パナソニックがプロ向けフルサイズミラーレス「LUMIX Sシリーズ」で目指した戦略とは?

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パナソニックは3月23日、同社初となるフルサイズミラーレス一眼の「LUMIX S」シリーズを発売した。
・2420万画素の「DC-S1」(市場想定価格314,000円前後)
・4730万画素の「DC-S1R」(市場想定価格464,000円前後)
この2モデルと、
・標準ズームレンズ「LUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.S.」(160,000円)
・望遠ズームレンズ「LUMIX S PRO 70-200mm F4 O.I.S.」(210,000円)
・単焦点レンズ「LUMIX S PRO 50mm F1.4」(285,000円)
3本の交換レンズをラインナップしている。(※価格は全て税抜)




ボディや交換レンズの価格から見てもプロやハイアマチュアをターゲットにした製品である。さらにパナソニックといえば、薄くて軽い小さなカメラを作るこれまでのメーカーのイメージを一新するフォルムからも明らかだ。

一般消費者の目線でみれば、
・手頃な価格のフルサイズミラーレスが出たら買いたい
・手が届く価格のフルサイズミラーレスならもっと売れる
そう思っている人も多いだろう。

ではなぜパナソニックは、高価格なハイエンドモデルを選択したのか?
パナソニックのフルサイズミラーレスでの戦略を紐解いてみたい。

■もはや薄利多売が通用しないカメラ市場
現在、コンパクトデジカメを含むデジタルカメラの出荷台数は年々減る傾向にある。
特にスマートフォンが普及し始めた2013年以降は、出荷台数の減少は大きくなった。

なかでも低価格でだれでも購入しやすいコンパクトデジカメ市場は惨憺たるもので、老舗メーカーも撤退する状況に追い込まれている。

顧客が減った現在の状況では、
「安いければ売れる」
こうした商売は、もはや成り立たないのである。

もちろん、フルサイズミラーレスを安く提供できればヒットする可能性はある。
しかし安価な製品を提供するためには、開発や製造コストの削減は避けられない。
そうして作られた安価な製品は、フルサイズミラーレスという体裁は保っていても、低機能で低性能となる可能性が高い。

カメラは、
・心臓部のイメージセンサー
・内部のメカニカル機構や液晶モニター、ビューファインダーなどのハードウェア
これ以外にも、
・オートフォーカスや画像処理などのソフトウェア技術
これらの開発にも大きなコストがかかっている。

こうした各部分の技術開発をコストカットで切りすてた安価なモデルを世に送り出して、一定数を販売できたしても安価な製品は使い捨てされる可能性も多く、フルサイズミラーレスという確固たる市場を確立できるとは限らない。

逆に、安価で低品質な製品を世に送り出すことは、ブランドイメージの低下を招くリスクも大きいのである。

とりわけ、すでに他社が先行している市場に後発で参入する。
こうした状況では、
・製品品質
・ブランドイメージ
これらをどのように確立し、訴求するのか?
この戦略が重要となる。

たとえば、
・利益度外視して格安モデルを大量投入する
これも一つの戦略だ。
しかし、立ち上がったばかりで購入層の実数が少なく販売数を見込めないフルサイズミラーレス市場では、前述した通り、メリットは見いだせない上に大きなリスクもある。

安価な製品での大量販売という戦術は、ブランドイメージや市場が確立・拡大してから取った方が効果的とも言える。


■パナソニックが目指す「写真を撮るための道具」とは
幸いパナソニックでは、自社製品でフルサイズミラーレスと競合するプロダクトはない。このため自由な製品開発ができる。
そこで取った戦略が、カメラの原点に帰った
「写真を撮るための道具」
これを作ることである。

パナソニックが目指す「写真を撮るための道具」の定義とは、
日常で持ち歩くコンパクトで実用的な道具ではない。
写真家やクリエイターが作品作りで必要とする道具だ。
そのための性能や機能を追求する。
ここに置いている。

大前提として、
・壊れない
・安定して動作する
・想定した結果をだせる
これらが挙げられる。

こうした条件をクリアするため
・堅牢性
・大型のイメージセンサー
・熱対策
・大容量バッテリー
などの対策を施した結果、「LUMIX S」シリーズは大柄なボディとなったのだ。


■静止画だけでなく本格的な4Kビデオカメラ機能まで搭載
「LUMIX S」シリーズでは、
・カメラマンと道具という関係性にこだわる
・どんなときでも撮影できる
こうしたカメラに仕上げているのだ。

「LUMIX S」シリーズはこうしたハードウェア設計により、
フルサイズのイメージセンサーを搭載しながら、初の4K 60Pの動画撮影も可能としてる。さらにDC-S1では4K 30Pなら無制限に撮影することまで可能なのである。
つまり静止画だけではなく、本格的な高画質ビデオカメラの機能も搭載しているのだ。




