才能を有する“怪物”をいかに“モンスター”に育てたのだろうか【写真:Getty Images】

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大橋会長直撃インタビュー/「モンスターの育て方第1回」

 ボクシング日本最速3階級制覇王者の井上尚弥(大橋)が出場するバンタム級の賞金トーナメント、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)の組み合わせが決定。井上の1回戦(10月7日・横浜アリーナ)は元WBA世界スーパー王者のフアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)と対戦する。

 デビューから16連勝(14KO)。圧倒的な強さで快進撃を続ける井上は、父である真吾トレーナーの指導を受けていまの実力を築いたことは有名な話だ。一方でプロとしての井上を売り出し、対戦相手のマッチメークという重要な役どころを演じているのが元WBC、WBA世界ミニマム級王者・大橋秀行氏。大橋ボクシングジム会長である。大橋会長はたぐいまれな才能を有する“怪物”をいかに“モンスター”に育てたのか。「THE ANSWER」ではインタビューを行い、その秘密を「モンスターの育て方」と題し、4回に分けてお届けする。第1回は強すぎて対戦相手がいない、マッチメークの苦労について聞いた。

 ◇ ◇ ◇

──今回は井上選手の強さについていろいろお聞かせ願いたいと思います。最初の質問は「強すぎるがゆえに相手がいない」というテーマです。井上選手の対戦相手選びは、やはり苦労が多いのでしょうか?

「デビュー戦(2012年10月)から苦労していますね。彼は高校生にして日本代表として世界選手権に出場していましたし、プロ入りを表明してからもスパーリングのうわさは広まっていましたから。チャンピオン級、世界ランカー級を圧倒していると。実際に、のちに尚弥と対戦して敗れ、世界チャンピオンになった田口(良一)選手は、デビュー前の尚弥にスパーリングで倒されました。既に世界チャンピオンになっていた名城(信男)選手とはデビュー後のスパーリングだったと思いますけど、尚弥が圧倒してました。階級は尚弥のほうが2階級下でしたけどね」

──井上選手が強すぎるがゆえに、相手が敬遠するということですか?

「そうです。なので尚弥のデビュー戦はフィリピン王者の東洋太平洋ランカーを呼び、2戦目がタイのチャンピオンでした。お金はかかりますが仕方ありません。3戦目で佐野(友樹)選手が受けてくれて、4戦目が(当時)日本ライトフライ級王者だった田口選手でした(13年8月)」

──となると佐野選手や田口選手は勇敢なボクサーだったということですね。

「そう思います。田口選手は素晴らしかったですね。彼は日本タイトルを返上して、尚弥との対戦を避けることもできたんです。実際に田口くんの周りではそういう声もあったそうです。それも無理はなくて、尚弥と田口選手がスパーリングをしたとき、田口選手は尚弥の左フック一発で倒されているんですよ。すごい倒され方でした。実際に試合をするとなればものすごい恐怖を感じるはずです。それなのに、田口選手は志願してあの試合を受けた。あれは敵ながらあっぱれだと思いました」

──実際の試合では田口選手が奮闘し、井上選手がプロになって初の判定決着となりました。

「あれは尚弥にとってもいい経験になったし、何より田口選手にとってターニングポイントになったと思います。あの試合から逃げなかったからこそ、田口くんはのちに世界チャンピオン(14年12月にWBAライト・フライ級王座獲得)になって7回も防衛できたんじゃないかと思いますね」

4団体時代の弊害?「今は勝てそうな王者を選ぶことができる」

──対戦を恐れられるという意味では、試合を重ねるにつれてさらに試合を組むのが難しくなっていったと思います。いままでマッチメークで一番苦労した試合はどの試合でしたか?

「全部苦労しましたけど、強いてあげれば昨年(17年)12月、WBO世界スーパーフライ級王座の最後の防衛戦ですね。あのときは最初、ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)というIBFチャンピオンと話がまとまりかけていたんです。アンカハスとはそれ以前にも交渉をしていて、あのときはもう契約書にサインして送っていた。すごくいい条件です。そもそも条件がよくなければ、だれも高いリスクを負って尚弥のような強い選手と試合をしようとは考えないんです。でも結局年内の試合は流れて、アンカハス陣営は『2018年に必ずやりましょう』と回答してきました」

──他団体チャンピオンとの統一戦は、井上選手も大いに興味を示していました。

「そうなんです。でも断られてしまったので、その次に元WBAスーパーフライ級王者のルイス・コンセプシオン(パナマ)と交渉を進め、これがまとまりました。ところが今度はWBOからストップがかかってしまった」

──それでいよいよ手詰まりになってしまった?

「とにかくいくらいい条件を出してもだれもやってくれない。たとえばランキング1位の香港の選手は、こちらが『香港で試合をしてもいい』と言ってもダメでした」

──強いチャンピオンに挑戦するリスクは分かりますが、そのような姿勢ではいつまでたっても世界チャンピオンになれないのではないでしょうか?

「それが、そうでもないんです。いま、世界ではメジャーと言われている団体がWBA、WBC、IBF、WBOの4つあります。挑戦者は4人のチャンピオンの中からより勝てそうな選手、あるいは好条件を提示してくれるチャンピオンを選ぶことができるという状況です。強いチャンピオンがいる場合は、王座を返上するまで待つ、という選択肢もあるでしょう。いずれにしても、もし2団体しかなければ、あまり断らないんじゃないかと思いますね。それだけチャンスが少ないわけですから。4団体時代というのは大きいと思います」

昨年12月の相手とはフェイスブックで交渉!?

──そうした状況で最終的に昨年の12月はフランスのヨワン・ボワイヨ選手に決まりました。

「ボワイヨ選手は以前、フェイスブックで私に売り込んできた経緯があり、それを思い出して連絡を取り、直接交渉に入りました。お互いに英語が分からないから英語変換アプリをつかってやり取りするんですけど、翻訳アプリの精度が低いのか、全然通じなくて(笑)。最終的にまとまりましたけど、あやうくビザが取れないという事態になったりして、かなり大変でしたね。フェイスブックで交渉したと明かしたら、けっこう批判されたんですけど、本当に最後の手段だったんです」

──結果的にボワイヨ選手は井上選手にまったく歯が立たずに3回TKO負けでした。

「そうでしたね。でもまあ、あの状況では日本まで来てくれて、試合をしてくれただけでも感謝しないといけないでしょうね。大変ですよ(笑い)」

 強すぎる王者ゆえの悲哀。スーパーフライ級時代はことごとく対戦相手に逃げられ、井上が熱望していたビッグマッチは実現しなかった。それだけにバンタム級での頂上決戦、WBSSは待望のビッグイベント。ファン以上に、本人が1番楽しみにしているのかもしれない。第2回は3階級制覇を達成した5月25日のジェイミー・マクドネル(英国)との1戦。衝撃的な強さを見せた舞台裏には様々なドラマがあった。(続く)(渋谷 淳 / Jun Shibuya)