「価格・価値・差別化の関係」を理容店のヒゲ剃りで考える/金森 努
■2通りのヒゲ剃りサービス
さて、前回の記事、「サービスの価格と価値を再考する」で、理美容業界(を含むサービス業)の基本的なサービス料金(技術料)は稼働時間に比例して、標準的には10分で1,000円だと述べた。故に、激安と思われている「QBハウス」の価格も、実は業界相場通りで、それを顧客回転率で稼いで実現しているのだということも紹介した。
筆者が時々ヒゲを剃ってもらうのは、15分で1,500円の店と、25分で2,500円の店である。どちらも前述の時間と価格の関係でいえば、「業界相場」ということになる。
2,500円の店は「理髪職人」然としたオヤジが剃ってくれる。たっぷりと蒸らしたタオルとシェービングクリームでヒゲを柔らかくし、アゴの辺りのクセヒゲも皮膚をあっちに引っ張り、こっちに引っ張りして時間をかけ徹底的に丁寧にやってくれる。そしていつも終わると「お客さんのヒゲは大変だよ」と苦笑いする。
1,500円の店はイマドキの髪型をした若いお兄さんか、かわいいお姉さんが剃ってくれる。こちらはとにかく剃るのが早い早い。肌が切れたらどうしよう、皮膚が皮がむけたらどうしようと思うような、ちょっとしたスリルも味わえる。ナゼ手早くやるのかといえば、15分をフルにヒゲ剃りに使うのではなく、まゆ毛の手入れや鼻毛切り、少し崩れた髪の再セットまでやってくれる。そのサービスの時間を稼ぐための涙ぐましい努力なのである。
さて、読者のみなさんはどちらの店を選ぶだろうか?
その答えを考えるにあたって、筆者愛用の2,500円の店と1,500円の店、両店は何をどのように実現しようとしているのかを掘り下げて考えてみよう。
■「製品特性分析」で考えるヒゲ剃りサービスの価値
そもそも「ヒゲ剃り」の価値とは何か。「製品特性分析」で考えてみる。対価を払う理由となる中心的な便益である「中核的価値」は、「ヒゲをキレイさっぱりなくすこと」だ。それを実現するために欠かせない「実体価値」は、「確かな技術」である。そして、中核的価値の実現とは直接関係はないが、魅力を高める要素である「付随機能」が、「ヒゲ剃り関連の付加サービス(フルサービス)」ということになるだろう。
製品特性分析を考えるにあたっては、もう一つ、プロダクトライフサイクル(Product Life Cycle=PLC)との関係も考慮する必要がある。導入期>成長期>成熟期>衰退期とステージが進むに従って、通常、製品・サービスが顧客から求められ、競合との勝負のポイントとなる要素は中核>実体>付随と徐々に外側に移行していく。
具体例としてはデジタルカメラがわかりやすい。導入期は中核である「きれいに写真が写ること」を実現する「画素数」の競争だった。それが成長期では「きれいに映る=レンズの良さ」などを勝負としてツアイスやライカのレンズ搭載が「実体価値」として流行った。成熟期以降ではもはや「きれいに写真が写ること」とは直接関係のない「無線ですぐに画像が共有できる」「動画機能が強化されている」などが「付随機能」として勝負のポイントとなっている。
理容業界に話を戻すと、理容室は男性も多く美容サロンに流れてしまい、激しい過当競争の時代に入っている。つまり成熟期を通り越して衰退期だ。そんな厳しい環境のなか、法令でシェービングができない美容サロンに対して、理容店にとってヒゲ剃りはキラーコンテンツなのだ。そして、「ヒゲ剃りのみ歓迎」の張り紙は理容各店の入り口に掲出されている。
その中で、1500円店は、付随機能までのフルサービスを魅力として提供している。一方、2,500円の店は「実体価値」である「確かな技術」で勝負している。一見、前者の方が現在のプロダクトライフサイクルと適合しているように思えるが、中核価値の「ヒゲをさっぱりなくす」において、手早さを追求するあまり顧客に不安(スリル?)を与えるのはイタダケナイ。実体価値である「確かな技術」に不信感を持たれることになる。しかし、厳しい環境の中で「差別化」を考えた時、同価格でより多くの価値を提供することによって他店より優位に立ちたくなるのは必然ともいえる。そのバランスをどう取るかが問題なのだ。
■「コストリーダー戦略」と「差別化戦略」という2つの選択肢
「価格」と「差別化」という、本来比例関係(前回の記事:「サービスの価格と価値を再考する」で紹介した「バリューライン」)にある 要素を同時に実現するのは容易ではない。故に、コストを武器に戦う「コストリーダー」のポジションにある企業は、差別化要素や品質はそのままで、まずは価格を引き下げて顧客アピールを計る。メーカーなら大量生産によって生産設備などの固定比率と生産ラインに張り付く人件費などの変動費の低減を図る、「規模の経済・経験効果」を最大限効かせるのが基本戦略だ。理容業界ではQBハウスがこの典型だ。大量に集客して、技術者の手が空く隙間なく高い回転率で規模の経済(地代家賃などの固定費率の低減)と、経験効果(技術者の人件費率の低減)を図っている。
対して、差別化戦略は価格はそのままで、自社の強みである差別化要素を徹底して強化するのが基本戦略である。
この「コストリーダー戦略か、差別化戦略か」という観点で考えれば、前例の1,500円の店はムリして「価格を下げつつ、多種のサービスを提供する」というコストリーダー戦略と差別化戦略の両方を実現しようとしていることがわかる。しかし、前述の通り、価格低減と価値向上は二律背反的であり同時に実現するのは容易ではない。
2,500円の店は業界相場通りではあるが、本来の「技術力」で差別化戦略に徹しているのは正解だといえるだろう。だとするなら、1,500円の店が今後、選択すべき戦略は、料金を値上げして「2500円25分でフルサービス」を行うの差別化戦略か、価格はそのままで「1500円の安価なヒゲ剃りサービス」に徹したコストリーダー戦略を取って、現在のマイナスポイントである「サービス提供の丁寧さ」を改善するべきだといえるだろう。
昔の人はうまいことをいう。「二兎を追う者は一兎をも得ず」。今回の理容業のヒゲ剃りサービスの例だけでなく、「業界最安値」などとして価格を提示し、さらに豊富なメニューや提供品質の良さなどを同時に訴求している例は様々な業界や企業で散見される。しかし、結局、その無理は続けることができなくなったり、結局は顧客に価値を認めてもらえなかったりする結末も枚挙にいとまがない。
結局は、まずは継続可能な戦略オプションを検討して、自社はどのような訴求をする存在となることを目指すのかを明確にすることに尽きるのである。
(加筆改稿・再掲載)