編集スキルは特別なものじゃない、因数分解できます<『はじめての編集』菅付雅信インタビュー前編>
ブログ・Twitter・Facebookなどのツールは、それぞれが文章を書き、写真を選んで更新する。学生でもOLでも日常的なこの行為が、編集だ。数年前までは書籍や雑誌編集に関わる人だけが名乗れた「編集者」という肩書きはとても一般的なものになり、むしろ編集に関わらない人のほうが少ない世の中だ。そしてこれらのツールを通じてアピールすれば、あらゆるチャンスを掴める時代にもなった。
では、編集とはなにか? どうしたら上手になるのか? その疑問に答えてくれるのが『はじめての編集』(アルテスパブリッシング)だ。過去に「コンポジット」「インビテーション」「エココロ」など数々の雑誌で編集長を勤めてきた著者の菅付雅信さんに、執筆の経緯やこれからの編集のあり方を訊いた。
編集者は3つのことに詳しければいい
ーー菅付さんはアートもファッションもカルチャーも、幅広く手がけられています。ご自身の意識として得意分野ってあるんですか?
菅付 それが、ないんですよ。編集という行為が得意なだけで、他にはなにもない。料理人で言うとそば屋でも寿司屋でもトンカツ屋でもなく、僕は創作和食を作っている感覚です。
ーー分かりやすい例えですね!
菅付 素材を調理して美味しく食べやすくするのが料理で、素材を生かして面白いものを作るのが編集ですよね。だから料理と編集はすごくよく似ているんです。でも世間的に、なぜか編集は分かりにくいと思われてますよね。
ーー僕も友達によく「どんな仕事なの?」って聞かれるんですけど、うまく答えられなくて。
菅付 そう、説明するのも難しいんです。でも自分の仕事が世間で理解されていないというのは、あまり嬉しいことではない。しかも文章論やデザインに関する本はたくさんあるのに、編集を解説する本もほとんどない。やっと見つけたと思ったら校正記号が載ってるだけとかね。
ーー編集者のインタビュー集はたくさん読みましたけど、こういった本は珍しいですよね。
菅付 インタビュー集も参考になるけど、「才能があったから」「人脈があったから」という感想に落ち着きがちで、ただの精神論になってしまうこともある。でも編集のセンスってノウハウの蓄積で、因数分解できる技術なんです。この編集物が優れているのは、タイトルがいいのか、デザインがいいのか、写真がいいのか、その組み合わせがいいのかと分析できる。だから編集を技術論的に分解してパーツごとに提示することで、誰でも読めるガイドブックにしたかったんです。
ーーこれだけ読んでおけば、とりあえず編集というのがどんな仕事なのか、どんなスキルが必要なのかは理解できますよね。
菅付 そう言ってもらえるとうれしいです。編集物はどんなものでも言葉・イメージ・デザインに分解できるるので、編集者はこの3つに詳しければいい。だから本では3つの要素の基本から成功例までをできる限り分かりやすく解説しました。例えば映画監督は脚本も読めなきゃいけないし、演技指導もするし、撮影技法も知らないといけない。美術や衣装やプロモーションにも関わることがあるし、もっと大変ですよ。それに比べれば編集者はたった3つの要素に精通していればいいし、これは媒体が紙からウェブになっても変わりません。しかも編集は応用が利くスキルだから、その知識を持っている人にはあらゆる可能性が巡ってくる世の中になった。だからこそ、21世紀は編集スキルを持っているほうが絶対に楽しく生きられると思うんです。
新しいメディアの中身は常に古いメディアなんです
ーーでも日本では紙で活躍していた編集者が、ウェブや他のジャンルにうまく進出できていない現状もあるかなと思うんです。
菅付 そこで必要なのは覚悟だけですよ。編集ノウハウや人脈さえ持っていれば、それを生かす術はいくらでもある。紙媒体で仕事をしていた人がウェブの制作現場でプログラムを書く必要は全くなくて、培った人脈やアイデアを持ち込めばいいんだから。でもいちばん大切なのは、誰もやったことがないことをやること。違うってことが最も大事で、それが生き残る唯一の方法です。もちろん、違うっていうのはすごく大変なんです。みんなそれぞれに先を読んだり面白い企画を考えようとするけど、思いつくことなんてほとんど同じ。だから、そこに自分なりのツイストを入れられるか、クリエイティブな発想をプラスして新しいものにできるかどうかが勝負。
ーーそのもうひとひねりは、どうしたら生まれるんでしょう?
