ー女の市場価値は27歳がピーク、クリスマスケーキの如く30歳以上は需要ゼロなんて、昭和の話でしょ?ー

20代の女なんてまだまだヒヨッコ。真の“イイ女”も“モテ”も、30代で決まるのだ。

超リア充生活を送る理恵子・35歳は、若いだけの女には絶対に負けないと信じている。

周りを見渡せばハイスペ男ばかり、デート相手は後を絶たず、週10日あっても足りないかも?

しかし、お気に入りのデート相手・敦史が26歳のCA女を妊娠させたことが判明。しかも彼は、結婚後も理恵子と関係を続けたいと言い放つ。

さらにはバツイチの元彼・新太郎に「ヤバい女」と酷評されたうえ、敦史の婚約者と対決することになり、理恵子はすっかり精神を消耗していた。




「はぁ...」

“一度の溜息で3ヶ月老ける”というのは、あながち嘘ではないかも知れないと理恵子は思う。

愛梨という妊婦と対決してから数日、一気に3年分くらい歳をとった気がするのだ。理恵子は柄にもなくすっかり気力を失い、毎日ただ仕事だけをこなす日々を過ごしていた。

丸3日以上飲みに出歩かないなんて、インフルエンザかノロウィルスに感染した時くらいである。

だが、珍しく規則正しい生活を送っているにも関わらず、イマイチ仕事に身が入らない。

「30歳過ぎて、よくそんなに体力あるね」なんて賞賛されることはしょっちゅうだが、理恵子は仕事もプライベートも、忙しければ忙しいほどパワーが沸くタイプの女なのだ。

むしろ“お家でマッタリ”というのがどうも苦手で、常に頭と身体を動かしていない限り、逆に疲労が溜まっていく。

―でも...。やっぱり出かけたい気分じゃないわ...。

それでも理恵子のスマホは、相変わらず忙しく鳴り続けている。

経営者の集まる食事会に、年下の御曹司やイケメンCMプランナーからのデートの誘い。

しかしここ最近は、敦史の裏切りを筆頭に災難続きであるため、さすがの理恵子も男には懲りつつあった。

そんな中、1通のLINEが目を引く。

「で、鮨どうする?」

送り主は、ヤバい元彼・新太郎であった。


意外にも友好的な新太郎。しかし、敵の笑顔に隠された刃とは...?!


典型的なB型男の、悪気のない毒舌


「おっ、理恵子。お疲れ」

指定された中目黒の『鮨 尚充』に到着すると、先日の不機嫌そうな態度とはガラリと変わり、新太郎は温和な笑みで理恵子を迎えた。

「いや、この前は悪かったよ。俺も離婚で色々大変だったし、あの時は結構酔っててさ...。たぶん、気を許せる理恵子に当たった節もあると思うんだ。マジ、悪かった」

そうして素直に頭を下げる新太郎を目にすると、理恵子はほんの少しだけ自尊心をくすぐられた。

いずれにせよ、相手が元彼で、しかもバツイチの男となれば、これはデートではない。特に気合いの必要もない新太郎相手に名店の鮨をつまめるならば、理恵子にとっても都合が良かった。

それに実は、この『鮨 尚充』の名物“うに食べ比べ”には前々から興味を持っていたのだ。

予約困難でなかなか訪れることができなかったが、どうやら新太郎は知人から今夜の席を譲ってもらったらしい。




「まぁ...別にいいわよ。私、小さなことをいつまでも気にする女じゃないわ」

「だよなっ、だよなっ。それにさ、35歳の寂しい独身同士、やっぱり仲良くしようぜ。理恵子は女だから、世間の当たりも俺なんかよりずっと強いだろうし、何だかんだ大変だろー?」

「...は?」

理恵子は日本酒のお猪口にかけた手を、ピクッと止める。

「あー、いちいちそんな恐い顔するなって。俺の前では素直な理恵子でいてくれていいんだよ。だってさ、当日の誘いに応じてくれるなんて、やっぱ理恵子も何だかんだヒマなんだろー?」

