西松建設の違法献金事件の捜査を巡るコメントで、各局から出演依頼が相次いだが、TBSだけからは結局1件も要請がなかったという。「上層部の意向が浸透していたのでしょうか」と笑いながら話す郷原信郎教授

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   テレビの放送内容への信頼が揺らいでいる。虚偽証言を裏付けがないまま放送した「真相報道バンキシャ!」問題で2009年3月には、日本テレビの久保伸太郎社長(当時)が引責辞任した。「発掘!あるある大事典II」(フジテレビ系)の捏造問題も記憶に新しい。どこか構造的な問題があるのか。コンプライアンス(法令遵守)の第一人者で元東京地検特捜部検事の郷原信郎・名城大総合研究所教授に聞いた。

自身の疑惑になるとうやむやにしてしまう

――著書「思考停止社会」(講談社現代新書)の中で、章を立てて「思考停止するマスメディア」を取り上げています。その話の中心はテレビメディアです。

郷原 マスメディアの思考停止が顕著なのがテレビです。「捏造」「隠ぺい」などの言葉を水戸黄門の「印籠」のように人々に提示し、当事者の反論を許さず「とにかくけしからん」という結論を押し付けています。短い言葉、それも口頭で伝える必要があるテレビは、特にこうした傾向があります。
   一方、ほかの企業には厳しく「捏造」などの疑惑の説明を求める彼らが、自身の疑惑になるとうやむやにしてしまう例もあります。新聞と違うのは、放送法の存在も関係しています。「真実ではない」と直接関係者から請求があれば、テレビ局は調査をし、真実でないことが分かれば訂正・取り消し放送をしなければなりません。権力の不当な介入を避けるために放送事業者側の自主的な対応を中心とする枠組みにしていること自体は正しい方向だと思います。しかし、実際には、この制度が逆に対応を歪めてしまっているのです。ここで、法にしたがって自主調査はするが、訂正放送は避けたい、そのためには、「真実ではない」とはっきり明らかにならなければよいということになります。そして、「情報源の秘匿」「報道の自由」を振りかざせば、放送内容が誤っているということを認めないですんでしまうのです。

――TBS「朝ズバッ!」の不二家に関する捏造疑惑を先の著書でも取り上げています。問題が起きていた頃、郷原さんは不二家の信頼回復対策会議の議長でした。TBSの対応の背景に、今言われたことが影響しているとお考えですか。

郷原 典型的な例だと思います。私の主張は、簡単にいうとTBSはチョコしか製造していない不二家平塚工場でクッキーを回収して再利用をしているという、実態に反していてまったく信用できない証言を、ナレーションと組み合わせてチョコレート再利用証言にすり替えて証言映像を「捏造」して不二家を批判したということです。TBSは当初、こちらが映像のすり替えを指摘するまでは、チョコとクッキーの違いは把握していたと説明し、放送した証言は問題ないとしていたのに、すり替えが否定できなくなった途端にチョコとクッキーを混同していたと主張を変えました。捏造ではなく過失だという訳です。しかし、当初の説明からは、過失の主張は通りません。捏造は否定できないと思います。

――TBSの主張は、BPOの放送倫理検証委で認められた形です。

郷原 身内の傷をなめ合うような組織では限界があるのでしょう。検証委は、TBSが自主調査で自浄能力を発揮しているのか、不二家側からの指摘に真摯に対応し、反省すべきは反省するという姿勢をとってきたのかをしっかりチェックするべきでした。個別事案を直接、検証委の役割が捜査機関のように事実解明することではないとしても、放送事業者が放送内容の真実性について自主的に誠実な対応をとったかどうかの検証は不可欠です。結局検証委がやったことは中途半端だったと思います。

――TBS固有の問題なのでしょうか。

郷原 TBSが特にひどいと思いますが、根本的には、テレビ業界全体の問題です。関西テレビの「あるある」のケースでは、「捏造」問題への自主的対応は十分に行われたと言えますが、外部の指摘・調査で言い逃れができない状況に追い込まれていなかったら、あそこまでの対応はしなかったと思います。

間違ったときいかに誠実に検証できるかが問われる

――テレビ全体に共通する構造的な問題があるということでしょうか。

郷原 そうです。まず「視聴率と利益を追及する」ことと、真実に迫り、誤った放送をしないこと、この二つが調和しなくなっているのではないでしょうか。広告減が進み、利益を上げるためには制作費を削る。つまり、真実に迫るための取材にあまり金をかけることができなくなる一方で、視聴率を取るために、面白さが求められる。世の中で実際に起きたことを単純化して、面白おかしく報じた方が視聴率を取れるということで、真実に反する放送が行われる恐れは一層大きくなっていくのです。視聴率をバックにした広告収入で成立している現在の経営形態を抜本的から考え直す必要があると思います。
   また、これはテレビに限りませんが、マスメディアは「報道は常に真実でなければならない」という建前を維持しようという「真実性のドグマ」にとらわれています。もちろん、真実に限りなく迫る努力を最大限すべきですが、結果的に間違ってしまうことは起こり得ます。報道の真実性について問題が指摘されたときに、いかに誠実に検証できるかが問われるのですが、建前を維持しようとするため、間違いの検証に消極的になっているのです。コンプライアンスを取材・報道に組み込むメディアは生き残り、そうでないところは淘汰される環境の実現が大切です。

――ではどうすればいいのでしょうか。

郷原 難しい問題です。BPO検証委などはあてにならないし、さりとて何か組織を別につくれば解決する話でもありません。最後は、記者一人ひとりがプロフェッショナルとして恥じない公明正大さを持ちながら、互いにチェックし合っていくしかない気もします。会社側もそういう記者たちを尊重する組織であるべきでしょう。

――視聴者の信頼という観点から、テレビは今後も生き残ることができるでしょうか。

郷原 何だかんだ言ってもテレビは視聴者に依然大きな影響力を持っています。テレビで物事が単純化され、世の中全体に一方的な見方が植え付けられると、それを是正することは困難です。しかし、インターネットの浸透もあって、その批判の前提が間違っていることが多いということに気付く人が増えています。現状のままではテレビに対する信頼が一層崩れていくことになりかねません。テレビ事業者が自主的に放送内容の真実性を確保するためのシステムを構築し、それがきちんと機能しているかどうかをチェックする制度を確立する必要があるでしょう。

<郷原信郎さん プロフィール>

   ごうはら のぶお 1955年、島根県松江市生まれ。東京大学理学部卒業。東京地検特捜部検事、法務省法務総合研究所研究官、長崎地検次席検事などを歴任。2005年から桐蔭横浜大学法科大学院教授を務め、09年に名城大学総合研究所教授、同大コンプライアンス研究センター長に就任。07年には不二家の信頼回復対策会議の議長、09年には西松建設の違法献金事件を受けた民主党の第三者委員会の委員も務めた。著書に「『法令遵守』が日本を滅ぼす」(新潮新書)などがある。

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