近畿大学 新聞広告

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■明治・早稲田を抜いた理由

「固定概念を、ぶっ壊す。」

そんなキャッチコピーがついたポスターの絵柄は、山のてっぺんからまぐろが頭を突き出したもの。テレビや新聞、雑誌などで見たことがあるかもしれないこのポスターは、近畿大学の広告だ。かなり評判になったものだが、今でもこの絵はインパクトがある。その後も「マグロ大学って、言うてるヤツ、誰や?」とマグロが横目でギロリとこちらを見るポスターや、飛行場にマグロが並び、1匹が遠く空へ飛び立っているものなど、インパクトがある広告を仕掛けてきた。

近畿大学広報部長の世耕石弘さんは、このポスターを前に「タブーを壊すことで、新しいものが生まれるんです」と話す。

ただおもしろがってマグロをポスターにしたわけではない。これもご存知の方が多いだろう、世界で初めてクロマグロの完全養殖化に成功した大学だからこそだ。今までの大学なら「マグロの完全養殖化に成功!」と実績を全面に押し出し、偉業を成し遂げたにもかかわらず楽しいキャンパス、と演出したかもしれない。ところが、世界的な研究成果を逆手にとって、自分たちを「マグロ大学」と揶揄するような、今までにない視点で注目を集めたのだ。関西特有の「ボケたらつっこんでやー」と言われているような、そんなノリすら感じられる。

「大学には、なんぼでもタブーが存在します。それを破るだけでびっくりされます。」

タブーを破る。それだけでマスコミの視線を始め、SNSなどを使ってますます広がり注目を集める。すると、とてつもない宣伝広告の効果が生まれていく。

さまざまな“インパクト”が功を奏して、今や近畿大学は明治や早稲田を抜いて、大学志願者数・日本第一位を続けている。そこには、まだたくさんの“仕掛け”が存在する。

■“日本初”で広告費用換算は4億円!?

大阪・梅田のグランフロントと銀座のコリドー街に日本初の「養殖魚専門店」を出したのもその一環だ。大学直営の専門料理店も日本初。オープン当日に集まったのは、テレビカメラ20台。テレビの放映時間を広告費用に換算すると、およそ4億円になる。つまり、同じテレビ番組でCMを流すなど広告を打って同じ効果を得ようとするなら、4億円が必要だということ。それを話題性で勝ち取るのが近畿大学だ。

さらには、宣伝のおかげで店には長い行列ができ、ビジネスとしても成功している。

「当初は、養殖魚専門店も大学直営も日本初という宣伝だけのつもりで、お店のビジネス自体には期待していませんでした。ところが、テレビほか露出効果もあり、おかげさまでたくさんのお客様に来ていただいています」

このふたつの“日本初”はネタにしやすかったため、バラエティ番組などから次々とオファーを受けたという。ネタとして必要なのは新鮮な魚にくわえて、日本初“養殖専門店”“大学直営の店”というキャッチだ。芸人さんたちが養殖魚をとってきて、叶姉妹がゴージャスないでたちで、大学直営の居酒屋風の店で食事をした。異色さと違和感の話題性が、さらに話題を呼ぶ。

近畿大学は学力を蓄えることと並行して、話題を作ることでうまく宣伝につなげ、日本中にその名を知らしめたのである。そして、早稲田や明治の志願者を上回ることで、またその名が広まっていく。

この手法は、どんな大企業でも小さな店でも真似を考えてみる価値はあるだろう。自分ができる“日本初”や、“真っ先にふれることで友達に自慢できるような価値を作る”と、きっかけをつくるだけで知らないうちに人口に膾炙していく。誰もが話題にしたくなるから、SNSユーザーが“すごい”“いいね”をいち速く送ることで慧眼だと認められる特権も提供することになるからだ。こうして、その名は広まっていく。

ミシガン大学のある実験で、24人の被験者にパッケージを選ばせると、16人が見慣れたものを選んだという。誰もがすでに見聞きして知っているものを選ぶ傾向があるのは、そこには安心感があるからだ。知っているほどに安心感を得られ、周りが選ぶなら自分も……という同調作用が働く。つまり、できるだけ人がその名を知るほうが、選択肢の中から選ぶ確率は高まっていく。実力はあっても、いい品でも、埋もれてしまっては元も子もないだろう。さらには「既知感が肯定感や好意につながる」とされている。だからこそ、まずは人に知ってもらうことだ。それには、世耕さんが言う「タブーに挑戦すること」が、ひとつのとっかかりになるかもしれない。

さらに、近畿大学明治大学早稲田大学を抜いて日本一の志願者数になった理由には、まだ“日本初”が存在する。

■携帯電話で大学願書出願の時代

近畿大学は「エコ出願」を行っている。2014年度入試から紙はいっさい廃止。100%ネットのみで願書を受け付けるというものだ。今どきの学生はほとんどがスマートフォンを所有しているし、家にパソコンがあることも多い。もしIT機器を所有していなくても、図書館やネットカフェに行くこともできる。つまり、誰でもネットで出願可能というわけだ。

書き損じる心配もなく、さらにネットなら3000円も検定料が安くなる。スマホで15分で出願できるなら受験してみようかな、という気分にもなるだろう。エコ出願を開始してから志願者は1.5倍になった。もちろん、さまざまな広報戦術が並行しているが、手軽さが倍率アップにつながり、学生も集まりやすくなり、大学のレベルアップにも一役買ったことは間違いない。

そして、大学が練る広報戦略は、雑誌AERA「近大パワーでニッポンを救う!」、Newton「近畿大学大解剖」など、市販のムックにまで広がっている。もちろん大学が数多く買い取るのだけれど、書店にも出回り、平積みで“近畿大学”の文字が表紙に踊る。普通に学内で広報誌をつくったなら、年功序列や勤続年数、立場や研究実績などあらゆることを考えて、先生を紹介しなければならない。ところが外部に投げることで、その雑誌がいいと思ったことを選んで、実績や新しい発見などを平等に扱ってくれるようになる。すると、近畿大学48学科のおもしろいところ、優れた研究成果などを客観的に紹介できるというわけだ。

近畿大学は、「大学などいらない」と豪語する人物を卒業式に呼ぶなど、さらなるタブーに挑戦する。加えて、世耕さんが話す“変態大学(kinkyは英語で変態)から、世界に羽ばたく大学へ!”のプロジェクトなどの話題もあるが、それらはまた次回に。

(上野陽子=文)