「育休は甘え」なのか? 非正規も正規もゆれる育休問題

写真拡大

先日、子育て中の女性社員にも平等なシフトやノルマを与える資生堂の働き方改革、いわゆる“資生堂ショック”をNHKの番組で紹介していた。

“資生堂ショック” 改革のねらいとは|NHKニュース おはよう日本
http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/11/1109.html

番組では、2013年に資生堂の人事部が子育て中の美容部員に向けて配布したDVDを紹介していたが、その内容は「(育休や時短の)制度に甘えるな」と役員が呼びかけるきびしいものであったため、ネット上では大きな反響を呼んでいた。

放送内容によれば、子育てをしていない美容部員から「不公平だ」と声をあげられ、制度運用の見直しを迫られた経営陣が出した結論が、「短時間勤務の社員も公平に土日勤務や遅番をこなしてほしい」というもの。

「えっ?」
このニュースを見た正直な筆者の感想がこれである。

シフトのある職業での時短について、子どものいない人に遅番や土日出勤が集中することで不満が出るのは理解できる。

しかし、その不満の矛先は育児中の社員でいいのだろうか……?


これでは経営陣が従業員に責任転嫁し、丸投げしていると思われても仕方がないだろう。

育児に時間をとられる社員が増えたことと経営悪化が、もしかしたらイコールだったのかもしれないが、時短勤務者が土日や遅番をこなすようになっても業績が変わらなかった場合、原因はそこだったのか?ということは、のちに問われることだろう。

時期を同じくして、日本ロレアルが美容部員向けの時短制度利用対象者を、子どもが3歳の誕生日を迎えるまでと定めていたものから、10歳までに引き上げると報道されている。

真逆をいくこのふたつの化粧品会社の対応だが、ネットで見かけた「不買運動をするのではなく、カウンターで『育児中の時短の方はいますか?』と尋ねてその人から買おう」というポジティブな案には私も便乗しようと思う。

■国の意向と資生堂の共通項


そういえば、この手の話は最近別のところでも聞いたことがある。
現政権が打ち出している、「三世代同居のススメ」である。

希望出生率1.8を達成するため、出産や不妊治療への助成を行い、子育てや親の介護がしやすい環境を整備するため、三世代の同居を促進し、住宅改修費用の補助を充実させる考えだ……というニュース。

前者は、まあいい。「出産や不妊治療への助成」は出生率を上げるにはいいトリガーとなるであろう。

しかし後者はどうなのだろう。
「子育てや親の介護がしやすい環境」=「三世代同居」。
このロジックがどうにもしっくり来ない。

“保育園も老人ホームも足りないし、建てようとしても反対されて面倒だし、もう、そこは各家庭が勝手にやってくれ”と、丸投げしているように筆者は受け取った。

育児も介護も、家庭内だけで完結していてはいつか破綻を起こすだろう。
介護疲れによる殺人や、近年では、孫の面倒を見るのに疲れて幼い子に手をかけてしまった高齢者の事件もあった。

お互いがちょうどいい距離感でいるためには、“外注”の力が必要不可欠なときもある。

もうひとつ、「三世代同居」が出生率上昇に効果があると思った理由が、筆者には理解できない。完全に離れになっているか“近居”ならまだしも、夫婦以外の大人が同居している前提で、どうやって“子どもをふやす努力”などできようか。子どもが隣の部屋にいたって気になるのに……と思うのだが。

どんな出産方法であっても、妊娠、出産、育児を通して、“痛み”を伴わないことはほぼないといっていいだろう。

子どもを持つことがデメリットに感じるような話ばかりが聞こえる昨今、よほどの優遇措置でもできない限り、わざわざ痛い思いをして子どもを産む人が増えるのか、私にはわからない。このままでは出生率が「1.8」になるどころか、今年のデータより上げることすらきびしいのではないだろうか。

■出生率を上げたいのなら、非正規雇用者にも育休を義務付けてはどうか


11月4日に厚生労働省が発表した「就業形態の多様化に関する総合実態調査」では非正規雇用者の割合が上昇し、初の40%台に達した。

なお、正社員の男女比では女性の割合が約30%、非正規雇用者では、女性の占める割合が60%を越える。

筆者も現在、非正規雇用者という位置づけである。ちなみに正社員の経験はない。
非正規雇用者として、2度の出産を経験しているが、いずれも育休の取得にはいたらなかった。