菅付 それは、リスクを怖れないことかな。無難を選ばずに、いかにリスキーな選択ができるかがカギだと思います。
ーーメディアの進化軸を「フローとストック」「権威性と参加性」「記録性と創作性」に分けて説明されていたのも興味深く、長年メディアに関わっているからこその分析だなと感じました。でも今の話を聞くと、昔も今も必要な要素は変わっていないんですね。
菅付 最近はメディアの変化が激しいから「オールドメディアが終わる」と煽る人も多いけど、表現やコミュニケーションの本質はもう何千年も変わっていないんです。だからその本質やベーシックなことを見抜けるようにすることと、時代に合わせてアップデートしていくこと。このふたつができれば問題ないと思います。
ーー本質というと?
菅付 人がメディアやクリエイションを欲する時は、世界を新しく美しいものとして捉えたい時なんです。新しさは、日々変わっていきますが、美しさの本質は文明が生まれた時から変わってないんです。さらにこれは本にも買いたけど、新しいメディアの中身は常に古いメディアなんです。印刷技術が発明されて最も売れた本は聖書だし、ビデオやDVDが発明されて最も売れるのは「スター・ウォーズ」。これは人類の歴史で何度も繰り返されていることで、つまり大事なのは技術や形式ではなくその中身ということ。例えば幻冬舎の見城徹さんの本質って、優れた本を作ることではなくて人を口説く天才であるということなんです。どんな頑固な人でもあの話術や熱意で口説き落とせたから、売れる本を作れる。だから見城さんはきっと本だけでなくて、ウェブでもイベントでも優れた編集物を生み出せますよ。そこを見間違えてはいけないんです。
「人と違う」生き方をするリスクをとる
ーー本では、編集者としてアピールするには「人生の作品化」が重要ということも書かれています。僕もフリーランスで働いているのでこのことはよく考えるんですが、具体的にはどうしたら自分の価値を高めていけるんでしょう?
菅付 難しいですよね、王道はないと思います。これも本に書いたことでもあるのですが、人と違うことをやろうと思ったら、「過去のことと、外のこと」を知らないと出来ないんです。新しいことを追求しようと思ったら、逆に過去になにが行われてきたかをしっかり知らないと出来ないし、自分の周囲だけを見ていてモノをつくろうとしても、既にそれは外では起きていることなのかもしれない。また外部から絶えず刺激を受けないとアイデアは枯渇するわけですよ。なので、「過去のことと、外のこと」を常に勉強しながら、その上で「人と違う」という生き方をするリスクをとることが大事かと思いますね。
ーー菅付さんにとってのリスクがあった仕事とは?
菅付 28歳で「コンポジット」を創刊したのはかなりのリスクでしたね。パリに行った時に「東京でいちばんステータスがある雑誌はなに?」と聞かれて、返事に困ったんです。うまく答えられない自分がもどかしかったし、最適な雑誌が日本にはない気がした。だったら自分で作ってしまおうと思って、色々な人に協力して頂いて創刊したんだけど、自分の貯金をつぎ込んで作ったから数千万の借金ができちゃって。かなりの大バクチでしたよ。ぴあで『インビテーション』の編集長をやっていた頃もプレッシャーがキツくて、半年くらいなかなか眠れなかったこともあったかな。
ーーやっぱり悩んだりプレッシャーを感じたりもするんですね。
菅付 もちろん。正解がない仕事だから本当に難しいし、今後何年経っても悩んでると思う。だから最初の構想では、この本には失敗例も載せようと思っていたんですよ。
ーーそれも読んでみたかったです。
菅付 でも、編集物って僕ひとりのものではなくて、チームで制作するでしょ。映画だったら興行的にコケたら失敗作と言えるけど、この仕事はそう簡単に判断できるほど分かりやすいものではなくて。編集者が失敗と思っていても、カメラマンにとっては生涯最高の写真が撮れたかもしれないし、読者は楽しんでくれたかもしれない。そう思うと載せられなかったですね。
(田島太陽)
後編に続く
■プロフィール
菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)
1964年生。「コンポジット」「インビテーション」「リバティーンズ」などの創刊に携わり、出版だけでなくウェブ、広告、展覧会までも手がける編集者。2009年には編集者としては異例とも言える、自身の作品を展示した個展も開催。現在は「メトロミニッツ」のクリエイティヴ・ディレクターも勤める。過去の著書に『東京の編集』『編集天国』がある。
『はじめての編集』を用いての編集講義を1月29日に大阪スタンダードブックストアで、菅付さんが手がけた作品のフリーマーケットを2月4〜5日に青山ユトレヒトで開催予定。詳細は以下URLで。
WEB:http://www.sugatsuke.com/
Twitter:@masameguro
では、編集とはなにか? どうしたら上手になるのか? その疑問に答えてくれるのが『はじめての編集』(アルテスパブリッシング)だ。過去に「コンポジット」「インビテーション」「エココロ」など数々の雑誌で編集長を勤めてきた著者の菅付雅信さんに、執筆の経緯やこれからの編集のあり方を訊いた。
編集者は3つのことに詳しければいい
ーー菅付さんはアートもファッションもカルチャーも、幅広く手がけられています。ご自身の意識として得意分野ってあるんですか?
