(図表1)

写真拡大

----------

統計を学びたいけれども、数式アレルギーが……。そんなビジネスパーソンは少なくありません。でも、大丈夫。日常よくあるシーンに統計分析の手法をあてはめてみることで、まずは統計的なモノの見方に触れるところから始めてください。モノの見方のバリエーションを増やすことは、モノゴトの本質を捉え、ビジネスのための発想や「ひらめき」をつかむ近道です。

----------

統計という手法は、全体を構成する個が数えきれないほど多いとき、「全体から一部分を取り出して、できるだけ正確に全体を推定したい」という思いから磨かれてきた技術といってよいでしょう。
たとえば「標本抽出(サンプリング)」は、全体(母集団)を推定するための一部分(標本)を取り出すための手法です。ところが、取り出された部分から推定された全体は、本当の全体とまったく同じではないので、その差を「誤差」という数値で表現します。では、どの程度の「ズレ」であれば、一部分(標本)が全体(母集団)を代表しているといえるでしょうか。

ここでは、「カイ二乗検定」という統計技法を通して、「ズレの大きさ」の問題について考えてみます。

その前に、ちょっとおもしろい考え方を紹介します。その名は「帰無(きむ)仮説」。

C女子大に通うAさんとBさんはとても仲がよいので有名です。

彼女たちの友人は「あの2人は性格がよく似ているから」と口をそろえて言います。本当にそうでしょうか?
 これを統計的に検討してみましょう。手順はこうです。

まず、「2人の仲がよいのは性格とは無関係」という仮説を立てます。そのうえでこれを否定することで、「性格がよく似ているから仲がいい」という元の主張を肯定します。

元の主張が正しいと考える立場に立てば、この仮説はなきものにしたい逆説です。そこで無に帰したい仮説ということで、これを「帰無仮説」と呼びます。

「え? 何を回りくどいこと言ってるんだ!」と叱られそうですが、もう少しがまんしてください。

わかりにくいので、もう一度はじめから考えてみます。検定したい対象は、「2人の仲がよいのは性格が似ているから」という友人たちの考えです。

前述したとおり、まず「仲のよさと性格の類似性は関係がない」という仮説(帰無仮説)を設定します。

次に、女子大生100人に、「仲がよい人と自分の性格には類似性があると思いますか」「仲が悪い相手と自分の性格は似ていないことが多いですか」という設問を設定し、それぞれについてイエス・ノーで回答してもらいました。

結果は図表1のとおりです。結果を見るとどうやら関係がありそうですね。

■カイ二乗検定で理論値と調査結果の差を比較

では、検定してみます。まず、「関係がない」という仮説を立てます。もしも、仲のよさと性格の類似性はまったく関係がないということが正しければ、イエスとノーの回答はどちらにも偏らずほぼ同じ値になっていてもおかしくありません。

理論的に期待される数値(理論度数)と調査結果との差を、「カイ二乗」の式と「確率分布表」を使って検定してみます。方法は簡単です。

まず、「仲のよさと性格の類似性は関係がない」という前提(無帰仮説)を設定したとき、めったに起こらない事象、つまり、この前提が覆るような珍しいケースが発生する確率を計算で求めます。

この「めったに起こらない・起こる」の境界値を「有意水準」と呼び、これを超えた場合は、前提とした仮説は間違っていたと解釈します。統計では「棄却」と呼びます。

計算結果は40.83(図表2)。

■「敵の敵は味方」と考える

では、40.83をどう評価すべきか。

これはカイ二乗の確率分布表を見て判断します。

この場合であれば、有意水準5%、自由度1の境界値は、カイ二乗の確率分布表から3.84と読み取れます(図表3)。

境界値を大きく超えてしまいました。つまり、設定した前提にとっては、めったに起こらないことが起きる確率が非常に高いということです。

要するに、「関係がない」という前提は否定されて、その対立仮説、すなわち、「関係がある」という説を採用すべき、ということになります。

では、なぜ最初から「関係がある」ことを前提としないのでしょうか?

もしも、「関係がある」と考えた場合、関係の強さの幅は無限であり、人それぞれの差は無限にあるズレの一つにすぎません。

ところが、こうした個別に違うズレの発生を確率計算することは不可能です。そのため、その逆、つまり「関係がない」ことをあらかじめ正しい仮説として、これが否定される確率を求め、この値がある一定値より大きければ、「関係がある」と結論づけるわけです。

あえて、「そんなはずはない」という仮説、つまり無に帰したいと思う仮説を不本意ながら設定し、これを却下することで、本当に証明したかったこと、すなわち、「仲のよさと性格の類似性は関係がある」ということを立証します。

かなり屈折した考え方ともいえますが、「敵の敵は味方」という発想に似ていると感じた方も多いのではないかと思います。

まずは自分の主張を全否定する最大のライバルを論破しておくという戦術ですね。統計もなかなかやるものです。

(矢野経済研究所代表取締役社長 水越 孝)