“海洋楽”を旗印に、研究所を主宰する林さん。子供たちに海のことを学ばせるのではなく、海の楽しさや素晴らしさを伝えることが彼の願いだ

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「海に行けない病気の子供たちのところに、海を持っていって見せてあげたい」

――そんな思いで作られた海洋生物のレプリカロボットたち。

見る者を魅了する、ホンモノ以上にリアルな動きの裏には自らも病魔と闘うひとりの男の執念があった。

海洋楽研究所所長・林正道(はやし・まさみち)さんに聞いた。

■超リアルな動きに込められた作者の魂

「いいか、みんな! ホンモノの魚ってぇのは、この100万倍もスゴいんだぞ! いつか一緒に海に行って、魚たちと遊ぼうな!」

海洋楽研究所所長の林正道さんが自作のロボットを子供たちに見せるとき、必ず口にするセリフだ。

ロボットの出来が悪いわけではない。水中でヒラヒラと泳ぐロボットは、ホンモノ以上に魚やイルカのリアルな動きを再現している。子供たちは夢中で手を伸ばし、「うわぁ!」と歓声を上げる。

実物と同じ色彩と質感、まるで生きているような動き。しかし、周囲の人々がどれだけ絶賛しても、林さんが自分のロボットに完全に満足することはない……。

今から13年前、林さんは肺がんを宣告された。真っ黒に日焼けした顔。厚い胸板と盛り上がった筋肉。一見、健康そのものに見えるが、その日から海に潜ることはできなくなってしまった。それは、ダイビングインストラクターとして世界の海に潜り、海の美しさを伝えることをライフワークにしてきた林さんにとって、死ぬよりもつらい現実だった。

そんな絶望の日々を送る林さんは、通院する病院で、海に行ったことのない子供たちに出会う。

ベッドに寝たまま病室の天井しか見ることができない子。車イスから立ち上がることができない子。魚と泳ぐどころか、一生に一度も海に行けないままかもしれない難病の子供たちの存在を知ったとき、林さんの心に火がついた。

「自分は幸せだった。確かに今は泳げないけれど、十分に素晴らしい経験と思い出をもらったじゃないか。自分が海洋生物たちから元気をもらったように、その素晴らしさを子供たちに伝えてあげたい。子供たちが海に行けないなら、海を子供たちのところに運べばいいじゃないか!」

そこからロボット作りへの挑戦が始まった。どこかで技術を学んだわけではない。自分が世界の海で見た生き物たちを再現したい一心で、試行錯誤を繰り返した。

「僕には難しいことはわからない。専門技術も持っていません。ただ、あの素晴らしい海の中を泳ぐイルカやマンタ、たくさんの魚の姿を再現したいと夢中で作っているだけです」

そう話す林さんだが、彼の作る海洋生物ロボットは極めて高い評価を受けている。

大学の研究室で作られるようなガシャガシャ動くロボットとは違って、しなやかに泳ぐ海洋生物の動きはコンピューター制御などでは再現できない。林さんが作り、操るロボットはまるで生きているようだ。それは、彼が自分の生命を削って生み出しているロボットだからこそ宿る命なのだろう。

■治療薬を買うための費用もつぎ込んだ

でき上がったロボットを連れて病院を訪ねてみると、そこには期待以上の笑顔があった。長期入院で病気と闘う子供たちに、「いつか海に行きたい」という目標を与えることができたのだ。

しかし、活動の成功は林さんに新たな問題を引き起こす。

「全国あちこちの病院や施設から慰問のリクエストをいただきました。でも、個人でできることにはどうしても限界があって……」

林さんは可能な限り自費で全国の施設を回った。交通費だけではない。ロボットのバッテリーやサーボモーター、消耗パーツにも費用がかかる。ボランティア活動のせいで自身の生活が危機に瀕した。

夜は資金稼ぎのアルバイト、昼間はボランティア。合間を縫ってロボットのメンテナンス……。無理を重ねた生活が、抑え込んでいた病気の再発を招く。

それでも子供たちの期待に応えようとする林さんは、ついに薬を買う費用までロボットにつぎ込むようになっていった。

今年2月、薬をやめた林さんは、本誌の取材中にも立ち上がれないほど憔悴。6年半に及んだボランティア活動の休止を決意せざるを得ないほど追い込まれていた。

そんな林さんのもとに、海を越えた台湾から救いの手が差し伸べられる。障害者支援を続けるC&Sクリエーション社が資金を出し、台湾での製作活動と後継者育成を申し出たのだ。だが、約1ヵ月に及ぶ海外での活動は、今度こそ命を奪うかもしれない。林さんは迷った末、台湾行きを決断する。

9月7日、台北市内のプールで国内外のメディアや台北市長を招いて、車イスの子供たちが海洋生物ロボットと一緒に遊ぶイベントが盛大に行なわれた。

台湾の大学生たちが作ったロボットは、林さんの作品のレプリカだ。オリジナルの海洋生物から見れば、“レプリカのレプリカ”となる。お世辞にも美しい仕上がりとはいえない。しかし、そこにはオリジナルへの深い敬意がある。

「この1ヵ月余り、台湾の優秀な大学生たちに、僕のロボット技術をすべて伝授しました。これで、もう思い残すことは……いや、まだまだやらなきゃならないことがたくさんありそうだね」

渡航前より10kg体重を落としながらも林さんは穏やかに笑った。

(取材・文/近兼拓史)