菅付 それが、ないんですよ。編集という行為が得意なだけで、他にはなにもない。料理人で言うとそば屋でも寿司屋でもトンカツ屋でもなく、僕は創作和食を作っている感覚です。
ーー分かりやすい例えですね!
菅付 素材を調理して美味しく食べやすくするのが料理で、素材を生かして面白いものを作るのが編集ですよね。だから料理と編集はすごくよく似ているんです。でも世間的に、なぜか編集は分かりにくいと思われてますよね。
ーー僕も友達によく「どんな仕事なの?」って聞かれるんですけど、うまく答えられなくて。
菅付 そう、説明するのも難しいんです。でも自分の仕事が世間で理解されていないというのは、あまり嬉しいことではない。しかも文章論やデザインに関する本はたくさんあるのに、編集を解説する本もほとんどない。やっと見つけたと思ったら校正記号が載ってるだけとかね。
ーー編集者のインタビュー集はたくさん読みましたけど、こういった本は珍しいですよね。
菅付 インタビュー集も参考になるけど、「才能があったから」「人脈があったから」という感想に落ち着きがちで、ただの精神論になってしまうこともある。でも編集のセンスってノウハウの蓄積で、因数分解できる技術なんです。この編集物が優れているのは、タイトルがいいのか、デザインがいいのか、写真がいいのか、その組み合わせがいいのかと分析できる。だから編集を技術論的に分解してパーツごとに提示することで、誰でも読めるガイドブックにしたかったんです。
ーーこれだけ読んでおけば、とりあえず編集というのがどんな仕事なのか、どんなスキルが必要なのかは理解できますよね。
菅付 そう言ってもらえるとうれしいです。編集物はどんなものでも言葉・イメージ・デザインに分解できるるので、編集者はこの3つに詳しければいい。だから本では3つの要素の基本から成功例までをできる限り分かりやすく解説しました。例えば映画監督は脚本も読めなきゃいけないし、演技指導もするし、撮影技法も知らないといけない。美術や衣装やプロモーションにも関わることがあるし、もっと大変ですよ。それに比べれば編集者はたった3つの要素に精通していればいいし、これは媒体が紙からウェブになっても変わりません。しかも編集は応用が利くスキルだから、その知識を持っている人にはあらゆる可能性が巡ってくる世の中になった。だからこそ、21世紀は編集スキルを持っているほうが絶対に楽しく生きられると思うんです。
新しいメディアの中身は常に古いメディアなんです
ーーでも日本では紙で活躍していた編集者が、ウェブや他のジャンルにうまく進出できていない現状もあるかなと思うんです。
菅付 そこで必要なのは覚悟だけですよ。編集ノウハウや人脈さえ持っていれば、それを生かす術はいくらでもある。紙媒体で仕事をしていた人がウェブの制作現場でプログラムを書く必要は全くなくて、培った人脈やアイデアを持ち込めばいいんだから。でもいちばん大切なのは、誰もやったことがないことをやること。違うってことが最も大事で、それが生き残る唯一の方法です。もちろん、違うっていうのはすごく大変なんです。みんなそれぞれに先を読んだり面白い企画を考えようとするけど、思いつくことなんてほとんど同じ。だから、そこに自分なりのツイストを入れられるか、クリエイティブな発想をプラスして新しいものにできるかどうかが勝負。
ーーそのもうひとひねりは、どうしたら生まれるんでしょう?
