担当編集のMです。

2011年7月19日、ラモス瑠偉氏の最愛のパートナー、初音夫人が急逝なさいました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

6月にご自宅の前で初音夫人にお会いしたときは、何ら変わったご様子もなく、東北への物資を届けようと準備するラモス氏のお世話をしていらっしゃいました。5月に打ち合わせをした際には、1時間以上も初音夫人とラモス氏とで話し込んだりもしました。そんなお元気な姿だけを覚えており、今回のことはあまりに突然で、本当に起こったことなのか、今でも信じられません。

思えば、ラモス氏が毎月続けていた被災地訪問を急に取りやめたこと、出張の予定が急に取りやめになったこと、ビーチサッカーのブラジル遠征から離脱したことと、いくつか心配な出来事はありました。ですが、なでしこジャパンの帰国時間をチェックしていたという話、さらには15日の段階で19日に取材スケジュールが組まれたことなどから、本当に急な話だったのだと思います。

ラモス氏がプロデュースしたフットサル場「ラモス・フィールド」のこけら落としに現れた際や、なでしこジャパンに関する様々な明るい振る舞いからは、みじんも想像できないことでした。ただ、実はラモス氏のお母様がお亡くなりになった直後にも、ラモス氏にお会いしたことがあります。そのときラモス氏は東京Vの監督を務めていて、昇格レースの真っ最中でした。なのでその状況を周囲の人たちにほとんど知らせず、ブラジルに行かないで日本で祈ると静かに語っていらっしゃいました。

ですから今回も、もしかすると状況が悪いのをわかっていながら、周りの人たちには明るく振る舞っていたのかもしれないとも思います。弱っている人たちを強く励ましながら、自分が弱っているところを見せないというのがラモス氏らしい行動だからです。

ことあるごとに、ラモス氏は「初音が最高だよ」とおっしゃっていました。今回のことでラモス氏が負った心の傷は計り知れないほど大きいでしょう。

今、ラモス氏を支えてあげられるのは、みなさんからの声だと思います。どうか、どうか励ましの声をお願いいたします。