安保法と台湾事変/純丘曜彰 教授博士
民主、共産、社民、維新が集団で決然と反対の意思を示せば、自民も強行採決はしないだろう、と言っているのを見て、無理じゃね? 強行もなにも、どうやっても、数、足らなくね? と思っていたが、やはりこうなった。次に改憲論者の安倍が控えているのに、野田がわざわざ消費税を上げて露払いをしてやった時点で、この始末は既定路線だった。
でもさ、台湾、米国、日本、韓国が集団で決然と反対の意思を示せば、中国も強行侵攻はしないだろう、って、野党と同じくらい甘くね? 戦争っていうのは、クラウゼヴィッツが言うように、相手が決然と反対してしまっているから、もはや交渉してもムダ、ということで、力づくで屈服させる政治手法。集団的であろうと、そうでなかろうと、すでに完全に中国に数で負けているのに、いったい何を寝ぼけているやら。
ホルムズ海峡が、とか、連休前に、とか、わけのわからないことを目眩ましに政治家たちが言うのは仕方ないにしても、せめて新聞やテレビくらい、ちゃんと本当のところを国民に解説しろよ。問題は台湾海峡で、今週、習近平が訪米する前に法案を通す必要があった、って。首相が、いずれ国民にも理解される、というのも、この事態が起こったときのことを指している、って。
9月3日の中国の軍事パレードは圧巻だった。百機を越えるミサイル。東風21D、通称「空母キラー」。空母とその打撃群(護衛艦隊)を1発で壊滅させる。ここにおいて習近平は重ねて「拡張路線」を否定したが、南沙諸島なんて、フィリピン側からの後詰めを防ぐ布石。阿片戦争で奪われた上海租界(49年奪還)、香港植民地(97年返還)、その対岸のマカオ植民地(99年返還)に続いて、日清戦争で奪われた台湾も取り戻さないことには、中国の「戦後」は終わらない。それは、彼らからすれば、けっして「拡張」ではなく、あくまで「回復」であり、「戦勝」の当然の権利だ。
96年にも、台湾総統の米国招待をきっかけとして、第三次台湾海峡危機として、中国はミサイルで威嚇、米国は3つの空母艦群で対峙。かろうじて事なきを得たが、おそらくここから「空母キラー」の準備が始まったのだろう。05年の「反分裂国家法」で一つの中国の原則を掲げ、段階的平和的に統一を進めることを宣言しているが、同時に、もし台湾が、新憲法を作るなど、独立を訴えるなら、やるぞ、と、はっきり示している。米国は、その後、最新鋭のフォード級ステルス空母を開発配備しつつあるが、「空母キラー」の出現を前にして手詰まり、それどころか、今年、喉元に刺さっていたキューバ問題を解決し、同様に中国の喉元に刺さっている台湾についても、むしろ放棄論が出始めている。
日本も無関係とはいかない。尖閣諸島は、石垣島からも、台湾からも、170キロ。双方が領有を主張している。日本の実効支配などと言ったところで、不動産登記という紙切れの上だけの話で、実際は無人。中国が台湾を併合する際には同時に、台湾が領有を主張する尖閣諸島も、ということになるだろう。台湾は仕方ないにしても、尖閣諸島だけは守りたい、というのが、日本の立場か。でも、完全な勝算が立てられない以上、そんなものに頼らず、もっと別の現実的な方策を考え、早く手を打っていかないとまずい。
さて、習近平は米国で開かれる国連創設70周年記念シンポジウムに出席して、各国首脳とどんな話をするのだろうか。もはや米国は、国際社会のヘゲモニー(覇権)を失いつつある。にもかかわらず、日米安保があれば大丈夫、抑止力で戦争は防げる、などという前世紀的な時代錯誤の世界観に現実逃避しているようでは、先が思いやられる。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。)