小笠原 昭治 / インターアクティブ・マーケティング

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1.ドリルを売るなら穴を売れ?

「人は、ドリルが欲しくて、ドリルを買うのではなく、穴を開けたくて、ドリルを買う」

「ドリルを売りたければ、ドリルを売るよりも先に、穴を売れ」

セオドア・レビット教授のベストセラー「マーケティング発想法」で紹介された有名な事例です。

これを、顧問先の勉強会で議題にあげたところ、一人の営業マンから、

「そんなん、机上の学問と違ゃいますのん?

ウチら営業に言わせてもらうと、ドリルを売るなら、穴やなくて、ドリルを売らな、売れるモンも、売れまへんて。

それに、ドリルゆうたら穴ぁ開けるもんやて、誰でも知ってはりますわ。お客様をコケにしたら、あきまへん。ドリルを、何に使うたらエエか、知らずに買うほどアホやおまへんで?

お客様は、穴が欲しいのやなく、ドリルが欲しくて、ドリルを買う。当たり前の話ですやん」

という意見が出て、

「一理ある」

と妙に納得してしまいました(笑)

その営業マンは、筆者の弟子を自称する(笑)優秀な営業マンで、マーケティングにも精通しています。習熟度は、社内随一でしょう。

その彼が、マーケティングの基本中の基本である「ベネフィット」を否定的に解釈するあたり、とてもユニークで、それが単なる否定ではなく、現場に即した実体験に基づいているところが愉快でした。

確かに、もって回った売り方では、商機を逃すことがあります。「ここぞ」という時は、

「このドリル、今が買い時でっせ。買いなはれ」

と、背中をポンと押してあげなければならないことが時々あります。おそらく、それを言いたかったのでしょう。

2.守破離の「離」に共通するのは、師がいたこと

かの営業マンは、守破離(しゅはり)の、破(は)の段階へ進んだ人です。

ご存じの通り、守破離とは、道を究めるために、

  1. 守(しゅ)… 師の教えをり、破るべく、修行する
  2. 破(は)… 師の教えをり、離れるべく、修行する
  3. 離(り)… 師の教えをれ、独自の境地を開く

という三段階の修行法。

幕末の剣豪で、北辰一刀流を創始した千葉周作が唱導に用いたためか、今でも、剣道の修行法として教えられることが多いようです。

(守離破という人もいますが、守離破は誤りで、正しくは、守破離)

守破離の出典は、諸説あります。

仏教(ブッタ)という説もあれば、能(世阿弥)という説もあります。

武田流軍学の「甲陽軍鑑」が初出で、そこから、千利休の茶の湯へ取り入れられたという説もあります。

余談ですが、守破離を、能や連歌では「序破急」といい、仏教では「習絶真」というそうです。

能にも、仏教にも、独自の呼称があるということは、重複した意味の守破離を用いるまでもありませんから、これらは外して考察していいのかも知れません。

とすると、残るは、甲陽軍鑑。戦国武将のコンサルタントだった小幡景憲らしい大言です(笑)

余談に余談を重ねますと、出家したシッダルタは、まず師を求め、故きを温ねて、悟り、新しい教義を開きました。ブッタは守破離の「離」の人でした。

ピカソも「離」の人でした。

見事な習作を描くピカソが、晩年には、上手なのか下手なのか分からないキュビズムを描くようになりました。

ピカソの有名が言葉が、キュビズムを黙示しています。

「なぜ、自然を模倣しなければならないのか?それくらいなら、完全な円を描こうとするほうがましだ」

マーケティングや、マネジメントを語るにあたって、レビット教授と並び称されるドラッガー教授を師と仰いだユニクロの柳井会長も、ドラッガー教授を離れて、独自のビジネスを創始した「離」の人。

彼らの「離」に共通しているのは、先ず、師がいたこと。

師の教えに対する順従と共振の果てに物足りなさを感じ、昇華の延長線上に「離」へ至る閃きや、天啓に似た開眼の瞬間があったのかも知れません。

それは、守を破った先にある境地なのでしょう。

これぞ、守破離。繰り返しますが、守離破ではありません(笑)

3.守破離の守(基本)あっての破(応用)

