弘兼】お付き合いはいつから?

【新浪】僕がローソンの社長になってからですから、13年前からですね。それから年に数回、会食やゴルフでご一緒していました。

【弘兼】なるほど。そうした場面で「うちの経営をやってみないか」と言われたんですね。どう思いましたか。

【新浪】ローソンの社長を務めていたときから、サントリーという会社にものすごく好感を持っていたんですよね。毎年、2月頃にサントリーの販売会社との慰労会があって、営業現場の人たちと話すと、おもしろいし、とても愉快なんです。いい会社だなとずっと思っていたんです。

正式に打診をいただく前の段階では、「まだローソンを辞めるわけにはいかないな」と思っていました。自分の後を任せられる人がいなかったので、お話を真面目にうかがうということもできなかった。

しかし、2010年に玉塚元一(現社長)に顧問として来てもらい、11年からは副社長として経営を任せられるようになり、状況が変わりました。玉塚社長という後任がいるなら、考えてみてもいいかもしれない。こういう言い方は不適切かもしれませんが、「おもしろい会社だからいいかな」と思ったんですよ。

【弘兼】自分の人生を大きく左右する決断ですよね。相当な覚悟が必要だったんじゃないですか。

【新浪】佐治さんの人柄で決めてしまったようなものです。事業の概要や財務の状況、会社の歴史といったことを詳しく知ったのは決めた後です。本来だったら真面目に考えなければいけないんでしょうけど。

【弘兼】サントリーの経営は創業以来、代々創業家が続けてきました。外部から社長を招くのは初めてです。

【新浪】何人かを連れてくればまた別の話だったと思いますが、1人で来たので、いま考えると「よくそんなことをしたな」と思いますね。

【弘兼】単身で乗り込んだわけですね。

【新浪】「真面目に考えて」というよりも「何とかなるさ」と思ったんでしょうね。佐治さんも後押ししてくれるのだから、とにかくやってみようと。僕、変な性格なんですね。振り返ってみると、「よくそんなことやったな」ということがある。前のめりになると、深く考えずに、「まあ、いいか」となっちゃう。

【弘兼】すべてを整えてからスタートするのではなく、スタートしてから「走りながら考える」というやり方ですね。新浪さんは後者のタイプ。

【新浪】佐治会長との二人三脚なら何とかなると考えていましたね。それに弘兼先生は「ザ・プレミアム・モルツ(プレモル)」が大好きですよね。後から気付いたのですが、他社に行かなくてよかったです(笑)。

■アメリカ人の多くは「愛社精神」に乏しい

【弘兼】まず何から始めましたか。

【新浪】何かをするというよりも、何が起こっているかわからないので。

【弘兼】まずは現状の事実を掴む。

【新浪】ということで、工場や販売会社など現場を回ることから始めました。オフィスをこの目で見て、社内の雰囲気を感じたかった。

【弘兼】何がわかりましたか。

【新浪】一番大きな課題というのは「グローバル化」だとわかりました。これまでサントリーは国内市場で、他社にはない独創的な商品をつくってきた。会社は社員をすごく大切にするし、こんなに社員に愛されている会社もない。あらためてすばらしい経営だと思いました。

一方で、買収した米国のビーム社はまったく社風が違う。いろいろな企業を経てから外部からビーム社に入ってくる経営幹部が多いんです。会社へのロイヤルティよりも、自分の人生を生き抜くことを優先する。だから下から上がってきたという経営幹部は少ないんです。外から入ってきて、「これ以上は出世できそうにない」と思うと辞めてしまう。

【弘兼】日本のプロ野球選手とアメリカのメジャーリーガーのような違いですね。アメリカでは優秀な選手ほど、年俸の高いチームにあっさり移籍します。チームを移ることへの抵抗が少ないので、個人がどれだけ活躍できるかに注目が集まりやすい。

【新浪】どちらにもいい面がある。我々は「インテグレーション(統合)」と呼んでいます。文化の違いをどう乗り越えるかいまだに悩んでいます。

【弘兼】たとえばどんな違いですか?