1回目は産休終了とともに派遣契約が切れ、無職となった。
2回目は、育休がつかなかったために、意地と根性だけで産休明けに復帰したが、心身ともにダメージがひどい。正直、他人に薦められる手法ではない。

現在、厚生労働省の労働政策審議会(雇用均等分科会)では、育児・介護休業制度の見直しについての審議が行われている。これは12月まで続くとのことだが、現在NPO法人『マタハラ対策ネット』( http://www.mataharanet.org/ )では、「非正規でも産休育休がとれる社会になるよう、育児介護休業法に改正を!」と題した署名活動を行っている。

非正規雇用者が育休を取得できるためには、以下の3つの条件があり

(1)同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
(2)子の1歳の誕生日以降も引き続き雇用されることが見込まれること
(3)子の2歳の誕生日の前々日までに、労働契約の期間が満了しており、かつ、契約が更新されないことが明らかでないこと

(1)は大丈夫でも(2)と(3)に阻まれ、育休が取れなかったのが筆者である。(2回の出産ともに)

じつはこの「雇用されることが見込まれること」「契約が更新されないことが明らかでないこと」というのは非常にあいまいな表現であり、これは筆者のケースだが、「じゃあ、いっそのこと、契約が更新されないことを、明らかにしちゃおっか!」となることが実際に起こる。

そこでこの署名は、育児法から非正規の育休取得要件3つを緩和するよう、申し入れるものである。

この署名活動について『マタハラ対策ネット』代表の小酒部さやか氏にお話を伺った。
パート・派遣などの非正規の育休復帰率はわずか4%という悲惨な数字なのをご存知ですか?
女性にとってつらいのが、育休が取得できないと、[1]育児給付金がもらえない。[2]保育園に子どもを預けることが出来ず、その後の就労が叶わない。という2つのハシゴを外されてしまうことです。
非正規の育休取得に3要件が課されていることによって、企業側は「非正規には育休の制度がない」⇒「産休を取っても仕方ない」⇒「妊娠した時点で辞めろ」というロジックで女性を退職に追いやり、2つのハシゴを外してしまいます。
(2)(3)の要件は不確定要素が多く、海外の要件に比べても壁が高いと言われています。今回の育児法の法改正で、この3つの要件の緩和を是非とも求めます。
署名へのご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。


■子どものために時間を割くことは、甘えなんですかね?


筆者は育休を2回の出産ともに取得はできなかったし、時短も取らないまま現在に至るのだが(※時短は制度として存在する)、同じ職場で働く正社員はそのどちらも駆使して現場に戻ってきている。

しかし、彼女たちに対して「ずるい」「不公平だ」と思ったことはないし、もちろんその制度をつかうことを「甘え」だなんて思わないし、今後もそのように思うことはないだろう。

もちろん不公平感はある。

私だって時短勤務したいなあと思うこともある……その分の時給が減らないのならば。

2月に生まれた次男は、5月入園で空きの出たところに入れたため、今はきょうだい別園になっているのだが、仮に育休が取れれば、次男を1歳児クラスの4月入園で、長男と同じ保育園に入れることも可能だっただろう。

「子の看護休暇」が有休になる会社の話を聞いて「いいなあ!なんでうちは無給なんだよ!」と思うこともざらだ。

しかしそれらは、制度を利用する人に向けて不満を口にしてもただ不毛なだけで、その制度の元になるところに言っていかなければなにも変わらないし、無用な軋轢を生むだけである。

「ずるい」と思う気持ちには「自分はその立場になれないから」というのがセットだと思うが、妊娠は“明日はわが身”ということだってある。

今話題に上がっているのは育児に時間をとられる社員についてだが、ぼやぼやしているとこれが“介護”というテーマにすり替わるどころか、どちらもが「せーの!」でやってくるのだ。いつ、どこでブーメランのように自分に跳ね返ってくるかなんて、誰にもわからない。

異なる背景を持った社員がそれぞれ不公平感を抱かないように調整するのは会社の仕事であり、それにより会社に負担が増えすぎないようにするのは国の仕事であり、その「国の仕事」をする人はもっと視野を広く持たねばならないのだろう。

結婚をしていてもそうでなくても、子どもがいてもいなくても、性別がなんであっても、生きやすい社会の仕組みを作っていかないと、最終的に自分の首をしめるだけの結果にならないだろうか。

ワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。