菅付 それは、リスクを怖れないことかな。無難を選ばずに、いかにリスキーな選択ができるかがカギだと思います。
ーーメディアの進化軸を「フローとストック」「権威性と参加性」「記録性と創作性」に分けて説明されていたのも興味深く、長年メディアに関わっているからこその分析だなと感じました。でも今の話を聞くと、昔も今も必要な要素は変わっていないんですね。
菅付 最近はメディアの変化が激しいから「オールドメディアが終わる」と煽る人も多いけど、表現やコミュニケーションの本質はもう何千年も変わっていないんです。だからその本質やベーシックなことを見抜けるようにすることと、時代に合わせてアップデートしていくこと。このふたつができれば問題ないと思います。
ーー本質というと?
菅付 人がメディアやクリエイションを欲する時は、世界を新しく美しいものとして捉えたい時なんです。新しさは、日々変わっていきますが、美しさの本質は文明が生まれた時から変わってないんです。さらにこれは本にも買いたけど、新しいメディアの中身は常に古いメディアなんです。印刷技術が発明されて最も売れた本は聖書だし、ビデオやDVDが発明されて最も売れるのは「スター・ウォーズ」。これは人類の歴史で何度も繰り返されていることで、つまり大事なのは技術や形式ではなくその中身ということ。例えば幻冬舎の見城徹さんの本質って、優れた本を作ることではなくて人を口説く天才であるということなんです。どんな頑固な人でもあの話術や熱意で口説き落とせたから、売れる本を作れる。だから見城さんはきっと本だけでなくて、ウェブでもイベントでも優れた編集物を生み出せますよ。そこを見間違えてはいけないんです。
「人と違う」生き方をするリスクをとる
ーー本では、編集者としてアピールするには「人生の作品化」が重要ということも書かれています。僕もフリーランスで働いているのでこのことはよく考えるんですが、具体的にはどうしたら自分の価値を高めていけるんでしょう?
菅付 難しいですよね、王道はないと思います。これも本に書いたことでもあるのですが、人と違うことをやろうと思ったら、「過去のことと、外のこと」を知らないと出来ないんです。新しいことを追求しようと思ったら、逆に過去になにが行われてきたかをしっかり知らないと出来ないし、自分の周囲だけを見ていてモノをつくろうとしても、既にそれは外では起きていることなのかもしれない。また外部から絶えず刺激を受けないとアイデアは枯渇するわけですよ。なので、「過去のことと、外のこと」を常に勉強しながら、その上で「人と違う」という生き方をするリスクをとることが大事かと思いますね。
ーー菅付さんにとってのリスクがあった仕事とは?
菅付 28歳で「コンポジット」を創刊したのはかなりのリスクでしたね。パリに行った時に「東京でいちばんステータスがある雑誌はなに?」と聞かれて、返事に困ったんです。うまく答えられない自分がもどかしかったし、最適な雑誌が日本にはない気がした。だったら自分で作ってしまおうと思って、色々な人に協力して頂いて創刊したんだけど、自分の貯金をつぎ込んで作ったから数千万の借金ができちゃって。かなりの大バクチでしたよ。ぴあで『インビテーション』の編集長をやっていた頃もプレッシャーがキツくて、半年くらいなかなか眠れなかったこともあったかな。
ーーやっぱり悩んだりプレッシャーを感じたりもするんですね。
菅付 もちろん。正解がない仕事だから本当に難しいし、今後何年経っても悩んでると思う。だから最初の構想では、この本には失敗例も載せようと思っていたんですよ。
ーーそれも読んでみたかったです。
菅付 でも、編集物って僕ひとりのものではなくて、チームで制作するでしょ。映画だったら興行的にコケたら失敗作と言えるけど、この仕事はそう簡単に判断できるほど分かりやすいものではなくて。編集者が失敗と思っていても、カメラマンにとっては生涯最高の写真が撮れたかもしれないし、読者は楽しんでくれたかもしれない。そう思うと載せられなかったですね。
(田島太陽)
後編に続く
■プロフィール
菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)
1964年生。「コンポジット」「インビテーション」「リバティーンズ」などの創刊に携わり、出版だけでなくウェブ、広告、展覧会までも手がける編集者。2009年には編集者としては異例とも言える、自身の作品を展示した個展も開催。現在は「メトロミニッツ」のクリエイティヴ・ディレクターも勤める。過去の著書に『東京の編集』『編集天国』がある。
『はじめての編集』を用いての編集講義を1月29日に大阪スタンダードブックストアで、菅付さんが手がけた作品のフリーマーケットを2月4〜5日に青山ユトレヒトで開催予定。詳細は以下URLで。
WEB:http://www.sugatsuke.com/
Twitter:@masameguro