【新浪】会議で、ビーム社側から「××をやりたい」という提案がありました。すると日本のメンバーが黙っているので、「みんな賛成している」と思ってしまう。アメリカでは反対意見があれば、手を挙げて「絶対反対!」と言いますから。帰国して「日本側の賛成を得られた」と報告したのに、3カ月後に「あれは反対だ」と突き返されてしまう――。

【弘兼】海外では会議で発言しなければ、欠席と同じだといいますよね。

【新浪】彼我の差がすごくあるわけなんです。またアメリカでは1対1の面接でミッションを決めて、それだけをしっかりやる。そういう働き方が普通です。一方、日本では周りに気を使って、後輩の面倒を見て、チームワークで仕事をする。だから物事の決め方や進め方が全然違う。

【弘兼】日本企業に共通する悩みです。

【新浪】ここで思ったのは「急がば回れ」。慌てて進めればハレーションが起きて、ダメになってしまう。感覚的にそう思ったんですね。

どちらも自分たちのやり方がいいと思っているので、お互いのよさを学べばいい。ビーム社は、事業の選択と集中が上手い。マーケティングや収益力を強化する方法論を持っています。これに対してサントリーには「ものづくり」の強みがあります。日本のものづくりの技術力は高い。会社へのロイヤルティの高さが、その裏付けです。お互いの違いがわからなければ、彼我の差も埋められません。いま人事の相互交流を活発にやっているところです。

■なぜ日本の「山崎」は「スコッチ」に勝ったか

【弘兼】僕はかつて松下電器(現パナソニック)にいましたが、サントリーと似ていて、社員の忠誠心がとても高い。その根底には創業者である松下幸之助さんの教えがあると感じます。日本的経営の強みです。

【新浪】その通りです。どんなに企業がグローバルになっても、創業精神という根っこをなくしてはいけない。だからビーム社にもサントリーの創業精神をしっかり理解してもらい、それに基づいて行動してくれと言っています。常に新しいものをつくり、それを世の中に伝達させ、そこで得られた利益を世の中に還元していく。創業精神とはそうしたものです。

【弘兼】「やってみなはれ」もそのひとつですね。

【新浪】はい。実現には長期的な視点が欠かせません。アメリカでは短期的な視点で報酬を得ようとしますが、サントリーの創業精神は必ず理解してほしい。だから僕は、ビーム社の経営幹部をもっと下から上げるようにしたいと考えています。

【弘兼】実現すれば大改革ですね。

【新浪】ビーム社も同じ「ものづくり」の企業です。しかも創業は1798年で、サントリーより100年以上も古い。主力商品である「ジム・ビーム」はバーボンの中のバーボンです。日本的な創業精神が根付く土壌はあると思っています。

【弘兼】ビーム社の買収には1兆6500億円という巨額が投じられました。ただ強みを持つバーボンは、トウモロコシを原材料としたウイスキーで、消費のほとんどはアメリカです。今後、市場拡大は望めますか。

【新浪】世界の酒類市場は年率5%程度で成長を続けています。そのなかでもホワイトスピリッツ(ウオツカなどの蒸溜酒)より、ブラウンスピリッツ(ウイスキーなどの蒸溜酒)に人気が集まっています。つまり「何年か樽で寝かせる」という酒です。

たしかに欧州では(麦芽を原材料とした)スコッチ・ウイスキーが伸びています。生産に時間がかかるため世界的に供給は不足気味です。ただ、バーボンの人気も高いんです。欧州でもドイツではバーボンが飲まれていますし、ロシアや中南米、インドなども有力な市場です。さらに注目しているのは中国です。バーボンは少し甘みを感じる酒で、アメリカではワインも甘めが売れ筋。そして中国でもワインは甘いものが売れています。国ごとに味覚には違いがあると思いますが、これから中国ではバーボン市場も可能性があると思っているところです。

