夜行の長距離フェリーとともに、一部の短・中距離フェリーにも新造船が相次いで導入されています。広島〜呉〜松山間航路の28年ぶりとなる新造船は、従来のフェリーと一線を画す、曲線基調の外観デザインが特徴です。

「成田エクスプレス」などのデザインチームが担当

 近年(2019年現在)、夜行の長距離フェリーを中心に、新造船を導入し設備を豪華にする動きがありますが、昼間の運航が主体の中・短距離航路でも、いくつかの航路で新造船への置き換えが進んでいます(国交省による分類では、航路距離300km以上が「長距離フェリー」、100km未満が「短距離フェリー」、そのあいだが「中距離フェリー」)。


瀬戸内海汽船が広島〜呉〜松山航路に導入する新造船のイメージ。2019年8月就航予定(画像:瀬戸内海汽船)。

 たとえば愛媛県の八幡浜港と大分県の別府港、臼杵港を結ぶ宇和島運輸フェリーは、2014年6月に「あかつき丸」を、2017年12月に「あけぼの丸」を就航させました。愛媛県伊方町の三崎港と大分県の佐賀関港を結ぶ国道九四フェリーも、2016年6月から新造船「遊なぎ」を運航しているほか、和歌山港と徳島港を結ぶ南海フェリーも、2020年に新造船導入を控えています。

 そして、広島〜呉〜松山航路(66.2km、所要2時間40分)を運航する瀬戸内海汽船も、2019年8月の導入を目指し、同年1月より新しいフェリーの建造に着手しました。従来のフェリーには見られない、円形の回廊のようなデッキを有するデザインイメージが発表されています。デザインを手掛けたのは、JR東日本の特急「成田エクスプレス」や、JAL(日本航空)機のシートなどを手掛けたGKデザインです。

 実に28年ぶりとなる同航路の新造船について、瀬戸内海汽船に聞きました。

――どのような船なのでしょうか?

 単なる移動手段としてではなく、瀬戸内海の船旅をゆったりと、思い思いに楽しめる船です。一般的なフェリーの直線を基調としたデザインに対し、円を多用したデザインのデッキ部を設けました。これまで、日差しの強い屋上甲板は活用していなかったのですが、今回は円形デッキの屋上に6か所、公園の東屋(あずまや)のようなものとベンチを設け、「瀬戸内海に浮かぶ公園」というコンセプトを掲げています。

 その屋上デッキのひとつ下がメインの客室階ですが、中央部には屋上までの吹き抜けを設けたほか、船尾や船首側は外とガラスで仕切っています。従来、ここは窓のないデッキで、繁忙期には客室内に座れなかったお客様が仕方なく座る、いわば「ハズレ席」のような側面があったのですが、ガラスで覆うことで快適に景色が見える場所にしました。

客席は「プライベート感重視」

――客室内はどうなるのでしょうか?

 座席の定員を増やすとともに、なるべくプライベート空間を確保しやすいシートレイアウトにします。たとえば、4人掛けの座席だと、端と端にひとりずつ座り、真ん中の2席が空いてしまう傾向がありましたので、2人掛けや1人掛けの座席を増やします。一方、長いソファーのラウンジ席や、マッサージチェア、ゲームコーナーなどは、ご利用が少なくデッドスペースになりがちなため廃止です。実用を重視し、無駄を排した設備といえるでしょう。

 また、外国のお客様が増えていることから、スーツケースなどを収容する大きな荷棚をつくるほか、バリアフリー対応のための船内エレベーター、フリーWi-Fi、お客様が自由にお使いいただける電源も充実させます。


広島〜呉〜松山航路に就航中の「石手川」。導入から30年以上が経過している(画像:瀬戸内海汽船)。

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 この瀬戸内海汽船の新造船は、1987(昭和62)年に就航した「石手川」の代替です。同社では2020年にも新造船をさらに1隻を導入し、1991(平成3)年就航の「四万十川」を代替するほか、瀬戸内海汽船とともに広島〜呉〜松山航路を共同運航する石崎汽船も、独自コンセプトにより同時期に2隻の新造船を導入する予定といいます。2020年夏には、同航路へ就航中の4隻全てが新造船に置き換わるそうです。

 この広島〜呉〜松山航路は、2018年7月の西日本豪雨で脚光を浴びました。広島近辺の鉄道や主要道路が軒並み寸断されるなか、運航を維持していたこのフェリーは一時期、広島〜呉間を結ぶ唯一の交通機関となり、利用者が殺到。このため、新造船は通常の旅客定員は300名のところ、有事の際には440人まで乗船できるなど、災害時における機能の充実を図っているといいます。

道路との競合「何とか耐えてきた」 新造船への思い

 しかしながら、広島〜呉〜松山航路は厳しい経営環境に置かれています。瀬戸内海汽船によると、利用ピークは昭和50年代。その後は、1988(昭和63)年に瀬戸大橋(瀬戸中央道)、1998(平成10)年に明石海峡大橋(神戸淡路鳴門道)、1999(平成11)年にしまなみ海道(西瀬戸道。ただしこの時点では一部島内で一般道経由)と本州と四国を結ぶ道路が開通し、2009(平成21)年から2年間実施されたいわゆる「1000円高速」など高速道路の割引施策も行われたなか、「何とか耐えてきた」といいます。

 国土交通省によると、四国と本州・九州を結ぶ旅客フェリーやRORO船(車両を運べる貨物船)の航路数は、この20年間で約6割減少したそうです。広島〜呉〜松山航路では近年、外国人の乗客が増えているものの、全体的に見れば利用は横ばいだと瀬戸内海汽船は話します。


現在就航中のフェリー「石手川」デッキ席(画像:瀬戸内海汽船)。

 日本旅客船協会によると、船の減価償却期間は大きさ(総トン数)にもよるものの、一般的に15年。しかしながら瀬戸内海汽船のように、「20年から30年がんばって、ようやく『収支トントン』という事業者がほとんどです。大手荷主からの要請、あるいは修繕費がかさむようになり新造を決断するケースがありますが、新造のきっかけがないという事業者も少なくありません」とのこと。

 瀬戸内海汽船の新造船は、老朽化した従来船の代替が主目的ですが、「航路そのものの認知度を向上させる」狙いもあるそうです。「人口減少や景気の悪化などもあり、近年は大阪や東京など、広域からいかにご利用を増やすかを考えてきました。船旅をアピールし、明石海峡大橋や瀬戸大橋などで四国へ渡られる方々に、目を向けていただきたいです」と話します。