さらに、ユーザーインターフェイスもこだわり抜いている。
レイアウトやボタンの形状、レバーとの組み合わせなど、道具としての使い勝手もよく考えられている。

そして、
・瞳認識や背を向けた人でも認識する人体認識などのAI技術
・独自の空間認識による高速オートフォーカス
など、ハイレベルなソフトウェア技術を惜しみなく導入している。
ハードウェア、ソフトウェアの両面から使いやすい道具となっている。

■ライカ「Lマウント」と「Lマウント アライアンス」
さらにLUMIX Sシリーズの大きな特徴の一つには、ライカ「Lマウント」の採用がある。

ライカ「Lマウント」は、
パナソニックの高性能レンズだけではなく、ライカのレンズが楽しめる。
これが非常に大きな特徴だし、大きな訴求力になると言える。
さらにパナソニック、ライカ、シグマの3社による「Lマウント アライアンス」によって、今後、個性的なシグマレンズの導入にも期待がかかる。

カメラマンが、レンズに求めるのは、
・高速オートフォーカス
・レンズが持つ独自の表現力
など様々だが、これらにより作品作りのインスピレーションを受けるカメラマンも多い。

それだけにパナソニック、ライカ、シグマの3社によるアライアンスは、他社にはない写真表現を広げるためのレンズラインナップとカメラシステムの実現への期待は大きい。

LUMIX Sシリーズは、競合する自社製品を守る必要がないパナソニックだからこそできた、100%攻めたカメラと言っていいだろう。




プロのニーズに応えるべく、様々な機能が惜しみなく搭載されており、コストに見合う仕上がりである。


■新機能の「HLGフォト」をテレビで鑑賞できる
今回、DC-S1の実機でテスト撮影を行ってみた。
高解像度で見やすいビューファインダーや、振動が少ないシャッターなど、実用性の高さが際立つ製品という印象を強く持てた。




試用した「LUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.S.」は、レンズの手ブレ補正とボディ内蔵の手ブレ補正を合わせることで、約6段分の補正効果が得られる「Dual I.S.2」に対応する。

手持ち撮影時のモニターで見る像の安定感や、動画撮影の細かいブレを吸収して、滑らかな動画撮影が気軽に行うことができた。




また、クリアで解像感が高く、動画撮影時の輝度変化にも滑らかに追従するなど、静止画・動画両方を考慮して設計されたレンズであることを実感した。

動画撮影機能には、最新のテレビに搭載されている「HDR(ハイダイナミックレンジ)」動画撮影にも対応する。4K HDR(HLG)撮影したデータをテレビですぐに楽しめるのも便利だ。



DC-S1で撮影した4K HDR動画


このHDR機能を静止画としても撮影可能としたのが新機能の「HLGフォト」である。
これまで写真は紙にプリントすることが一つの鑑賞方法であったが、大画面のモニターに写真を映し出して展示することも新しい鑑賞方法となりつつある。

この紙とモニターには「白」の持つ意味に大きな違いがある。
紙にプリントした写真の場合、一番明るい色は紙の地の色の白である。その白を基準に階調や彩度で光と影を表現してきたのだが、一番明るい白は言葉の通り紙の“白色”であり、光ではない。

そこでパナソニックが目を付けたのは、漆黒の黒と高輝度の表現が可能となったHDRテレビを写真の新しい見せ方にすることである。

映像のHDRは、従来の暗いところから白までの階調だけではなく、さらに明るい光をテレビの輝度を用いて表現している。色域も広くなり、リアルな映像表現が可能である。

この技術を静止画に取り入れることで、本来の写真がもつ「光と影」が再現できるようになったというわけである。

例えば、窓から差し込む光によって明るく照らされた床の眩しさと温かみのある温度感、そして窓の外の眩しさなど、これまで体験できなかった情感を表現できるようになる。

今のところ、HLGフォトは対応するテレビとの組み合わせのみでしか鑑賞することはできないが、写真家の新たな表現手法として注目される機能ではないかと思う。

このように、DC-S1およびDS-S1Rが究極を目指したことで、次の世代のカメラにはスナップ撮影を意識した小型化や特定機能に特化したモデル、エントリーモデルなどのバリエーションで攻めることも可能となる。


今やスマートフォンのカメラ(写真右)もデジタルカメラ(写真左)に匹敵する画質へ進化している。デジタルカメラを必要とする層は確固たる違いを求める


現在、ミラーレスカメラ市場は、スマートフォンなみに最新のテクノロジーを搭載した尖った製品たちが競い合っている。

LUMIX Sシリーズはその尖ったテクノロジーを、ハードとソフトの両面で全方位に丸く収めた使いやすい製品に仕上げている。
まずは、プロをターゲットとしてスタートしたこのシリーズの動向から目が離せない。


執筆  mi2_303