砂防会館、赤プリ、社会党本部... 「老朽化」で変わりゆく永田町エリアを歩いた
自民党・二階派(志帥会)が事務所を構えていた、東京都千代田区の「砂防会館」本館が、まもなく取り壊される。
砂防会館に限らず、近隣では「政治の舞台」が、相次いで建て替えられている。変わりつつある日本の中枢、永田町・平河町エリアを歩いた。
自民党本部があった時も
砂防会館は、「本館」(1957年完成)と「別館A」(84年)、「別館B」(93年)からなっている。結党当初の自民党が本部を置いた時期もあり、政界の有力者や派閥が60年にわたり権力闘争の拠点としていた。
砂防会館「本館」
砂防会館「別館」(手前)
とはいえ、本来は政治のための建物ではない。「砂防」の名の通り、全国治水砂防協会が、みずからの活動のために作ったものだ。いまも建物の前には、日本の砂防技術の礎を築いた、赤木正雄博士の像が置かれている。報道によると、本館はまもなく取り壊され、建て直すという。
赤木正雄博士の銅像
「赤プリ」の再開発も進む
姿を消す政治スポットは、砂防会館だけではない。たとえば「宏池会」のあった日本自転車会館は2013年、再開発で取り壊された。また森喜朗・小泉純一郎・安倍晋三・福田康夫の歴代首相を輩出した「清和政策研究会」が事務局を置いていた「赤プリ」(赤坂プリンスホテル)も11年3月に営業終了し、再開発が進んでいる。
「赤プリ」跡地にビル建設
砂防会館から数十メートルの赤プリ跡地。一帯は「東京ガーデンテラス」として再開発され、後継となるホテル「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」が16年7月オープン予定だ。旧館(旧李王家東京邸)は「赤坂プリンス クラシックハウス」として生まれ変わる。
「旧館」は残る
いわゆる「55年体制」の成立から60年余。社民党(社会党)の本部があった「社会文化会館」(1964年完成)も、耐震性の問題で解体された。政治家たちはいま、対立勢力だけでなく、老朽化とも戦っている。
かつての社会文化会館(J-CASTニュース、12年12月21日撮影)