【弘兼】日本でもウイスキーの市場が復活しつつありますよね。

【新浪】はい。世界的な流行になっています。特に伸びているのは「プレミアムクラス」と呼ばれる高級酒。うちでは「山崎」や「響」ですね。

【弘兼】昨年発売されたイギリスのガイドブックでは「山崎シェリーカスク2013」が、初めて世界最高のウイスキーに選ばれました。サントリーの「ものづくり」が世界に認められたと思っていいのですよね。

【新浪】ウイスキーの生産技術は、1年で急速にブレークスルーを迎えられるような世界ではありません。品質向上に向けた努力を続けて、コツコツと改善を重ねるしかない。そしてとにかく丁寧につくる。手を抜かないことです。

【弘兼】だから本場のスコッチに勝つことができた、と。ブランドを維持するには、同じやり方を続けるだけではなく、地道な改善を重ねていく必要があるということですね。

【新浪】その通りです。

【弘兼】2015年12月には私の好きな「プレモル」も、2年9カ月ぶりの刷新が行われました。ビールでも改善を重ねるというのは同じですか。

【新浪】はい。どんなヒット商品であっても、お客さんの嗜好に合わせて変えていかなければ生き残れません。

■ビール市場の大変化は挑戦者にとっての商機

サントリーのビール事業は1963年に始まった。だが、45年間赤字事業だった。黒字転換したのは46年目の2008年のこと。要因は通常のビールより2割ほど高い「ザ・プレミアム・モルツ」の強化だった。華やかな香りと濃厚な味わいを武器に、プレミアム市場を拡げた。

【弘兼】一番はじめの「プレモル」は、ものすごく香りが強かった。だんだん穏やかになってきて、また最近リファインをして品質に磨きをかけていますよね。

また2015年3月に出た「マスターズ・ドリーム」はさらに美味しい。ただ、価格もさらに高い。コンビニの店頭では1本300円以上します。

【新浪】ありがとうございます。「マスターズ・ドリーム」のヒットは心強かったですね。何しろ開発に10年以上をかけていて、非常にコストがかかっています。テイストも、うま味と香りを追求していて、キレを重視する他社のビールとは違います。価格も高い。それでも予想以上に売れたんです。「お客さんのニーズはここにある」と自信になりました。

そこで2015年9月にはスタンダードのビールを「ザ・モルツ」として、うま味重視に切り替えました。「マスターズ・ドリーム」の技術を使っていますから、充分なうま味が感じられると思います。

【弘兼】「ザ・モルツ」の宣伝は印象に残っています。販売状況は?

【新浪】お陰様で販売は好調です。我々を支える大きなブランドになると思います。つい先日、開発には「安売りされない商品をつくろう」と指示したところです。スタンダードビールは小売店ではすぐに安売りの対象になってしまう。10円安いことが競争力になる市場です。我々は逆に10円値上げしてもお客さんに欲しいと思われる商品を出していきたいんです。だからもう一段階おいしくするには、何をすればいいのか。それを考えようと話しています。

【弘兼】テイストを変えたくない他社にとってみれば脅威ですね。

【新浪】我々はビール市場ではチャレンジャーなので、こういう戦略が取れる。何十年も売れている商品がある場合は、変えるのは難しい。でも我々はまったく違う味にも挑めます。

振り返ると、ローソンでの戦い方も同じでした。同じことをやっているだけでは、上位のチェーンに必ず負けてしまう。違うところに挑まなければ、勝つことはできません。

【弘兼】世界的にみるとビール市場では寡占化が進んでいますね。15年11月にはビール世界最大手のABインベブが2位のSABミラーを1000億ドル超(約12兆円)での買収を発表しています。

【新浪】こうした世界の競合を相手にしたときスタンダードビールで勝負するのは難しいと思います。一方でプレミアムビールは可能性があります。海外から来たゲストからは、よく「『プレモル』はどこで手に入るんだ」と問い合わせを受けます。原材料や生産拠点が限られているため、現状では国内販売がメインですが、将来的には海外での販売拡大も検討したいと思いますね。