こめかみの辺りがピクピクと引き攣るのを感じながら、そういえば...と、理恵子は新太郎との痛い記憶の数々を思い出した。

この男は典型的なB型気質の男で、とにかく気性と思い込みが激しいのだ。その上デリカシーも皆無で無意識に毒を吐くのだが、悪気というものがない分、さらに面倒臭くタチが悪い。

「あのね、ハッキリ言っておきますけど、私は“寂しい独身女”じゃありませんから。今日はたまたまデートの気分じゃないから慎太郎に付き合ってあげてるのよ?」

キツい口調で答えても、新太郎はすでに酒で顔を赤らめ、「強がるなよー」と理恵子の肩をバシバシと叩く。

「...ちょっと、気安く触らないでよ」

理恵子はそんな新太郎の手を、思い切り払いのけた。

「その既婚至上主義は一体何なの?それに私は、結婚なんてしようと思えばいつでもできるわよ。現に新太郎だって、私とさんざん結婚したがってたじゃない。断られて泣いちゃったこと、忘れたの?」

嫌味たっぷりに言ってやると、新太郎はビクッと身体を震わせ、怯んだ様子を見せた。

しかし、「いい気味だ」と思ったのも束の間、彼はまたしても理恵子に鉄槌を食らわせた。

「...理恵子...。前回も言ったけど、それマジで言ってんの?俺が結婚したかったのは28歳の理恵子で、今の35歳の理恵子と結婚したい男なんて、そう簡単には見つからねーよ...」


本人だけは知らない、35歳の女に対する世間の非情すぎる本音とは...?


35歳の女に対する、世間の本音


「な、な、な...」

理恵子はショックで唇がワナワナと震えてしまい、言葉が出ない。

だが、新太郎はシレッと涼しい顔で鮨を口に放り込みながら、なおも続ける。

「いやぁ、昔の理恵子はホント可愛かったよな。そのキツい性格も我儘で高飛車な感じも、ホラ、沢尻エリカ的な?そういえば、みんな“リエコ様”って呼んでたよなー」

そうして新太郎は記憶を探るようにうっとりと宙を見つめ、ダラしない薄笑いを浮かべた。

「あの頃の“リエコ様”だったら、たしかに何度でも結婚できただろうな。でも...。今はさすがに難しいぜ。だってさ、35歳だぜ?ミッドサーティだぜ!?冗談キツいだろー!」

一体この男は、どこまで自分に喧嘩を売れば気が済むのだろうか。

理恵子の鼓膜には、新太郎のオヤジ臭い笑い声がケラケラと響いている。




付き合っていた頃は、彼の方こそ今よりずっと若々しく、こんな所帯染みた品のない笑い方をする男ではなかったし、歌舞伎役者風の濃いめの整った顔も魅力的だった。

そして何より、多少の束縛はあれど、理恵子を大切に大切に扱っていた思い出はまだ鮮明だ。

「...あんた、何様よ」

「えっ?」

気づくと理恵子は、恐ろしいほど低い声を出していた。

「だから、新太郎は何様だって聞いてるのよ。どうして私があなたみたいなバツイチ男に暴言を吐かれなきゃいけないの。本当は、私にフラれたのをまだ根に持ってるんでしょう!?」

だが、とうとうキレた理恵子に新太郎は微塵も動揺する様子はなく、「まぁまぁ」と相変わらずヘラヘラ笑いながらお猪口に日本酒を注ぐ。

「新太郎みたいに劣化した35歳の男には分からないでしょうけど、私は28歳の頃から体重も交友関係も全く変わらないし、むしろ異性に関しては昔よりイイ男に囲まれてるわ」

「だからさ、そうすぐキレるなよ...」

「私をそんじょそこらの売れ残りの35歳女と一緒にしないでくれる。20代の私を知ってる人たちだって、“今の理恵子の方が昔よりずっと魅力的”とか“理恵子ならいくつになっても結婚できる”って口を揃えて言うんだから」

「.........だょ」

すると新太郎は、モゴモゴと小さな声で何か呟いた。

「なにっ!?聞こえないんだけどっ」

「だからさ...、周りは“理恵子がそう言って欲しそう”だから、おべんちゃら言ってんだよ。誰だって35歳の独身女には気ィ遣って大変なんだぜ?