彼(か)の営業マンへ話を戻しましょう。

彼は、レビット教授のマーケティング発想法(ドリルを売るより先に穴を売れ)を知りつつ、その教えの殻を破りました。

破ったとはいえ、背くのではなく、教えを会得した上で、その教えを破り、自分なりのものにしました。

それが「ドリルを売るなら、ドリルを売れ」。マーケティングでいうところのベネフィット(便益)です。

彼は、ドリルメーカーの営業マンではありませんが、もし、彼が、ドリルを売るとしたら、おそらく、

「直径6センチの穴を開けるなら、このドリルが最適です」

と、ドリルの販売を最優先しつつも、レビット教授のマーケティング発想法に則って、

「早く、安全に、完璧な6センチの穴を開けるなら、このドリルをお薦めします。作業が捗(はかど)りますよ」

と、ベネフィットを売るに違いありません。

ドリルを売るなら、穴を売るという基本的な考え方(守)が土台になった「ドリルを売るなら、ドリルを売れ」という発想です。

ところが、マーケティングの基本(ドリルを売るなら穴を売れ)を知らずに(守の段階なく)営業すると、

「このドリルは、毎秒30回転の超高速で、二重の安全弁がついていて、斬新なフォルムで、軽くて、小さくて、持ち運びやすい収納箱まで付いています」

のように、機能を羅列するでしょう。まるで、商品パンフレットを読み上げているようなものです。

平たくいえば、二重の安全弁がついているから、「だ・か・ら・何なんだ?」ということです。

あなたなら、商品パンフレットを読み上げる営業マンから買いたいですか?

それとも、あなたの望みを叶えてくれそうな営業マンから買いたいですか?

4.マーケティングの4P'sを破り、離れた、4C's

マーケティングの4C'sも、基本の4P'sを守り、破り、離れたマーケティング理論です。

【4P's】
マーケティングの4P(ふぉーぴー)とは

  1. 製品(Product)
  2. 価格(Price)
  3. 流通(Place)
  4. プロモーション(Promotion)

以上4つの頭文字Pをつなげたフレームワークで、ジェローム・マッカシー教授が1960年に唱えました。

【4C's】
マーケティングの4C(ふぉーしー)とは

  1. 顧客にとっての価値(Customer Value)
  2. 顧客にとってのコスト(Cost to the Customer)
  3. 買いやすさ(Convenience)
  4. コミュニケーション(Communication)

以上4つの頭文字Cをつなげたフレームワークで、ロバート・ラウターボーン(ローターボーン)教授が1993年に唱えました。

時系列にすると、マッカーシー教授が唱えた4P(売り視点)を、ローターボーン教授は、30年かけて、4C(買い視点)へ転換しました。

企業主導から、顧客主導へと、時代の移り変わりに即した4C'sは

4P'sより出でて 4P'sより濃し(青は 藍より出でて 藍より 青し)

に喩えたいところですが、なぜかしら、今でも、マーケティングといえば、4Pが一般的で、マーケティング戦略やフレームワークの代表格になっています。

売る側(マーケティングを使う側)が、売る側(マーケティングを使う側)の立場で考えやすいから、4P'sなんでしょうね、きっと。

セグメンテーションでは、4Pの勝ちといったところでしょうか。マーケティングを使うのは、お客さんではなく、企業ですからね。

5.守破離はビジネスのフレームワーク

  1. 守破離の「守」は基本。基本の型をり、専ら繰り返すべし。
  2. 守破離の「破」は応用。型をるべし。これ即ち、型破りなり。
  3. 守破離の「離」は新型。師より学んだ型かられ、新しい型を作るべし。

新型を作るのが、ビジネスでいうところの、新製品や新事業とすると(海外のビジネスマンに好評な「五輪の書」と同様に)、守破離は、万国共通のビジネスのフレームワークにもなり得ます。

破を深思すべく、冒頭のレビット教授のドリルの話に戻ると、

「人は、ドリルが欲しいのではなく、穴が欲しい。だから、穴を売る」

これが「守」にあたる基礎。

その基礎を、例示の営業マンは守り、穴を、繰り返し、繰り返し売った結果、

「人は、ドリルが穴を開ける道具であることを、知っている。よって、ドリルを売りたければ、ドリルを売れ」

という新解釈をもってして破りました。レビット教授という師の教えを破った「破」です。

教えを愚直に守ることによって、

  • ある時には、疑念が湧き、
  • ある時には、改善策が浮かび、
  • 常に、苦悩と解決を繰り返すうち、
  • いずれ、創意工夫が生まれ、

独自の方向性へ進むことができます。「破」の段階です。

その先に「離」があります。

離を求めるには、先ず、師を求め、守に徹することです。その先に「破」があり、「離」があります。

守破離は、仕事に生きるビジネスパーソンの考える枠組み(フレームワーク)、延いては、生き方といっていいでしょう。

ちなみに、筆者の離は、

マーケティングの4P'sを守り、破り、離れた、マーケティング戦略である、

  1. 高度経済成長期に完成した短期探索営業戦略を守り、破り、離れた、長期接触営業戦略と
  2. 誰に売る?を考え、守り、破り、離れた「誰が買う?」という顧客を軸に考える相対的顧客戦略と
  3. 商品開発を考え、守り、破り、離れた、本質・価値・選択・接触、4つのキーワードで新しい価値を創造する付加価値戦略

以上の上位階層に位置する経営戦略顧客よりも先に味方を増やす経営戦略の体系図です。

最後の最後に、ちゃっかり(笑)宣伝でした。