【弘兼】スタンダードビールの消耗戦には付き合わないのですね。

【新浪】そうです。我々はスタンダードビールではなく、プレミアムビールが中核の会社だと思っています。

■売上4兆円は必達、目標仕事のやり方を見直す

【弘兼】これから新浪さんが一緒に働きたいというのは、どんな人ですか。

【新浪】常に新しい価値をつくろうという意欲があり、それをいろいろな国の人たちと「ワイガヤ」で一緒にできる人ですね。

【弘兼】そうなると英語は当然。

【新浪】そうですね。英語は習得しなければならないと考えると堅苦しいんですが、単なるコミュニケーションツールと考えれば楽になります。下手でもいいので、議論に参加できるようにしてほしい。

【弘兼】新浪さんは1991年にハーバード大学に留学して、MBAを取得していますよね。英語では苦労しませんでしたか。

【新浪】意思疎通には困りませんでしたが、発音なんかひどいものですよ。重要なことは発音よりも内容です。ハーバード大学では「ケーススタディ」といって決まった解答のない議論をします。そこでは議論を通じて相手を納得させる必要がある。どんなに英語が上手くても、中身のないことを話すだけでは落第です。

【弘兼】2014年度の売上高は2兆4552億円。国内飲料メーカーでは1位ですが、さらに2020年に売上高4兆円という目標を掲げています。この数字にはどんな意味が?

【新浪】4兆円は「必達目標」だといっています。ただ、単に4兆円に到達することに目標を置いているのではなく、そのためにどのように仕事のやり方を変えるか。そのことのほうが重要だと考えています。これまで通りのやり方では無理です。グローバルに通じるやり方に変えていかなければいけない。

【弘兼】そのためにはビーム社のよさも吸収していく必要がありますね。たとえば将来的にはビーム社から社長が出てくる可能性もありますか。

【新浪】それもいいんじゃないでしょうか。逆に日本人社員もチャレンジしたい人がいれば、アメリカに出していこうと思っています。向こうでは、日本と違って30歳ぐらいで部長になれますから。国外で経験を積み、成長してもらって戻ってきて役員になってもいい。そうやって仕事のやり方をがらりと変えていく。そんな変化を起こすことが僕のミッションだと思っています。

■弘兼憲史の着眼点

▼大企業の経営者は日本経済全体に責任あり

私の漫画「島耕作」では、物語のリアリティを高めるため、複数の実在する人物をモデルにしています。シリーズが「会長」に移ったとき、モデルとした1人が新浪剛史さんでした。

漫画では、島が社長を務めた「テコット」の社長交代会見で、島と新社長がこんなやりとりをします。

新社長「社業はできる限り、社長の私が頑張ってやりますので、島会長におかれましては、日本経済発展のために存分な力を発揮してください」

島「社業30%、財界活動70%のスタンスでいこうと思っている」

このシーンを描くにあたり念頭にあったのが、ローソンで社長、会長を務めた新浪さんの働き方です。大企業の経営者は、自分の会社だけでなく、日本経済全体にも責任を持たなくてはならない。新浪さんの多忙な日々をうかがっていると、その志を感じます。

▼「いまが日本を変える最後のチャンスだ」

新浪さんが社業以外で時間を割いているもののひとつが、2014年9月から務めている経済財政諮問会議の民間議員としての仕事です。会議では議長である安倍晋三首相のもとで、国の予算編成の方針や、経済や財政運営の基本方針「骨太方針」などを議論します。さらに新浪さんは諮問会議の下に今年新設された「経済・財政一体改革推進委員会」の会長でもあります。

会合は月3回ほど。そのために週末の夜、休日返上で資料の読み込みや勉強会を行っているそうです。午後7~8時から始めて、遅いときは午前1~2時頃まで。どうしてそこまでやるのか。尋ねると、こんな返事でした。

「経済財政諮問会議は日本経済のコントロールタワー。ここはしっかり、真面目にやらなければいけません。いまが日本を変えられる最後のチャンス。ここで勢いがつかなかったら、日本はダメになってしまう。だから納得するまで資料を集めて、自分の言葉で発言するようにしているんです」

いやはや島耕作以上の熱い男です。

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弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。

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(田崎健太=構成 門間新弥=撮影)