特に理恵子みたいに恐そうな女に“ヤバいですよ”なんて本音言えねーだろ?だから、お前も空気読めって」

新太郎はまるで七福神のような満面の笑みを浮かべ、理恵子の肩を再びポンポンと叩いた。


再び惨敗した理恵子。ようやく焦りが生まれるかと思いきや...?


聡明で美しい35歳の女に、相応しい男


理恵子は鼻息荒く帰路についていた。

新太郎とは結局ケンカ別れになってしまったが、何よりも腹立たしいのは、高級鮨に釣られたうえ、時間潰しの相手に新太郎なんかを選んでしまった自分自身だ。

―独身独身って...たかが結婚してないだけで、なんでこの私が馬鹿にされる必要があるのよ!?

身体中に煮えたぎるような怒りが溢れているが、しかし、その中に一抹の不安がよぎる。

―でも...、35歳の独身女って、そんなにヤバいのかしら?

理恵子は現在、男にも金にも困らず、20代の頃の美貌を完璧に(いやそれ以上に)保っていると自負している。

余裕のある一人身は何より自由で楽しいし、チヤホヤしてくれる男も山ほどいる。よって、たった一人の男に縛られる結婚は、優先度の低いリスクの伴うイベントであったのだ。

だが仮に、“独身”であることが世間からヤバいだのイタいだの「人生の汚点」として評価されるならば、そんな風潮は馬鹿馬鹿しくもあるが、放置しておくのも口惜しい。

いくら理恵子自身が「結婚なんぞいつでもできる」と豪語しても、皆内心は新太郎のように馬鹿にしている可能性もあるのだ。

―まぁでも...、確かにそろそろ一回くらい結婚しておいてもいいかも知れないわ。




それに、ここ最近のトラブル続きによって、理恵子は人生で初めて“歳”というモノを感じつつあるのは事実だ。

特にあの愛梨という26歳の妊婦に思わず説教してしまったときは、自分がお節介な“おばちゃん”になったような感覚にも陥った。

そうして理恵子は、もしも結婚するならば、自分のように聡明で美しい大人の女にはどんな男が釣り合うか想像してみる。

年下は遊ぶには良いが長時間一緒にいるには疲れるだろうし、かと言って40歳以上の“オジサン”も遠慮したい。

また仕事がデキるのは大前提だし、生活を共にするならば、外見だって超重要である。特に身体がダラしないのだけは勘弁で、生活リズムをきちんと管理できるストイックめな男がいい...。

そうこう妄想するうちに、理恵子の頭には一人の男の顔が思い浮かんだ。

―やっぱり、敦史ってわりとイイ男だったのかしら...。

しかし、今さら他人の夫に執着しても仕方ない。気を取り直した理恵子は、早速ある人物に電話をかけた。

「もしもし、理恵子ー?どうしたの、急に電話なんて」

スマホ越しに聞こえる友人の茜の声の背後には、相変わらず「ママぁぁぁー!!」という2歳の息子の叫び声も一緒に響いている。

「あのね、茜...。ちょっとお願いがあるのよ」

理恵子はコホンと咳払いし、改まった声を出す。

そう、敦史は弁護士である茜の夫の友人であった。ならば、彼の周りには、もしかしたら敦史と同じような条件の揃った男がいるかもしれない。

理恵子の頭には、そんな打算が働いたのだった。

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理恵子の頼みに、意気揚々と応じる専業主婦の茜。しかし、さらなる暗雲が立ち込める...!?